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7.荒野の村イリイ~夜2~

 静かな小屋の中。一本の蝋燭が汗を滴らせていた。ロウエルは水を汲んだ酒瓶を机に置くとそれを包むように右手をあてた。右掌から不思議な金色の光がじんわりと出てくると、中の水が微妙に震動しながら輝き始めた。


 「もういいですかね。はいどうぞ」


 そしてそれを俺に渡してきた。満面の笑みで。中年の気持ち悪い満面の笑みで。

 水。昼飲んだときは酷い目にあった。俺は首を振って断った。ところがロウエルは「そんなこと言わず」と無理やり渡してきた。なんなんだこの中年は。


 「ビールやワインしか飲めない口ですか?」

 「まぁそうなるかも」

 「そうなるかも……ああ、そういえば朝だか昼だか、ミアが水を運んでましたね。そうですか。ミアの水を飲んだんですね。酷い目にあったでしょう?」

 「ミアの水? あの少女のことか? とにかくあんなの飲めたもんじゃない。泥水だあんなの、そのまま飲むより酷いかもしれない」

 「あっはっは! 酷い言われようですね。ミアが聞いたら大泣きしますよ。わっはっは!」


 腹抱えて笑うようなことなのか?

 もしかしなくてもこのロウエル、性格が悪いのかもしれない。思い返せば初対面、遺跡であったときからそうだった、気がする。


 「ミアはまだ浄化や解毒は苦手ですからね。私、あの子の教師でもあるのですが、この私があれだけ教えてもあまり上達しないので、心配になりますねぇ~」

 「なんでニヤニヤしてんだよ。むしろあんたが教えてるからその、浄化? ができないんじゃないのか?」

 「あっはっは。たしかにそうかもしれませんね。ともかくほら、水、飲んでみてくださいよ」

 「いや、いらないって」

 「私の浄化した水が飲めないって言うんですか?」


 ロウエルはにっこにっこで瓶を押し付けてきた。なんだこの謎の圧力。酔っ払いみたいなことを、ってまだ酔っているのか。

 これ以上断っても、なんかこの酔っ払い怖いし、飲むだけ飲んで、飲めなかったらこいつの顔にぶちまけてやろう。

 そう思って飲んだ水は驚くほど新鮮で綺麗だった。久々の水、上質な水分補給。体が長年、欲していた味が喉を通って体の一部になっていく……一気飲みしてしまった。


 「どうですか。これが聖職者ですよ。何も怖くないでしょう?」

 「水は美味い。でもあんたは怖い部類だろ」

 「ロアマトの教えに則って正直者なんですかね? ははは」

 「俺は無宗教だ!」

 「ええ、そうでしたね。ロアマトの教えにそんなのありませんし」

 「なんだこいつ」


 ロウエルはご機嫌なのだろうか。冗談ばかり言っている。

 それにしてもなぜこのおっさんはうちにやってきたんだ。もしかして酔っ払いの暇つぶしか。絡まれてるってことか?

 と不審がっていたらロウエルは椅子を二つ並べ「少し話しませんか」と言って、俺を座らせようとした。拒否すると肩を押され、無理やり座らされた。そのときもにっこりしていた。蝋燭の火のあたりようのせいで顔が絶妙に真っ白くて怖い。

 ロウエルはローブの腰辺りから分厚い本と鉛筆を取り出し、向かいに座った。


 「イリイって言うんでしたっけ。ここ。いい村ですね。自然に溢れている。日光浴もできて、牛などと戯れれるし、美味しいお酒が飲めます。夜は静かですし、星がよく見えます」

 「皮肉にしか聞こえないな」

 「まぁ半分はそうですからね。おっと、今のは嘘ですよ。ああでも、星はほんとうです」


 半分以上嘘じゃねえか。


 「いや、でもいい村ですよ。こんなにのんびりと息を吸える場所はあまりありませんから」


 蝋燭の灯がロウエルの切なそうな心情を明るみにした。すぐににっこにっこメッキに変わった。気持ち悪りぃ。

 まぁそんなのどうでもいいか。俺はおもむろに欠伸をした。


 「おや、なぜ私がこんな夜更けに訪ねてきたか。不審に思っているって感じの態度ですね」

 「その通りだが。もう一つ、なんでこんなところに来たんだ?」

 「そうですね。まずそこから説明しなければなりませんね。実は私――ロアマト教会の第二司教なんです」


 ロウエルは真面目な面持ちで宣言した。ロアマト教会のだいにしきょうと。大産市協? あっ、大西狂か! 二なのか三なのか、なのか、四なのかわからんな。


 「いまいちピンと来ていないようですね。はぁ……これでも私、結構凄い人なんですよ」

 「辺境の村なんだから仕方ないだろ」

 「それでもあなた以外のほとんどは私に丁寧に対応してくれましたけどね。まぁいいです、まぁつまりロアマトという組織の四番目に偉い人です」

 「へぇ~」

 「なるほど。ロアマトすら知らないというのか。これは驚いた」

 「もうそこはいいからさ。なんでここに来たんだよ」

 「ええ、話が進みませんからね。私は第二司教で、あの子、ミアはロアマトの子、つまり神の子孫です。それであとの三人は――おや、どうかしましたか?」

 「いや、べつに」


 神の子孫。俺は無宗教だから神なんて信じていない。しかし少女を庇いトラックに撥ねられて、今ここにいるこの現象は、おそらく神の仕業だ。と、俺は睨んでいる。ここがどこなのか、俺は死んだのか。いや、死んだはずだ。その仕組みを超越して、ここに俺はいて、命を身代わりにして死んだ人間に見合わない、平凡以下の生活を強要している。その犯人がつまり神だ。

 俺は神が嫌いになっている。とさえ言える。でももし今からでも正しい運命の場所に行かせてくれるのならそれはそれで良い。この嫌いはもはや理不尽過ぎて、とにかく救ってくれという懇願の意味だ。神の子孫ならそれが可能かもしれない。

 神の子孫なら俺を救ってくれるかもしれない。


 「もしや、あなた、ロアマト教にご興味が? そうですか、そうですか、じゃあまず聖本を!」

 「いらん」

 「ないですね。はい。では話を続けます。あとの三人は私の私兵です。基本的にはミアを守ってもらってますね。ミアは何と言っても神の子孫。本来ならこうやって聖都どころか宮殿から出してはならないのですが、どうしても私たちにはこうやってミアを外の世界に出さなくてはならない理由があるのです」

 「なんだよ、それは」

 「驚かないで聞いてくださいね。恐らくこの三年以内に――人類が滅ぶからです」

 「……」俺は自然と眉を潜めていた。

 「おや、驚きませんね。というか、どうして怒ってらっしゃる?」

 「冗談はいいから、さっさと話せよ」

 「冗談って? 嘘じゃありませんよ」

 「じゃあなんだよ。子供だからってからかってんのかよ」

 「あっはっは! 何を言ってるんですか。あなたはもう成人したじゃありませんか!」


 この大笑い。やっぱり俺を馬鹿にしてる……ノストラダマスだとかどっかのカルトみたいな終末予言で俺を怖がらせようとしているに違いない。そしてあわよくば俺をロアマト教っていうカルトに勧誘しようとしているに違いない。舐めやがって、誰が騙されるかよ。

 そう睨んでいたところ、これが嘘ではないらしい。だんだんとロウエルは真剣な面持ちになった。それから理知的な声色で話し始めた。


 「神、いえ、ロアマトの子孫には予知夢の力があります。それは必ず実現します。外れたことは無いとされています。ミアが三カ月前――漆黒の煙雲に灼熱の空、淀んだ海と迅雷吹き荒れる丘、魔剣を翳した男がその丘に、男が叫ぶと地面が大きく揺れ、大地を切り裂いた――そんな風景を見たのです」

 「アホらしい。嘘に決まってるだろ」


 俺があしらうと、ロウエルは苦笑?した。


 「ええ、嘘かもしれません」

 「嘘かもしれないって、嘘なら嘘で終わりだろ」

 「それが終わりません。ええ、ロアマトの予知を疑う人は多いです。でも例え嘘であっても、外れたことはただの一度もありません。あの子がそんな夢を見ていなくとも、あの子が夢に見たと言ってしまえば、必ず当たるのです。それに――」

 「それに、なんだよ」

 「ミアのその夢は古代にあったとされる大厄災の伝承に酷似しているのです。今までの予知より十分説得力があるのですよ」

 

 俺は思わず息を呑んだ。あまりにもロウエルはふざけていないようだった。今まで冗談ばかり言っていたこの中年がガチで言っている。その信憑性は十分だった。十分、俺を怖がらせた。


 「もちろん。世界の危機となれば教会は動きます。実際に私が動いてるわけです」

 「ま、待て」声が震えてしまった。

 「おや、どうしましたか」

 「その予知って必ず当たるんだろ」

 「ええそうです」

 「だったらなにしたって無駄なんじゃないのか?」

 「ふふ。鋭い。いい質問をしますね。そうです。本来ならば予知を実現させないこと、運命を捻じ曲げることなどできません。前例がありませんからね。二百年ほど前の第十二代目教主も予知で死にましたし、四百年ほど前のアテル呪印の流行もそうですし、あと捨て猫が宮殿の庭に迷い込んでくるとかも」

 「……猫?」

 「ああそういえば百年ほど前の噴火も的中してましたね」


 頭の整理がつかない。わからない単語が一気に出てきた。待て、ここは、ここはどこだっけ? あれ、俺は死んで、死んで、そしてここに来て、ここってどこだ? きょうしゅ? あてる? すてねこ……は捨て猫か。噴火はよくわからん――混乱しそうだ。よし、これ以上考えるのはやめよう。

 俺が自分の顔をペチペチと叩いていると、ロウエルに睨め付けるような、軽蔑しているような、奇妙な目で見られていることに気づいた。気づくとすぐにロウエルはニッコリ笑って、再び真剣な顔をした。なぜニッコリを通ったのか。怖い。


 「前例はたしかにありません。しかし世界の滅亡はなんとしても阻止しなければなりませんね」

 「それで」

 「ええ、私たちは考えました。どうしたら運命、いえ、因果を絶てるのか。ミアの夢にはある男がいました」

 「マケンを翳した男?」

 「そうです。予想するに男の行動が滅亡に関わっている可能性が高い。というかそうでなくては困りますね。他に要因がわかりませんから。それで二つの策を考えました。一つは――」

 「その男を探すってことだろ」

 「ええ、そうです。ですがこれが残念ながら男の顔も特徴もわかりません。姿がよく見えなかったそうで。なのでもう一つの”魔剣”を探しているわけです。男は細長く尖端に返しの付いた、まるで矢のような刃の剣を持ってました。あまりに特徴的な形なので何らかの力を持つ、つまり魔剣と呼んでいますが、単に変な剣かもしれませんね」


 細長く尖端に返しの付いた、まるで矢のような剣……!

 俺はその魔剣を知っていた。馬車での事故のとき、そんなものを持った男に殺されかけた。ぼんやりとしていたから憎しみはあまりなかったものの、こう話を聞いて思い出すと、極悪人だったのか。許せない。

 俺は湧き上がってきた怒りをそのままロウエルに打ち明けようとした。しかしロウエルのニタリ笑いに気づいて俺は冷えついた。あの馬車には兵士がいた。罪人だと俺たちを呼んでいた。このことを話すのは危険だ。俺が逃亡犯と思われかねない。いや、そうするに決まっている。ここに来てから、それにさっきのこともあって、ここの人間は信用できない。話せば間違いなく捕まる。

 ロウエルがニタニタと俺の様子を窺っている。怪しまれている。俺はとにかく何も知らないふりをした。それでもって質問することで話の主導権を握ろうと本能的に動いた。


 「そりゃ大変だ。でもそんなこと話されても俺にはどうすることもできないな。まぁ、まぁ……あっ、だけど、そんなどこにあるかもわからない剣を探すよりも昔にあったらしい大厄災? から昔の人がどうやって生き延びたのかを探った方がいいと思うな……な、なんでそうしないんだ?」

 「おや、それは、なかなか鋭い質問ですね。というかこちらにとって、痛いところを突かれました。あなたはロアマト信者では無いのですから知らないのでしょうね。ゲーブの伝承によるとロアマトの奇跡が大厄災を沈めたとされています。そしてロアマトこそが来るべき終末から人類を救済するとされていました」

 「過去形?」

 「まぁ歴史は複雑なもので。今ではロアマトではなく、神聖術こそが世界を救済するのだとか――おっと失礼。これはあまり関係なかったですね」


 ロウエルは少し野犬のような獰猛な目をしていた。すぐに愛想笑いして戻った。


 「私がこういうのもなんですが、ロアマトがどう関わったのかは不明ですし、古代文字の解読ができていない上に禁書も多いですから、昔のことはあまりわからないのです。いえ、正直に言えば、大人の都合ですね」

 「なんだよそれ。世界が滅ぶかもしれないのにそんな都合あるのかよ」

 「ははは。たしかにそうですね」


 嘘っぽい渇いた笑いが小屋に響く。

 外はもう青くなっていた。そろそろ朝になってしまいそうだ。眠くなってきたし、明日は夜まで眠ろう。だからロウエルには帰ってもらおう。これ以上、話すことはなにもない。俺はなにも関係が無いのだから。

 俺はあからさまにあくびをした。怠そうにあくびをした。早く帰れとアピールした。ところがこの中年はニコニコするばかりだ。気味が悪い。こうなればはっきり言うか。と、俺が口を開けようとしたとき、ロウエルは突然、話した――蝋燭の火はまだ消えていなかった。


 「実はもう一つ理由があるのです。わざわざ難しい古代のことを解明せずとも、魔剣のことを聞いた方が手っ取り早いんです。尋問して回るだけでいいのですからね。”魔剣のことを知っているシユウ君のような人”に」

 「――お前!」


 こいつ、俺のことを知っている! 俺が馬車にいたこと、罪人だって知っている!――俺は咄嗟に椅子から跳ねあがり、外へ逃げようとした。ここにきてロウエルの笑みがどうしようもなく怖くなって、逃げずには居られなかった。しかしそのドアを開けるとそこには――ミアがいた。ちょうど朝食を置いていたミアがいた。


 「あっ」

 「あ、おはようございます! どうしたんですか、怖い顔して?」

 「おや、ミア。もう起きていたんですか」ロウエルが俺の肩を掴んで離さない。

 「はい。あれ、どうしてロウエルがシユウの家に?」

 「ははは。少し話がありましてね。おや、ミア、一人で外に出てはいけないって注意したはずですよ」

 「えへへ~そうだっけ?」

 「はぁ。まぁいいですよ。そうですね。私はもう少しシユウ君と話さなくてはならないので、ミアは帰って――」

 「私も同席しますよ! あっ、そうだ! 皆で朝食食べましょうよ! 私とロウエルの分も持ってきます!」

 「いえ、そういう感じでは」

 「あっ、じゃあ私の分だけ持ってきますね!」

 「ははは。ミア、私を仲間外れにしないでくださいよ。ちょうどお腹が空いていたところですよ~」

 「??」


 ミアはロウエルを不審がりながらも「じゃあロウエルの分も持ってきてあげますよ」とやや不機嫌に言い捨て走っていった。

 束の間のそよ風。その後は肩からぐっと家に引き摺り戻され、俺は尋問された。

 ロウエルはかなり怖い、凍てついた面持ちで「正直に話せば何もしない」と注意して、俺の口を割らせた。ロウエルは素手であっても魔法の準備はできているようで、俺が身動き一つすれば、容赦なく攻撃してくる気さえした。

 おかしいだろう。まるで俺は捕虜などではなく、戦場の敵のような扱いでロウエルに尋問されたのだ。この身動き一つの中にどこか俺が話すことさえ含まれているくらいの威圧感だった。

 俺は正直に話した。馬車には自分を含め六人。気性の荒い男、強い美女、キノコヘア、馬泥棒の禿、それと魔剣の男。運転手と兵士も合わせれば八人だが、ロウエルの興味はそこに無かった。

 魔剣の男のせいで馬車が事故ったこと、気づいたらこの村にいたことまで話したところで、ロウエルはいよいよいつもの薄気味悪い笑顔に戻った。


 「それだけですか」

 「それだけだ。だからもういいだろ」

 「ふむ。嘘をついているようには思えないですね。そうですか。シユウ君、罪人だったんですか~」

 「えっ、知らなかったのかよ……」

 「知りませんでしたね。シユウ君が魔剣について知っているかもしれないというのは、例の予知夢にシユウ君が出てきたからですよ。ほら、似顔絵もありますよ。ミアの云った通りに私が書いたのですが、ちゃんと似てましたね」


 やられた。いや、俺が勝手に勘違いしただけか。言わなきゃよかった。そういえば遺跡でミアと会ったとき、変な顔されたけど、そういうことだったのか。あと似顔絵は全然似てない。なんだその、幼稚園児の落書きみたいな絵は。


 「さて、話を整理しますね。あなたは馬車で魔剣及び所有者の男に遭遇しているものの、つまり魔剣の男の顔を知らないと」

 「そうだ」

 「魔剣についても知らない。そうだ。てか俺は罪人でもない! 気づいたら乗っていただけだ」

 「それは嘘でしょう。あっはっは」

 「ほんとうだ。もういいだろ」

 「そうですね。いいでしょう。お腹空きましたしね」


 ロウエルがそう言うとちょうどミアと後ろに兵士が二人、やってきた。ミアが「エアファルングさんからお魚貰ってきました!」と元気よくやってきた。

 こいつらが陽気に朝食を食べる中、俺は胃がムズムズしてやまなかった。

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