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その義弟、崇拝につき

婚約が成立し、少しだけ心の距離が縮まった(ような気がする)ある日のこと。


私、リリアナ・シェフィールドは、ヴァルダス殿下の私室で、いつものように殿下に餌付けされていた。


「ほら、口を開けろ。……今日は最高級のマカロンだ」


「は、はい……」


殿下が震える手でマカロンを差し出す。 私がそれを一口かじると、殿下は「くっ……尊い……」と呻いて胸を押さえる。 いつもの光景だ。


だが、その平穏(?)は唐突に破られた。


バァァァァァン!!


重厚な扉が、物理的に蹴り破られたのだ。


「兄上ぇぇぇぇッ!! お久しぶりですぅぅぅッ!!」


粉塵と共に飛び込んできたのは、キラキラと輝く金髪の美少年だった。 天使のような笑顔。 背中に白い羽根が見えるような愛らしさ。


帝国第三皇子、シルヴィオ殿下だ。


「……チッ。シルヴィオか」


ヴァルダス殿下が露骨に舌打ちをする。 マカロンを隠し、私を背後に隠す。


「なんの用だ。俺は今、公務(餌付け)で忙しい」


「そんな冷たいこと言わないでくださいよぉ! 留学先から帰ってきた可愛い弟ですよ?」


シルヴィオ殿下は、ヴァルダス殿下に抱きつこうとする。


ジャキッ。


ヴァルダス殿下が、躊躇なく剣を抜いて突きつけた。


「近寄るな。斬るぞ」


普通の兄弟なら喧嘩になる場面だ。 だが、シルヴィオ殿下は頬を紅潮させ、うっとりと剣先を見つめた。


「はぁ……っ! これです! この殺気! 実の弟にすら刃を向ける、慈悲なき冷徹さ! さすがは次期皇帝、僕の憧れる『処刑皇子』です!」


「(……この兄弟、どっちもヤバい)」


私はヴェールの中で戦慄した。 シルヴィオ殿下は、兄の殺意を「スキンシップ」として解釈しているらしい。


「ところで兄上。……そこの『黒い影』は?」


シルヴィオ殿下の視線が、私に向けられた。 笑顔が消え、急に温度のない目になる。


「噂は聞いていますよ。『呪いの鉄仮面女』。……兄上を黒魔術でたぶらかし、骨抜きにしようとしている魔女だと」


「……誰が魔女だ」


殿下が低い声で唸る。


「リリアナは俺の『心臓』だ。彼女を愚弄することは、俺への宣戦布告とみなす」


「心臓? ……兄上がそこまで入れ込むとは」


シルヴィオ殿下が、私に近づいてくる。


「見せていただきましょうか。兄上を惑わすその顔を」


シルヴィオ殿下が、私のヴェールに手をかけようとする。


「やめろ!」


殿下が止めようとするが、シルヴィオ殿下は素早かった。 バッ。 ヴェールがめくり上げられる。


そこには、極度の緊張と恐怖で完全に硬直し、瞳孔が開ききった、私の「無(虚無)」の表情があった。


「…………」


シルヴィオ殿下と、私の視線が交差する。 私は恐怖で悲鳴を上げそうだったが、顔は微動だにしなかった。 おそらく、歴戦の暗殺者のような「死んだ目」をしていたはずだ。


シルヴィオ殿下が、息を呑む。 そして、ガタガタと震え出した。


(怒られる! 不敬罪で処刑されるわ!)


私は覚悟した。 だが。


「……す、素晴らしい……!!」


シルヴィオ殿下が、その場に跪いた。


「この『無』の表情……! 僕が近づいても眉一つ動かさず、ただ静かに『死』を見つめる瞳……! まるで、感情を捨て去った氷の女王!」


え?


「兄上が選ぶだけはある! ただの人間ではないと思っていましたが、まさかここまで『完成された冷酷さ』をお持ちの方だったとは!」


シルヴィオ殿下の目が、キラキラと輝き出す。


「噂は間違いでしたね。彼女は兄上をたぶらかしているんじゃない。兄上と同じ『修羅の道』を歩む、最強のパートナーだったんだ!」


「(……盛大な誤解が生まれた)」


私は言葉を失った。


「兄上! 認めます! この義姉上あねうえなら、僕たちの『義姉上』に相応しい!」


シルヴィオ殿下は私の手を取り、恭しく口づけようとした。


ドゴォッ!!


ヴァルダス殿下の蹴りが、シルヴィオ殿下の顔面に炸裂した。


「ぶべらっ!?」


シルヴィオ殿下が壁まで吹っ飛ぶ。


「気安く触れるな。……その手首、切り落とされたいか?」


殿下の目がマジだ。 嫉妬の炎が燃え盛っている。


だが、壁にめり込んだシルヴィオ殿下は、鼻血を流しながら恍惚と笑っていた。


「くっくっく……。妻への接触すら許さぬ、その独占欲……。やはり兄上は最強の暴君だ……。そして、そんな兄上を無表情で従える義姉上もまた、最強……」


シルヴィオ殿下はフラフラと立ち上がり、宣言した。


「決めました! 僕は今日から、お二人の『記録係ファン』になります! この『最恐カップル』の伝説を、後世に語り継ぐために!」


「帰れ」


殿下の命令も虚しく、シルヴィオ殿下は手帳を取り出し、メモを取り始めた。


『×月×日。兄上、義姉上への愛が重すぎて弟を蹴り飛ばす。義姉上、それを無表情で黙認。まさに魔王と魔女の所業。尊い』


こうして。 私の監禁生活に、「兄様大好き・過激派ブラコン義弟」という、新たな監視者が加わってしまった。 私の胃に穴が空く日は近い。

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