15.ミル~決着~
ジェーノは血反吐を吐きながらも立ち上がった。そして原因を追究した。すなわち周りを観察した――痺れて倒れた巨人のカルーア二人、誰が?――さらに観察、いや、観察するまでもなかった。その高笑いが響き渡ってうるさかったからだ。
「はっはっは。いやぁ、お待たせしました。シユウ君、頑張りましたね。ヨシヨシ」
「やめろ、気持ち悪い」
「そうですか。じゃあやめましょう」
薄ら笑いの長髪。いないはずのもう一人。ロウエルが二階にいた。
ジェーノだけではない。俺もほとんどのカルーアの雑魚も、それからジョシュ、ロゼリー、ミアも、ミアに治療されているマリアンナも、あとダリウスもだ。首傾げてる。
「なぜいる?」
「え、その感じ、いちゃダメですか。ちょっと辛辣すぎではないですか」
「違うけど。ロウエル逃がすためにここまで必死になったのに」
「シユウ君。勘違いしちゃいけません。無駄ではありませんでしたよ。あなたが時間稼ぎしていくれたから私は拷問されずに、バレずに、見張りを善良なロアマト信者にできたのですから」
うん。意味が分からない。にっこにこで説明されても、なんかもうロアマト教が悪魔的ってことしか分からない。洗脳したってことだろうか、カルト宗教の手口だろ、それ。
「まぁともかく、皆さん――反撃開始ですよ」
ロウエルは杖を振り回し、琥珀色の輝きを集めるとそれを解き放った。まるで蝶のように光は待って、奇跡のようにカルーアの雑魚たちの足元に落ちた――そして燃えた。黄色い炎が一帯を焼き払った。「無理だ。ジェーノがやられた!」と雑魚たちは一斉に外へ逃げた。
あれほど狂暴だった雑魚の集団が散り散りになった。巨人の二体はロゼリーが始末してしまったみたいだ。
それによく見ると黄色の炎はジェーノの周りを囲っていた。逃がさないと。
「さぁ、決戦のときですよ。えーっと、誰ですか、君?」
ロウエルが問い掛けるとダリウスはそこから黄色の円の中へ下りた。ジェーノに面を構えた。
「俺はダリウス。ウォーキングの二番長だ。ジェーノ、お前を倒しに来たのは大義名分、好き放題に残酷なことをしてきた報いを受けさせるためだ」
「よく言う。おい、不戦協定を忘れたのか?」
「この前無くなっただろ」
「ふ、ははは。どこまでもウォーキングってやつかよ」
ダリウスは鉄の拳を構えた。その眉間には血が流れていた。ここまでの戦い、ダリウスもかなり怪我をしていた。
でもジェーノのほうが酷かった。満身創痍。今さっきのダリウスの一撃が相当利いている。されどジェーノは全く退かない。ただの意地なのか、べつの何かなのかは、俺の知るところではない。しかしそこに立つジェーノの姿はやや、カルーアの冷酷無比という言葉とは印象が違っていた。
ジェーノはもう短刀を回さない。その余裕も無いのだ。
「人並外れたフィジカルと天性のナイフハンドリングの勝負ですね。これはきっと」
「一瞬で終わる」
間合い――黄色の焔の揺らぎが止まった瞬間、そこに道ができた瞬間――ダリウスは殴りかかった。一気に距離を詰める。
近接の近接。くればもはやジェーノに勝機はない。されど短刀しかない――いや、短刀がある。それも一本や二本ではない――五本、六本、投げる投げる――ダリウスはそれを避けない。なぜなら元から中る軌道ではない。狙いが逸れていた――違う、ジェーノはニヤリとした。
「そこを殴ってくる!」
ダリウスは受けて立った。
「そこを殴り抜ける」
鉄の拳と短刀の一騎打ち。どちらが速いか、そして長いか――結末は焔の中。
倒れていたのは――ジェーノのほうだった。短刀の破片がガラスになって偽りの炎を大きくしていた。
ダリウスは今にも死ぬジェーノに「工夫が足りなかったな」と聞いた。ジェーノは「どこがだ、脳筋め」と炎に飲みこまれた。今気づいた、ダリウスは首に折れた短刀の刃を挟んでいた。
「終わりましたね。ごっほ、ごほ。あの、自分でいうのもなんですが」
「薄ら笑い長髪、燃やしすぎだろ」
「……やっちゃいました☆」
ということで俺たちは崩壊する別館から速やかに避難した。ダリウスは、炎の中にいるダリウスまでは意識が向かなかった。ミアが「あれ、ダリウスさんいませんよ」って教えてくれるまで。
外にはすでに騎士がいた。名ばかりの騎士だ。そいつらが俺たちを追ってくるから逃げた。ちょうど馬車があった。カルーアの馬車だ。俺たちはそれに飛び乗り、颯爽とその場を後にした。
ところを騎士を殴り倒しながらやってくる人影が――
「おい待てよ! 置いてくな! お前ら!」
「ダリウスさんですよ!」指差すミア。
「ダリウスさんですね」ニコニコするロウエル。
「ダリウス」どうでもいいロゼリー。
「ダリウスだ」どうしようもないと諦めた俺。
「ちょっと無理だわ」諦めた運転手
追っ手はいなかったので止まってもいいなと気づいたのはしばらく後のことだった。
俺たちはかなり疲れていた。なのに野宿だ。しかもテントとかも何もない。腹も減った。けど夜の草原、なんにもない。
「最悪だ」
「そうですね」焚火の前でうんざりするミア。
「まぁ明日になれば町に着きますから」弁明するクソ司教。
「誰のせいでこうなったと!!」キレた一同。
焚火が冷たく感じるのはさっきまでの火傷しそうなまでの黄火のせいだろうか。それともこのクソ司教のクソったれの笑顔のせいだろうか。どちらにせよ、俺たちは最悪だった。
だがそうも言ってられない気持ちもあった。特にミアはかなり気にしていた。
「ダン君、どうしましょう」
「次の町はインテルです。そこはミルほど盗賊が幅を利かせていません。ちゃんとした町です。教会もあるので、そこに預けましょう」
「気の毒だな」俺は呟いた。
「え、それって教会批判ですか?」
「冗談じゃないですよ」
「失敬。たしかにそうですね。私は近くにいながら彼の母親を救えませんでした。私にも責任があります。だから彼のことは私が大事に育てると約束しましょう」
「旅は?」
「いえ、もちろん旅しますよ。教会にお金をたくさん寄付し――ごほん。まぁそういうことです」
なんだか大人って黒いな。ロアマトが黒いだけか。
「ちょっ、シユウ、なんですかその目。なんで私まで!」慌てるミアであった。
狭い焚火を囲っていたところにイノシシ一頭――を持ってきた男が、ダリウスである。ダリウスは「火を借りるぞ」とイノシシを捌き始めた。グロい。
「おい、なんだその顔は。お前、動物捌いたことないのかよ」
「え、え、あ、あるよ、あるに決まってんだろ!」
「私はないですよ」平然ミア。
「私も無いですねぇ」笑いを堪えるロウエル。
嵌められた。俺は赤面した。ダリウスのせいだ。あとでなにか仕返ししてやる。
「ダリウスさん。ところでなのですが、どうして手を貸してくれたのですか」ロウエルは聞いた。
「言っただろ。俺はジェーノと因縁があった。元々、ミルはウォーキングが不戦協定の前に支配していた町で、その時は俺の兄貴が長だった」
「ええ、それはさっき馬車の中で聞きました。でも――あなた方はそこまで情に厚い人達じゃないでしょう?」
ロウエルはたまにすごいことを言う。何かを仕掛けているのだろうが、相手がその通りの盗賊なら殴りかかってきてもおかしくないだろうと、ミル経験者の俺は節々と思うのであった。もちろんダリウスはそうではないが。
「まぁ……そうだ。これ以上誤魔化しても後がちょっと怖いし、バラしちゃうか。恐らくウォーキングとカルーアは遠からず抗争を始める。これは間違いない」イノシシを部位ごとに綺麗に切断する。
「ほう?」なにか意味ありげなニコニコロウエル。
「っ……だから少しでも勝機が欲しい。正直、カルーアは昔とはわけが違う。意味の分かんねえ力を持っている輩が増えてる。まるでボスみたいな」
「ほう? だからミアがほしいと?」
「えっ」ミアはお湯を吹いた。
「ありゃ、バレてたか?」
「バレバレですよ。ミアがマリアンナの治癒をしているとき、とんでもない目つきでしたから」
にっこにっこで牽制する中年。これにはダリウスもかなり怖がったようで、俺に「まじ? まじ?」とよくわからないことを聞いてきた。俺は適当に「変態すぎて退いた」と返した。ダリウスは「は?」と戸惑った。とりあえず、さっきの借りは返したことにしよう。
「治癒能力ですね。しかもロアマトの子の治癒ですね。目の付け所は良いですが、ミアはまだまだですよ」
「むっ」むっとするミア。
「基礎の基礎の水の浄化だってできませんし」
「むむっ」むむっとするミア。
「治癒だってノロノロです。遅すぎて使い物になりませんし」
「むむむっ!」むむむっとするミア。
「解毒? 防護? 強化? 全部習得してませんよ! わっはっは」
「教える人が悪いからです」怒りながらも猫舌のミア。
しょうがないから俺がフォローしておくか。
「でもロウエルじゃ治せない重傷だって治せるだろ」
「にゅん?」にゅんとするミア。
「それにロウエルより優しいから安心するし」
「にゅんにゅん?」にゅんにゅんとするミア。
「そのあとに胡散臭くない」
「たしかに」たしかになミア。
ロウエルが「それって私が金をせびるということですか」と無言の訴えをする。一同、「しそう」である。
ダリウスは便乗する。
「シユウのいう通り、ミアの力は強力だ。それを貸してほしい」
「ふぅ……断ったらどうします?」
「べつにどうもしない。ただ、俺が盗賊だってことの意味は分かるだろ」
「ほう? 誘拐しますか」
「あんたよりは難しいかもしれないがな」
「喧嘩します?」わりと怒ってるロウエル。
一同、せーの!――「いや、そうだろ」
ロウエルとダリウスの交渉。ダリウスはイノシシの肉を二つ、棒に付けると片方をロウエルに渡し、もう片方を焚火に突っ込んだ。ロウエルは黄色い炎でそれを焼きはじめた。
「やってみればいいでしょう。しかし私もロアマトの第二司教です。そこそこやりますよ」
「そうだな。だから正直な話、あんたの力もほしい、なんちゃって」
「ふざけてます? 炙っちゃいますよ?」
「いいや、ふざけてない」
ダリウスはこんがりと焼けた自分の肉をロウエルに差し出した。
「実はだな、こういうのはどうだ?――俺はあんたらが探している男を知っている。なんなら会わせてやる。その代わりにミアとロウエル、お前らを貸せ」
「ほら吹きでは……なさそうですね」
眉ひとつ動かないダリウスの本気をロウエルは見抜いた。ロウエルはちょうど黄色の炎で焼けたイノシシの肉をダリウスに差し出した。
俺は少しギョッとした。なぜ知っているのか。ダリウスは馬車のことを知っているのか。俺のことを知っているのか。 どこまで知っている。暗黒の霧がそこにあった。
でもそんなのは二人の前では些細なことでしかないのか、話は進んでしまった。
「いいでしょう。取引成立です。私とミアでカルーアをボコボコにしましょう」
「えっ」勝手に売買されたミア。
「よし、成立だ。安心しろ。ウォーキングは約束は破らない。その代わり破ったものには鉄槌を下すから覚悟しろ」
「ははは」
両者互いに肉を交換した。ロウエルは「うまいですね」と満足げ。一方ダリウスは「あれ、生焼けじゃね?」といった感じ。焚火でちょっと熱を入れようとするとロウエルが「あれ、取引?」と煽ってくるというクソムーブ。ダリウスは生焼けを感触した。
この後、俺はダリウスの近くで眠ることになってしまったのだが、寝言でも「クソ神父」と文句を云っていた。そのせいで俺はあんまり眠れなかったし、ダリウスはお腹を壊した。




