9.盗賊に支配された町、ミル~最悪の町1~
高圧的な騎士の間を通って門を潜れば狭まる視界と嗅覚。ボロ屋が入り組んではその隙間から変な笑い声が見え隠れする。路上に糞やゴミが捨てっぱなしのいかにも――スラム街だ。
日陰が漆喰をカビで剥がす陰気の強い街だ。家の間を繋げていたらしい橋も倒壊した家の台になっているほど、街は老朽化している。が、その下で笑って鬼ごっこする子供もいたりする。
「わ~!」キラキラミア。
「観光はまた今度にしましょう。まずは宿に行きますよ」諭すロウエル。
「むぐぅ」
「……」
崩壊したまま苔生した日時計は瓦解した彼方までの時間を伝えてくる。そんな中心街にある宿を見つけたころだろうか――
「第一印象は治安悪そうでしたけれど、平和な町っぽくていいで――」
「……いいわけないでしょう!」ついにキレたマリアンナ。
「おや?」
と言いつつもロウエルは無視して宿の手続きに行ってしまった。だから剣を抜いてまで追いかけるマリアンナだった。
「ちょっとマリアンナ、落ち着いてよ」
「そうだぞ。恥ずかしいことすんな」俺がはっきりと言ってあげた。
「なんだと! こいつ!」
「なぜ俺にだけ!」
手続きを済すと「思っていたよりも高かったですね」と小声を漏らしたところ、誰かにぶつかって「悪い悪い!」と謝られると、あからさまに舌打ちしたロウエルは作り笑いをしてこっちに戻ってきた。
「ほら、宿に入りましょう」
「ここまでくると怖いな」俺はロウエルのことである。
「そうですね」ミアもロウエルのことである。
「え? なにがですか?」ロウエルである。
「――なにがって! よくも貴様!!」マリアンナは違った。が、掴みかかる――宿の柱に?
「おや、それに恨みでもあるんですか?」
「なんだと! 待て!」
そのようにマリアンナが突入すると、すでにロゼリーは重たそうな鎧と盾を置いてゆっくりソファに座って、ジョシュはコーヒー片手に新聞を読んでいた。
「へぇ~、デュオで盗賊が皆殺しか~、凄いことするやつもいるもんだ」
「ジョシュ、あとで鎧の手入れしておけ」ロゼリーが肩をボキボキ。
「はいよ。あの、ため口止めような?」
「おい! なにをやって――」
マリアンナの怒鳴る声も、打ち消す振動が二階から。マリアンナは「敵か! 姫! ここは私が!」と剣を抜いてドタバタ。
ぽよ~ん。ぽよ~ん――ぽよ~ん。ぽよよよ~ん。
「二人とも~こっちこっち~! 結構跳ねるよ~!!」
ベッドの上で良く飛び跳ねる。声の主は健気な少女、ミアだった。とても楽しそうだ。
「アホらし」俺は嘲笑した。
「なにを!」
それにしてもミアがよく跳ねる。天井までつきそうだ……あとで俺もやろ。
「マリアンナ。荷物を置いたら下に来てください。あ、ミアはシユウ君と一緒にここに居てくださいね」
「なんだ。子ども扱いするな」
「そうですよ。私だってロアマトの――むぐっ」ロウエルに口を塞がれたミア。
「いいですか。マリアンナほど高飛車にならなくていいですが、ミアはもう少し緊張感を持ちましょうね」
「むぎゅ?」
されどもミアは未だに観光気分だったので、ロウエルはミアも酒飲みに誘うようだった。
ロウエルと飲むのは死ぬほど嫌であるが、タダ酒間違いなしだから、俺は甘んじて宿屋に飾られている酒を吟味していた。
そして皆、準備が済んだようだ。夕暮れ時、俺は三本ほど宿屋の屈強なおじさんから酒を貰った。
「おい、何勝手に持ってってんだ」二の腕が電柱よりも太い宿屋。
「え? な、なにも持ってないが?」
「こら、シユウ君。晩御飯もまだなのにお酒を飲むものじゃありませんよ」ロウエルが加勢しに来てくれた、、わけではなかった。
「いや、今からだろ?」
「え? 違いますが」
「ミアも飲むんだろ?」
「飲むわけないじゃないですか。大丈夫ですか? もしかして薬やってますか?」唖然とするロウエル。
わりとマジで心配されたので「ジョークに決まってんだろ」と俺は辛うじて体裁を保ち、この町の宿屋にしては珍しい居間に入った。すでに皆、座ってた。
「ごほん。実はこの町はだいぶ危ない町です。えー盗賊団カルーアが町を牛耳って、今もどこかで違法なのか合法なのかよくわからない、ともかく悪いことをしています。だから皆さん、不用意に外に出ないようにお願いしま――」
「たりまえだろうが!」グーパンのマリアンナ。
「――ぶずっ!」
「容赦ないねぇ。いいぞ、もっとやれ!」なぜか応援するジョシュ。
「なんだこれは?」俺、この血祭りのことだ。
「なんですかこれは!?」ロウエル、この血祭りのことではないらしい。
「新聞だ! 見りゃわかんだろ! ここ見てみろ!」
「えー『戦士たちの酒場から新発売! インテーラ蜂蜜酒参上!!』」
「そこじゃない! ここだ! ここ!」
「はいはい。ポス事件ですね。大変ですねぇ」
「は?」
「え?」
もう一発ぶっ飛ばされた。あの近衛兵容赦ない。護衛対象をボコボコにしてる。
「ポス事件ってなんですか?」ミアがジョシュへ聞いた。
「ほれ、新聞に書いてあるだろ。ポスでカルーアとウォーキングが衝突したんだとよ。こりゃまた荒れるだろうなウオリアは」
「え、ほんとですか」
食い入るように新聞を読むミア。うん。俺もロウエルの顔に被さっていたのを読んでみるも、よくわからん。カルーア? ウォーキング? なにそれ?
「おや、お困りのようですね」
「うわっ、頭から血が噴き出してるぞ!」
「そんな驚かなくても。ではシユウ君の為にも説明しましょう」
次の町でケーキを買ってあげるからとマリアンナに許してもらったばかりのストロベリーなロウエルは、まるでどうってことない感じで説明を始めた。
「ここイロアス大陸はウオリア王が統べるウオリアの王国です。その歴史は古いのですが、同じく昔から存在する二大盗賊団があるのです。それがカルーアとウォーキングです――カルーアは冷酷無比! 薬を売り捌いては貴族を買収し、町を乗っ取れば、次は市民を堕落させ、奴隷にする。ああ、ロアマトの教義とは相容れませんねぇ! 対してウォーキングは暴虐無道! 言うことを聞かない相手は誰であろうと教会送りにする! 例えそれが町であっても、国であっても! ああ、暴力を主義とするだなんてこれもロアマトとはぁ!!!」
俺はミアに「なんでこの中年、興奮してるんだ?」と聞いた。ミアは「知らない」と興味無さそうだった。
欠伸するジョシュ。聞いてられなくなったマリアンナが「で、なぜこの町に来たんだ?」と質問した。
「そうでしたね。すいません。少しだけ司教してしまいました。えっと、この町には情報屋がいるのです。盗賊に牛耳られた町、ミル。たしかにここは危険な町です。歩いてたらカツアゲされるかもしれませんし、意味なく殴られるかもしれません。そうなっても衛兵は助けてくれないでしょうからね。しかしですね、違法とは何も悪いことばかりではないのです。違法だからこそ手に入る情報だってあるわけですからね」
「ふむ。そいつに馬車の囚人四人、護送兵二人のことを聞くってわけだな」ジョシュは髭を撫でる。
「ええ。だからシユウ君にもついて来てほしいのですが、さすがに危険過ぎるので、昨日私が徹夜して描いた似顔絵でどうにかしましょう」
「……なるわけない」ミアが呟いた。
「ミア、何か言いました?」
「ふっふー?」
「晩御飯を食べた後、行くのは私とジョシュ、それからマリアンナ。この三人で行ってきます。それ以外の皆さんはここで留守番ですね」
「了解」
すでにポークビーンズにパンを付けていたロゼリーであった。あれ、どこから取ってきた。
と思ったら、ちょうど屈強の主人がワゴンを運んできた。
「お腹ぺこぺこです!」
と紫色に犯されつつある夕焼けがポークビーンズを真っ赤に見せていた。
つまりだいぶ、水っぽい。あの屈強、見た目通り料理は下手だ。怖っ。ギラッと睨まれた。




