その園芸、自然淘汰につき
私の牢獄(豪華な客室)での生活は、退屈と恐怖の隣り合わせだった。
「……暇だわ」
私、リリアナ・シェフィールドは、窓の外を眺めてため息をついた。 顔には相変わらず、分厚いヴェール。 首には、皇子からの贈り物であるチョーカー(という名の首輪)。
ヴァルダス殿下は日中、公務で忙しい。 その間、私は「部屋から出るな」と言われているが、ずっと座っているのも苦痛だった。
「少しだけ……お庭に出るくらいなら、許されるかしら」
私は元々、土いじりが好きだ。 植物はいい。 顔色を伺う必要がないし、笑わなくても枯れたりしないから。
私はこっそりと部屋を抜け出し、王城の中庭へと向かった。
◆
王城の庭園は、荒れ果てていた。
「まあ……酷い」
雑草は伸び放題、花壇の花は萎れ、自慢の薔薇のアーチも枯れ木同然になっている。 庭の隅で、老人の庭師が一人、絶望したように座り込んでいた。
「どうしたのですか?」
私は声をかけた。 もちろん、ヴェールを被った不審者の姿で。
「ひぃッ! で、出たぁ! 黒い幽霊!」
「違います。通りすがりの……囚人です」
「囚人んん!?」
庭師のお爺さんは腰を抜かした。 私は気にせず、枯れた薔薇の木に触れた。
「……土が固くなっているわ。これでは根が呼吸できません」
「そ、そうなんじゃ……。わし一人では手入れが追いつかんし、予算も削られて肥料も買えん。もうこの庭は終わりじゃ……」
お爺さんが泣き出した。 可哀想に。 植物に罪はないのに。
私の胸に、ふつふつと使命感が湧き上がってきた。 私は不器用で、愛想のない女だけれど。 目の前で枯れゆく命を見捨てることなんて、できない。
「……私が、やります」
「へ?」
「この庭を、蘇らせてみせます」
私はドレスの袖をまくった。 ヴェールの奥の瞳が、真剣な光(他人からは殺気に見える)を帯びる。
「まずは雑草の排除ね……」
私は鎌を持った。 一心不乱に草を刈る。 ザッ! ザッ! ザッ! 私の愛は重い。ゆえに、草刈りのスイングも物理的に重くなる。 地面がえぐれるほどの勢いで、私は庭を蹂躙(手入れ)し始めた。
「ひぃぃ……! すげぇ気迫だ……! 草と一緒に怨念まで断ち切ってやがる……!」
お爺さんが震えながら見守る中、私は無我夢中で作業を続けた。
◆
「――何をしている」
氷点下の声が響いた。
ビクッとして振り返ると、そこには漆黒の軍服を着た魔王――ヴァルダス殿下が立っていた。 背後には、武装した近衛兵たち。
「で、殿下……!」
私は鎌を取り落とした。 しまった。部屋を抜け出したのがバレた。 しかも、勝手に庭いじりなんてして、手を汚している。
「あ、あの、これは……その……」
「黙れ」
殿下は私の泥だらけの手を見た。 そして、眉間に深い皺を寄せる。
「誰だ。俺のリリアナに、こんな『労働』をさせた愚か者は」
ヒィッ! 殿下の殺気が、庭全体を包み込む。 近くにいた庭師のお爺さんが、白目を剥いて気絶した。
「ち、違います殿下! 私が勝手にやったのです! この庭が……あまりに可哀想で……!」
私は必死に弁解した。 だが、殿下の解釈は違った。
(――ヴァルダス視点――)
俺は、怒りでどうにかなりそうだった。
公務の合間に、リリアナの様子を見ようと(水晶で位置を確認して)駆けつけたら、これだ。 俺の天使が、泥まみれになって働いている。 その華奢な手には、無骨な鎌。
「(庭が可哀想……だと?)」
俺は周囲を見渡した。 確かに、荒れ果てた庭だ。 リリアナの優しさは、こんな枯れ木にまで及ぶというのか。
「(なんて慈悲深いんだ……。だが、許せん)」
俺は枯れた薔薇の木を睨みつけた。 こいつだ。 こいつが咲かないせいで、リリアナが心を痛め、美しい手を汚す羽目になったのだ。
「(リリアナを悲しませるものは、たとえ草木であろうと許さん。俺がすべて『解決』してやる)」
俺は近衛兵たちに向かって命令した。
「おい、貴様ら。剣を抜け」
「はッ!?」
「この庭の植物どもに告げる。……『咲くか、死ぬか』選ばせろ」
俺は自身の魔力を解放した。 王族特有の、圧倒的な威圧感。 それを、物理的に土壌へと叩き込む。
「今すぐ満開にならなければ、この土地ごと焦土に変えて更地にするとな」
◆
(――リリアナ視点――)
「『咲くか、死ぬか』選ばせろ」
殿下が恐ろしいことを言った。 近衛兵たちが剣を抜き、枯れ木に向かって殺気を放ち始める。
(な、なんなの!? 植物相手に脅迫!?)
私は混乱した。 しかし、次の瞬間。 信じられないことが起きた。
ミシッ……ミシシッ……!
枯れていたはずの薔薇の木が、恐怖に震えるように揺れ始めた。 そして。
ボッ! ボボボッ!
一斉に、蕾が膨らみ、爆発するように開花した。 赤、白、黄色。 季節外れの花々が、狂ったように咲き乱れる。
「ひぃっ!?」
私は悲鳴を上げた。 これは「開花」じゃない。「生存本能」だ。 植物たちが、「咲かなければ殺される」という生存本能だけで、生命力を前借りして咲いたのだ。
「……ふん。やればできるではないか」
殿下は満足げに頷いた。 そして、私の方を向き、ニヤリと笑った。
「どうだ、リリアナ。これで満足か?」
(訳:お前のために世界を美しくしてやったぞ。褒めてくれ)
私は、ガクガクと震えた。 怖い。 この人は、自然の摂理さえも暴力でねじ伏せてしまう。 もし私が「笑顔になれ」と命じられてできなかったら……この薔薇のように、無理やり顔の筋肉を改造されてしまうに違いない。
「……は、はい。素晴らしい……光景でございます……」
私は引きつった顔(ヴェールの中で)で答えた。
「そうか。ならば良し」
殿下は機嫌を良くし、私の手を取った。
「手が汚れている。……風呂に入れるぞ」
「え?」
「俺が洗ってやる。指の一本一本まで、丁寧にな」
「ひぃぃぃッ!?」
私は殿下に抱き上げられ(お姫様抱っこ)、城へと連行された。 背後には、殿下の殺気によって強制的に満開になった、狂気の庭園が広がっていた。
◆
数日後。 王城では、ある噂が流れていた。
『鉄仮面の聖女様が、荒れ果てた庭を一瞬で蘇らせたらしい』 『死にかけていた薔薇が、彼女の祈り(殺気)を受けただけで、冬なのに満開になったとか』 『しかも、その奇跡を見た庭師の老人は、腰痛が治ったそうだ(腰を抜かしたショックで骨がハマった)』
私のあだ名は、『不気味な女』から『奇跡の(恐怖の)聖女』へと、静かに変わり始めていた。
「(……どうしてこうなるの?)」
私は部屋の窓から、不自然に咲き誇る庭を見てため息をついた。 その横で、殿下が「美しいな(リリアナが)」と呟きながら、私の髪を梳かしていることにも気づかずに。




