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5.荒野の村イリイ~成人の儀2~

 荒野に暮らしていたからか森の緑が色彩鮮やかに見える。木の茶色もそよ風、葉の擦る音も新鮮だった。

 村長によるとこの森を道なりに行くと遺跡があるらしく、そこにあるらしい像に大麦を置いて剣で祈る? をしてこいと。ほとんどわからんから、昨日までは荒野で時間だけ潰して、大麦捨てて帰ろうと思っていたけれど、酔っていても村長の勘は鋭く、大麦捨てるなよと、ちゃんと儀式しないと村に災いが降りかかるとまで念を押された。カミサマ、神様が~なんて言っても、あそこまで俺を怖がらせるあの村長は、神様の脅迫を恐れている、なんか呪われているみたいだった。神様がいるから大麦が取れるのではなく、神様がいるから取れなくなるんじゃないかとさえ思わせる。

 

 「まぁ、そろそろ行くか」


 村長や神様がどうとか俺にとってはどうでもいい。これは単なる儀式だ。さっさと終わらせて帰ろう。日が暮れれば獣や野盗が出るというし、身の安全の為にも。

 坂を上る。虫が上を踊る。イノシシが林から出てきて、俺をガン見してきた……あっちへ行った。もう少しで剣で斬りつけるところだったぞと、俺は背中の重たい剣をブルブルさせていた。

 ともあれ幸運にも敵に遭遇せず、坂を上った奥、遺跡へ着いた。


 遺跡。タイルが張り巡らされた上に、白くギザギザした柱が左右に整列している。屋根はない。壁は奥のほうにはあるが、崩れている。いくつか絵が描いてあるものの、やはり風化していてわからない――一人の女が他の女を抱えた男を追っているような絵がそこそこはっきりみえる――でも無知な俺じゃその意味がわからなかった。風化していようがいまいが関係ないのでした。

 あと木箱がそこらへんに置いてあった。中にはおやおや、高そうな酒、ワイン? があるじゃん。ちょうど喉が渇いたし、飲んでみよう――いや、待てよ。腐ってるかも、遺跡にずっとあったものだよな……まぁでも酒は腐らないか――俺はゴクゴク飲んだ。美味しいからゴクゴク飲めた。

 そうだった。遺跡の奥には洞窟があって、そこに像があるんだった。あの穴がそうか。ちょっとフラフラしながらもちゃんと成人の儀式を遂行する、死ぬ前の世界でぇはまだ未成年のシユウ君なのでした!


 「いだっ!」


 と、酔っていたら顔から転んだ。ちょっと酔いは覚めた。

 洞窟は暗い。ヘビとか虫はいます。怖いけど襲って来ないし、来ないうちにさっさと像へ大麦を置いていきたい。像の色は白っぽい、外からの微かな光でも姿がギリギリ見えるくらいには白い。二メートルくらいの大きさの女性の像だ。ところどころヒビが入ってもいる。ボロボロだ。触ったら壊れるかもしれない。だから触れないが、質感はすべすべしてそう。

 特徴といえばその左手に持っている蛸みたいな果物くらいだ。崇めるようなもんじゃない。どっかの美術家が村の美女を像にしたようなもんだ。

 ここまでやっと着いた。あとは大麦を像の足元へ置いて、儀式の剣を抜いて、それを地面に向けて祈るだけ。祈るって何を祈るんだか、まぁ適当にカエルが絶滅しますようにとかで――、


 「おやおや、こんなところに迷い込んできたのか。災難だったな!!」

 

 響き渡る野太い男の声。だ、だれだ? 恐る恐る俺は振り返ると、誰もいない。外からだ。外? 俺は警戒しながら外を覗いた。

 そこには錆びだらけの鎧、卑しく破れているズボン、靴はとんがっている。統一感の無い武装をした男たち、いや、山賊、それが五人。武器はそれぞれ斧やサーベルを構えていて、身長は百五十から百八十までバラバラだ。それが誰かを囲っている?――ん、あれは、レンか?

 レンと山賊たちの会話が聞こえてくる。


 「その恰好、知ってるぞ。イリイ村の自警団だぜ」百五十の尖がり帽子の男が知らせる。

 「そうか。こりゃ、困ったな。あの村にはまだ手を出すなって言われてたんだけどよ」隊長らしき、百八十の特に足から銅まで鎧を着込んでいる男が不敵に笑っている。モヒカンに頬に傷がある、屈強な男だ。

 「君たちの話はどうでもいいんだ。今から死ぬんだからね」レンは冷淡に剣を向けた。

 「威勢はいいな。お坊ちゃん!!」レンの挑発? を受けて、隊長以外の四人がレンへ一斉に襲い掛かった。


 数的不利。だから山賊は勝利を確信して、飢えた獣のごとく襲ってきた。レンはどうしてか全く怯まず、それどころか悠然としていた。この一斉攻撃もレンは動じず。

 俺はその理由を知っていた。レンは真面目なイケメンだ。毎日、働いた後、村を守る為だと自分を鍛えていた。剣の素振りをしていた姿を俺は何度も見ていたし、その後筋トレして、ランニングしていて引いた。頑張り過ぎる人間って怖い。でもレンは村で一番最後に眠る人だった。自分になんの疑いを残さないくらいに努力していた。

 だから山賊のこの攻撃は――慢心――と見抜き、一刀両断できる。瞬く間にレンは山賊四人を切り伏せた。殺陣のような一芸だった。

 こうなると山賊は急に臆病になったみたいだ。こけた四人は腰が抜けて震えている。見かねた隊長はぎっしりと斧を握りしめた。


 「お前、何て名前だ」

 「だから言ってるだろ。死人には話さない」

 「死人じゃねえ。ゴメロだ。昔は騎士をしていた」

 「モヒカン騎士……あっ、レンだ」キリッ。

 「気を抜かれるとは山賊も甘く見られたもんだな。覚悟しやがれ!!」


 ゴメロは豪快にレンへ斧を振り下ろす、レンはそれを容易く躱すも、地面へめり込んだ斧の威力は即死級か。割れたタイルの瓦礫がレンへ降る。

 ゴメロはそこから速い。レンに反撃の隙間を与えず斧を振り回す。掠っても相当な威力があるに違いない。レンは避けるので手一杯か。


 「避けてばっかじゃ、勝てねえぜ!」


 突然の蹴りが直撃。レンは弾き飛ばされた。


 「騎士は蹴らないよ!」

 「山賊だ!!」


 追撃。ゴメロの攻撃は絶えず止まず。レンは避けるばかり。まずいんじゃないか。斧の攻撃に加え、たまに蹴りや拳が飛んでくる。型に囚われない山賊ゆえの暴力だ。これは俺の勘だけど、レンは考えるタイプだ。事前に想定してその型に則って戦闘する。だからこの想定外の暴力には滅法弱い。どこかレンの顔にも焦りと疲労が見える。

 その矢先、レンの盾が弾き飛ばされた。


 「所詮はガキだ!」


 ゴメロ、渾身の一撃が露わになったレンの胴へ振り下ろされた――そのとき、レンはニヤリと笑った――レンは同時に露わになったゴメロの顔面へ蹴りを飛ばした。

 それが直撃。ゴメロはのけ反った。が、すぐに「この野郎!」野生剥き出しにして反撃にかかろうとした。


 「くそっ!」その腕が動かない。痙攣して、息切れして、鈍って動かせない。

 「あれだけ動き回ったら、疲れるでしょ。僕も特に君も」レンはポーカーフェイスだった。しかしここで勝利の笑みを見せたのは正直な皮肉だろう。


 レンは容赦なく剣で一刺し。剣を鎧の隙間の脇から心臓へ突き刺し、ゴメロを殺した。あれだけの巨体が中身がまるで無いよう、バッタリと倒れた。

 レン。俺はどうしてこんなにもかっこいい友人がいて、あのクソ団長に嫉妬していたのだろうか。純真な憧れのようなものをレンの剣の瞬きに覚えた。あの精神性こそが人間の在るべき形なのではなかろうか。傲慢にならず、謙虚に誠実に努力することこそが。

 あとの四人。未だ腰を抜かしたままの二人に止めを刺し、背中を見せて逃げていくも転んだ一人を背中からブスリと。そして残り一人、百六十五センチの小さな頭巾の男だ。依然として震え、逃げれもせず、声を震わせた。


 「み、みのがしてくれ! もう山賊止める! てかこんなの、俺はやらされてただけで!」

 「うん。そうかもしれないけど――」

 「ひぃいい!!」


 レンは構わず剣を突き刺そうと忍び寄る。平然と冷然と。

 ここまで洞窟で覗いていた俺にとって、レンの精神性はたしかに正しく見えた。しかし冷酷すぎる。殺さなくてもいい人まで殺す道理は無い。俺は洞窟から出た。


 「レン、もういいだろ」

 「あ、シユウ。怪我はないか? ってそれどころじゃないな」

 「待てよ。そんなの一人、殺したところで何になるんだよ。武器だって捨ててるぞ」

 「そうだけど危ないだろ。僕とシユウの顔を知ってるし、僕たちのことを親玉に報告して村が報復に合うかもしれない」

 「そうかもしれないけれどさ――」

 「しない! 報告しない! だから助けてくれ! もう山賊辞めるから!」

 「ほら」

 「うーん……やっぱりダメかな」


 その一言は命乞いする頭巾の男にではなく、真っ向から俺へ向けられていた。瞬き一つない真っすぐな眼光が俺の拒否しようとする口を塞いだ。それ以上否定すればレイは俺を斬るつもりだった。

 頭巾の男の命乞いは俺への祈願と同時に代わりに死んでくれという呪いになった。俺の命乞いはすなわち頭巾の男が死ぬことになった。だから俺はもう止めれる訳が無かった。

 所業としてみれば残酷だろう。しかし同じ様なことをこいつらもやってきたのだろう。そう思えば十分に受け止められるものだった。日本という甘ったるい世界からやってきた俺であっても。

 レンの黒い影が男を覆っていく。


 「くそ! どうして、どうしてこうなった!」


 そのときだった。命乞いする男の掌から――碧色の閃光が発せられた――その光が止むと、金色の槍が二本、レイの左右の胸を突き刺さっていた。レイが吐血したタイルが真っ赤だった。一瞬の敗北は俺の中にあったレイへの憧れを塵のごとく粉砕した。

 レイは朦朧としていた。足も、よくみれば、足がついていない。二本の槍が地面から生えていた。それがレイを支えていた。


 「魔法? なにこれ? え?」

 「ふ、ふは、ふははははは!! 黄金! 黄金だ!」


 一方で変に大笑いしていたのは頭巾の男だった。それだけではない、死にかけのレイの頬を叩いて「なんだ~? なんだって~?」と煽っていた。

 三度叩いたくらいで、まもなくレイは死亡した。遺跡の一部になったかのようにレイの死体は微動だにしない。それをペンペンと弾いても。


 「ありゃ、死んじゃったか。坊主~いやいや、まさか、まさか、ふうふふふ~」


 頭巾の男はご機嫌だった。スキップして踊っていた。

 対照的に俺は唖然としていた。レイが死んだ。よく知っている人物が目の前で呆気なく死んだ。その抜け殻になったかのような無機物の体、そこにあったはずの二十年の時間、人生が一瞬で消え去った。今まであった確かな存在がこうも簡単に無くなる命の摂理を俺は理解できなかった。

 だが頭巾の男は山賊だった。混乱する俺を待つわけがなかった。頭巾の男はルンルンと俺を見つけた。


 「もう一人いるな。さっき俺のことを”そんなの”って言ってたよな? 坊主、口の利き方を教えてやろうか? なぁ!」


 頭巾の男はすでに頭巾の男ではない。高揚、血気が見違えて良くなっていた。弛んでいた目がかっぴらいて、毛が逆立ち、つねに口角が上がって、キマっているとさえ言い得るほど力あふれていた。今まであったであろう自己不信はどこにもない。

 ふたたび碧い閃光が轟いた――宝石のように煌めき、またスライムのように伸び、辺りにあった柱を二本掴んだ。柱が光に消化され、細長い金に再構成される――それがとんでもないスピードで、俺目掛けて飛んできた。

 レイのおかげか、何かが殺しに来るとわかっていたから、とっさに俺はしゃがんだ。電撃の二発は俺の上を通り、岩肌へ突き刺さった。


 「意味わかんねえ、なんだよ、あれ」

 「わかんねえだろ? 俺もなんだぜ~でもそれがどうした? わからなくたってお前を処刑できる。まだ行くぜ!」


 俺はロパロから渡された剣を抜き、構えた――疾風の如き槍が剣身を消し炭にした。


 「使えねえ武器!」

 「お遊びはこれまでだ。ぶっころしてやんぞ!」


 お遊びに決まってる。手加減なしに伸びた碧い光は遺跡全体を囲んでいた。それが段々と黄金へ変わっていく。わざと遅らせているのか? ニタニタする笑顔が光の影になってわかる。怪物が今、俺を喰らおうとしていた。

 俺はまた死ぬ。二度死んだからわかる。これは死ぬ。そして二度死んだから怖くない――違う。一番怖い。ほんとうのところは一度目も二度目もあまり怖くなかった気がする。でもこれは間違いなく怖い。どうして怖い――悪意だ。あの頭巾の怪物の人間への、世界への、社会への恨みつらみ、その悪意が、俺の命を穢す思想が俺は怖い。俺が怖いのは死ではなく、悪意に心を穢されることだった。


 「お前を殺したら石を黄金に変えて俺は富豪だ! もうこんな糞見てえな生活とはさよならだ!!」


 もう一つだった。俺は自分を高貴だなんて思ったことが無い。それでもあの頭巾は汚れ過ぎていた。低俗だった。あんな安っぽい欲望の為に俺は殺されるのか。それがどうしても嫌だった。何の理由もなく死ぬよりも。

 それすらどうでもいい命の好みの問題でしかないのだろう――? 光が止んだ。

 頭巾の男はうつ伏せになって痙攣していた。遺跡は黄金になっていない。あと俺は死んでない。傷一つない。

 

 「だ、だ、だれだ。なにしやがった!」

 「あら、まだ元気ですね。どうです? 痺れましたか?」


 声は森の茂みからだ。長髪無精ひげ、色白の身長は百八十くらいの、蒼いローブの怪しい雰囲気のお兄さん? おじさんか? 二十代後半って感じの男だった。手には何も持っていないようだ。後ろで腕組したまま悠然と頭巾の男のほうへ近づいていった。


 「お前その恰好、神父か?」

 「神父? ああそうですね。そうでもありますね。おや、そちらのお子様は?」

 「ふざけてんのか! ぶっころす!」

 「どうやってですか? いえ、聞くまでもありませんね。なぜならあなたは今から――」


 神父らしき男は山賊の剣を取るとそれを躊躇いなく頭巾の男の喉へ突き刺した。


 「――天へ召されるのですから」


 頭巾の男は黙って死亡した。

 次から次へと。今度は神父が敵か? 剣の腕は大したこと無さそうだ。でもどうやって頭巾の男を倒したんだ。いや、そんなのどうでもいい。

 俺は剣を神父へ向けた。神父は無視した。


 「おい! 無視すんな!」

 「ええ? だってその剣、刃が無いじゃありませんか。どうやっても私に傷一つつけられませんよ。それよりもあなた、近くの村の人でしょう? これはなにがあったんですか?」

 「は?」

 「――待ってくださいよ~!! ロウエル~!!」


 またあっちの林から。三人の全身黄金の鎧の騎士? それと少女? 色白の目が丸い、可愛らしい十四歳くらいの少女だ。真っ白のローブとゆらりと長い茶髪にパン屋のコックみたいな帽子。


 「あれ――!」少女は俺の顔を見るとハッとした。


 神父? ロウエル? は少女のその様子を確かめると俺へ話しかけてきた。


 「ああ、そうですね。私たちの自己紹介がまだでしたね。私たちはロアマト教会の者です」

 「ロアマト教会……」


 惨状のなかでニコニコと自己紹介する無情なこの男を俺は信用できなかった。それよりも死人に気づいてその全員へ”対等に”祈りを捧げる清廉過ぎる彼女を俺はもっと信用できなかった。俺の友人とこんなやつらの命が対等なわけがない。


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