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4.荒野の村イリイ~成人の儀1~

 胃をぴょんぴょんと跳ねる――昨日の蛙だ。そんなのに起こされた昼は、いつもに増して暑かった。日射しもギンギンで。

 昨日、カエルの席に村長も来ていた。そのときに明日、成人の儀をすると宣言された。村長はご老体にも構わず、長い白髭に大量の酒を零しやがって、禿散らかした頭を気にせず、曲がった背骨をヘドバンするようにルンルンと踊らせると、大々的に、村の皆がいる前で「明日は成人の儀じゃ! 今夜はその前祝いじゃい!!」と宣伝したから、俺は退くにも退けずごちそうをお召し上がりになりやがりました。そのおかげの今の昼だ。

 今日の村の道はやけに硬い気がした。俺の足がオドオドと硬くなっているからだった。

 時間を守って、村の真ん中、広場、そこまで行くとすでに村長やエアファルングとかがいた。うわ、ババアがいる。あっ、レイもいるな。てか自警団が集まっていた。その団長が村長と話している。やけに真剣そうな声色が漂ってきた。


 「そうかい、そりゃあ、大変じゃな」

 「村長。いいたくはねえが、こりゃ俺たちの手には負えない。俺が言うんだぜ、間違いねえ。だから騎士団に――」

 「おや、シユウが来たようじゃ。この話はあとにするとしよう」

 「そういえばそうだったっけ、今日はウクソルの十九か。おうおう~シユウ!」


 ああやってやけにでかい声で挨拶してきた団長、ロバロ。もはやそこまでいくと威圧なんだよな。俺は”むしろ”声一つ出さず(べつにビビッてない)、礼だけして村長に「こんにちわ。遅れましたかね?」と挨拶した。至ってロバロは気にしなかった。

 エアファルングとレンが話しかけてきた。


 「お前も今日で大人の仲間入りか。馬は乗れるようになったのか?」

 「なってないよ。頑張って教えたけどシユウには才能が無かった」

 「やっぱりそうか!」

 「おい、レン、勝手に答えるな」

 「あ、ごめん」

 「そういえば聞いたかシユウ、レンがだな――」

 「ちょっと、それは言っちゃダメだよ。忘れたのか?」

 「ああそうだったっけ?」

 「なんだよ?」

 「すまんすまん、なんでもない。それよりもうすぐ儀式がはじまるぜ」


 村長がそれらしい民族衣装? に着替え終えた。俺にそこらへんに座れと、座って、大麦をそれらしく持って振り回しながら周りを回った。あーだこーだとよくわからん歌を歌って、祈るようにして回っている。

 村長のこの行動に何の意味があるのか。俺は全く分からない。俺だけでなく周りにいる人もそうだろう。エアファルングなんか鼻くそほじってるし、ババアもあくびしてやがる。それはそうと俺の成人をなんだと思っているんだ。

 村長は懐から細長い剣を取り出すと、それを抜いて、俺に向けてきた。ヒヤッとしたが、また念仏みたいなことを言って、その剣をしまうと俺に渡してきた。

 

 「ではこれより成人の儀をする。シユウよ、行ってまいれ」

 「は、はい」

 「おや、大丈夫かの? あっちの森じゃからな」

 「わかってるって」

 「うむ。ああそうじゃ、剣も渡しておかないとな。ロパロ」

 「はいはい。ほれ、シユウ頑張れよぉ」


 重たい太い剣を渡され、俺はそれを背中に担いだ。村の人たちの愛想があるのかないのかわからない、雑に手を振るところに押され、荒野へ出た。

 いよいよ成人の儀か。外の世界は危険だって、村長に口を酸っぱくされてきたからな。正直、怖いかも……そういえば、ハンカチが無い。取りに戻るか!――すでに誰も手を振っていなかった。愛想はなかったか、やっぱり。

 忘れ物を忘れたことを忘れ、俺は歩きはじめた。


 イリイ荒野。どこまでも向こうが見える気がする壮大な平、平原でもあるらしいが、どちらかというと砂利とか砂とかで広がっていて、そのうえにまばらに草が置いてある感じ。動物はノロノロする牛の群れがむこうに。細長い野鳥が雲と並んで飛んでいる。それとたまに足元にトカゲ、いや、これは――毛虫色の、


 「ヘビだぁっ!!」


 驚いて転べばやはり草より砂利というか石。ぶつけたお尻が骨にくる、響いて痛い。そう痛がっている間に毛虫色のヘビはどっかに行った。転ばせたかっただけ? だったら出てこないでくれよ。

 

 「ああ、喉渇いた」


 日は至ってギンギン。村長から貰った水を飲む。この水はカミサマの加護があって安全らしい。なるほど不味いし、なんかザラザラしてる。神様め、ちゃんとしろよ。

 こうやって暑い中ただ歩いていると意識が朦朧とする。だからこうやって休むのだが、休んでも熱いものは暑い。汗が湧いて止まらん。

 ちょっとだけだけど、初めはその壮大な荒野にワクワクしたかもしれない。それがこう見返せば、壮大がとにかく果てしない。ゴールが見えない試練だ。朦朧も朦朧過ぎて、嫌になる。15キロ走らされた中学の持久走を思い出すぞ。思い出しても現実のほうが遠そうだから、余計に嫌になった。

 

 「どうしてこうなった」


 俺のこの日常はたびたびこのセリフが出る。村での生活はもちろん自分にとって過酷であるからだ。今日もその一部ともいえるが、今日ほどその念が強い日は来ないだろう。その念とは後悔、というよりも皮肉や恨みだ。この”どうして”は、俺の意志に関係ない、自然の摂理の理不尽、その訴えだ。俺の記憶はたしかに車に轢かれ、馬車から落ち、ここにいる。その過去の常識離れした現象への恨みだ。俺の意志は、その判断はたしかにあったかもしれない。であってもここに俺がいることは意味不明だ。

 人はその摂理にうんざりすると邪推するらしく、俺はいわば一度か二度死んだ。つまりここはあの世だ。であるならば俺は天国や極楽? にいるはずだ。しかしここがそうであるならば死ぬ前よりもしんどい。そんなものを天国とはいえない。なら地獄か? 俺は地獄に落ちたのか? なぜ? 少女を助けたのに、絶対に善行であるはずなのにどうして?

 つまりこういうのが邪推なんだ。そう冷静になるまで考え藻掻き疲れて終わる。して俺はこのひんやりとする重い剣を冷えピタにした。

 自警団。村を守る誇り高き団だ。敵は乱暴な動物から、野盗、それから犯罪者もそうか。この剣を渡してきたあの男、意識したくないからあまり言わなかったが、ロパロはまさしく男の憧れのような男だった。若く、強く、背も高く、しかも賢い。村で認められているし、町に行けば女の子にモテて困るといつも酒場で自慢するほど。その恵まれた、優れた才能は自信をもって振舞う。それが俺は気に入らなかった。あの自信はどこか見下してくるような感じだった。いや、間違いなくあいつは傲慢だ。でも俺も正直なところ、この冷たさに憧れた一人だったろうな。

 そう、苦しいほど恨む、天国へ行くべき自分よりもただ恵まれただけの男への恨みが、この現実の冷酷さが特に俺を惨めにしていた。

 そういうところで考えは一周した。疲れ果てた。不満を抱いて感情的になってもこういうところに落ち着くのであれば、さっさとこの”儀式”を終わらせてしまおう。

 ここから森へはすんなりと行った。ただ歩くだけだったという意味のすんなりは退屈で、退屈だからこそ精神的にしんどいものがあったが、それは狂暴な動物と遭遇しなかった幸運でもあった。森の木陰で休んで、重たい剣とくだらない剣を地面に置いてわかった。そのくだらない剣は、その装飾は太陽光を反射して、動物を怖がらせていたらしい。剣の光を森で隠れていたらしいリスへ向けると林を擦って逃げていった。まぁそうであっても、この剣がくだらないのには変わらない。そもそも外に出ない方がいいのだから。

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