13.ミル~ジェーノ1~
マリアンナは近衛兵の鎧を着て、盾と剣は失くしたからと屋敷の廊下に飾られていた甲冑の槍を盗った。
「ごほん。で、姫は無事なのか」
「あ、ああ。うん。そうだな。ミアは大丈夫だと思う。ロゼリーがいるし。ダリウスもいるしな」まだ戸惑うおじさん。
「そうか。これからどうする? 待て、ダリウスって誰だ?」
「あ、ええ。えっとダリウスはだな、えー」
「ジョシュ。話にならんな。おいお前、ダリウスというのは誰だ?」
お前って。俺も気まずくなってやろうかな。されどシユウ君は真面目なので、作戦を優先して状況を伝えました。
「ダリウスはウォーキングの二番手らしい。相当腕が立つんだとさ。ほら、たびたび下で悲鳴が聞こえてくるだろ、あと雄叫びも。ダリウスが暴れてるんだ」
「そうか――殺す!!」
このマリアンナ、一切迷いがない。ダリウスを殺しに行こうとした。だから俺たちは体を掴んで止めた。意外と力が強くて止められない!
「えーい! ウォーキングだと! ふざけているのか! そんな輩に姫様を預けるなどっ!!!」
「待て待て! 冷静になれ!」
「冷静になるのはお前らだ! まともならそんな判断できない!」
たしかにそうだ。と一瞬、俺は放してしまった。ジョシュが「放すな放すな! 今更!」と訴えたので従った。
しばらくしてマリアンナは静まった。そして息切れしているジョシュの代わりに俺が作戦を伝えた。
「わかった。戦力が足りなくて仕方なく、賊の手を借りたのだな。不安であるが、今は作戦が優先だ。賊を根絶やしにするのはその後でいいだろう」
「根絶やしって」
「とにかく私たちは司教と誘拐被害者の救助に向えばいいのだな」
「そうだ。でもちょっと困ってな。どこにいるのか、わからん」ジョシュはバテていた。
「それなら私が知っている。あそこだ」
マリアンナは窓の向こうに光る三角錐の屋根の建物を指した。別館だ。ジェーノが待ち構えている場所だ。ここからでも忙しなく走るいくつもの影が見える。
「まぁ別館なのはわかった。となると合流するのも手だが、正直、戦力に自信が無い」
「どういうことだ?」マリアンナは問う。
「いや、カルーアの雑魚を合わせると俺たちじゃ数が足りない。ロウエルがほしい」
「たしかにそうかもしれないな。なら忍び込むしかないな。別館の広間、そこの二階の左奥に牢屋がある」
「広間かよ。ちょっと厳しいな」
「そうだな」
考え込む二人。一方で俺は別館を凝視していた。暗くて見えにくい、芝にだんだんと並ぶ死体があるような――いや、蛇が飛んでいる!
「シユウ、どうし――おい、あれはさっきの」
「誰だ、あれは?」
「よくわかんねえが、相当やりそうなガキだ。よし、決まった。ついてこい!」
「おい?」
ジョシュの考えていることはわかった。俺はジョシュについていく。マリアンナは戸惑いながらもついてきた。
でもちょっと二階から跳び下りる勇気は無いぞ、俺は。と、臆しているところをマリアンナが突き落してきて、ジョシュにキャッチされた。
「あぶねぇって! この野郎!!」
「誰が野郎だ! 私は女だ!!」
男勝りなマリアンナはベランダから跳び下りた。まるでロミオの顔を踏むようにドンと。
別館と屋敷の間をカルーアは何度も通っていたが、それも止んだ。屋敷のほうにはまだカルーアがうじゃうじゃいるようで、ダリウスらが戦っている声も聞こえる。
そして別館からもだ。棍の青年が派手にやっているのだろう。ジョシュは「つまりは同じ事」と入れそうな二階の窓を割ってそこから入った。
そこ――それはちょうどロビーの二階だった。
「大胆だな。そっちのほうがいい!」
「興奮するところじゃないだろ」
「しー。お前ら、冷静にな。あの奥の扉か?」
「大丈夫だ。ここの二階は雑魚が出入りできない。あいつらは下にしかいない」
「なるほどここは富裕層のエリアってことか」
富裕層のエリア。いまいちピンとこなかったが、すぐ隣の部屋に全裸の女性と太った老年がいて察した。どちらもびくびく震えてしゃがんでいる。いい気味だ!
一方で下、ロビーはかなり激しい。青年は不敵な笑みを浮かべていた。
「雑魚どもが集まっても雑魚なのは変わんねえ! スイミーじゃねえんだよ! 現実は!」
「スイミー? 睡眠させてやんよ!!」
依然としてカルーアの頭巾らは馬鹿騒ぎ。青年は棍を二度三度叩くだけで、蛇が舞う。蛇の城壁とも言えようか。頭巾たちは威勢よく短刀、サーベル、斧などかかってくるものの、蛇が片っ端から腹を喰い破っていく。カルーアは決して青年に近づけない。
その有様を見ていれば戦意を喪失するものだが、カルーアという集団は誰かが怖気づくと「俺は怖くねえぜ!」とむしろ活気づいて突っ込んでいく。それも蛇の餌食。
「おいシユウ、なにぼーっとしてんだ」
ジョシュに言われて、俺も牢屋の扉まで行った。施錠されている鉄の扉がそこにあった。
「こんなのどうやって開けるんだ?」
「まぁ、ロックピックしかないわな!」
ジョシュは針のように細く鉛筆くらいに長い金属の棒を鍵穴に引っ掻けた。こうでもないああでもないと回している。
結局、俺とマリアンナは見ているしかないので、下を見ていた。ジョシュは「ちょっと、おじさんの活躍!」と嫉妬しても関係ない。
依然として棍の蛇が何十匹、宙を駆けてはカルーアを喰い破っていっている。だんだんとカルーアの雑魚も弱ってきたか、果敢に飛び込む者はあまりいなくなった。弓で外から狙う動きを期待しているようだ。
しかし飛んできた矢ですら正確に噛んで掴んで食べ、射手のほうへ襲い掛かる。
カルーア側が完全に負けている。それが俺とマリアンナの見立て。そして気になるのが、ずっと階段で座ったままのジェーノだ。じーっと戦況を眺めるだけで、何もしていない。してるといえば短刀を投げ回しているくらいだ。
青年は欠伸した。
「あーつまんねえ! おい、見てるだけかよ。もしかしてビビってる感じか? おーい!……無視かよ。こいつらじゃもの足らねえな」
「……んじゃー、行ってやるか。下がれ、お前ら」
「お? やっとか?」
ジェーノは短刀の先を人差し指に立てたまま階段を跳び下りた。短刀はブレず、倒れず、着地するとまた回した。して青年の周りを歩き始めた。様子を窺っている。
「へぇ~、警戒してんのね。やっぱ蛇怖いか」
「……」
「また無視かよ。冷たいねぇ~」
「……一つ確認しておく。間違いじゃ、ちょっと締まらないしな――デュオで俺の部下を皆殺しにしたの、お前か?」
「今更気づいたのか? お前もハントしてやるよ。正義の味方がな」
「セイギ?」
風回る蛇の積乱雲。その外で弧を撫でるジェーノ。「まぁ、どうでもいいか」そこに生まれた笑み、投げ回す短刀――青年の目は短刀に夢中――ゆえにそこにジェーノはいない。
青年は目を回した。完全に見失った。
「容易い」
声、背の急所にあり。ジェーノは短刀――一度、二度、回す――突き刺した。
「舐めやがって!」
されどその遊びの間に青年は離れた。わざとだ。わざとジェーノは青年を殺さなかった。
青年は怒りと焦りを露わにした。汗をダラダラと流し、一気に息も荒くなった。棍を叩いて蛇の数を倍にした。
「今のは舐めてかかったわけじゃない。俺がカルーアだって知ってるだろ? カルーアには決まりがあるんだ。暗黙の了解がある。活きのいい反逆者は可能な限り惨く殺す。お前のことだ」
「へぇ~そりゃ、ちょっと手加減願いたいな!」
「なんだ、怖気づいたか。でももう遅い。いいのか、その数で」
「は?」
「蛇はそれだけでいいのか?」
「じゃあ、増やしちゃおうかなぁ!!」
倍の倍、さらに倍。ざっと五十匹といったところだ。もはや魚の群れだ。隙間なく蛇が青年の周りを泳いで、完全に守りに入っている。
そう、隙間が無い。青年は汗を拭いてホッとした。絶対に攻撃が当たることはない。近づけば必ず、蛇が自分を守ってくれる。
でも代わりに視えなかった――勝利の笑みを浮かべるジェーノの姿が。その所作が。
「仕留めた」
ジェーノは短刀を回すのを止めると、それを蛇の雲へ投げた。真っすぐ。殺意の籠った一刀を。だからこれがなんだというのか、青年は気づかない。見えないから気づかない。そして見えたとき気づいた――見えたとき。自分の前にいた蛇の群れが短刀へ喰らいついたとき、視界が開けたとき、つまり自分の前にあった盾が釣られ、そこにジェーノがいたとき、
「待っ――」
ジェーノは待たない。蛇から短刀を盗み去り、振り、回し、回し、振り、切り刻んだ。切り裂いた。積乱雲の内側が真っ赤に染まった。蛇が死に絶えた。
止んだ頃、青年は地べたにへばり付き、喘いでいた――完全に敗者の顔をしていた。
「うぇえ、悪かったぁ! 俺が悪かったぁ! 命だけはぁ!!」
「……」
「もうしない! 逆らわない! だから助けてくれぇ!!」
醜態。賊共は嗤う。腹を抱え、指差し嗤う。あんなに調子に乗っていたガキが無様に泣き喘ぐ様を、どうして嗤わずいられようか。もはやそのガキですら嗤っていた。自分のことを、今までのことを、そして――目の前の優しいポニーテイルを。
弱み。瀕死の敵を前にしてジェーノはこう思ったに違いない。手を出してこないならそうだ。
「かかったな! 俺の能力はもう一つあるんだよ! 俺のことを雑魚だと思ったその時、俺はめちゃくちゃ強くなるんだよ! 喰らえ! スティック――」
膨れ上がる棍の尖端、集まる翡翠の結晶。だんだんと色は白く輝いて、その量の光、嵐、熱気、町一つ破壊しうるほどのエネルギーとなる。
あれが必殺技。青年は渾身の叫びを以て唱えた。
「バ……」
「そういうのいいから」
翡翠の結晶は紅を纏わない。喉先から噴出する血を、青年を守る蛇はもうどこにもいないのだ。青年は無残に倒れた。
ジェーノは短刀から血を拭き取り、階段をのぼった。辺りは静寂だ。ジェーノの暗殺ともいえる手裁きに驚いていた。だからジェーノは、カルーアの長の一人として言い放った。
「あとは好きにしろ」
カルーアの雑魚たちは青年へ群がった。そして蹴った、殴った、刺した。何度も何度も。青年は死んでいない。喉から噴き出る血で息ができないほどには瀕死であっただけだ。それはカルーアの暗黙の了解ゆえだ。この乱暴を為すためだ。
死に体のに死ねず、痛いのに耐えるしかなく、傲慢も人間としての尊厳も血が途絶えるまで穢されながら死ぬ。これがカルーアに歯向かった人間の末路だと。どこにもいない証人に見せつけるのだ。
やがて青年は死んだ。微塵も動かない。されどカルーアは原型が無くなるまで、無くなってもなお気持ちが晴れるまで殺し続けた。
「惨い。あんなの人間のすることではない。今すぐにでもあいつ等全員、地獄送りにしてやりたい気分だ」
「ダメだ。今は救出が先だ」
「わかってる。馬鹿にすんな」
「……」
なんかいっつも辛辣だな。いや待て。俺は黙ってなんていない――口が塞がって――!? マリアンナの背後にすでにやつはいた!
「安心しな。俺は女性には優しい」
「え?」
ジェーノはマリアンナを仕留めにかかった――が、そこに飛んだ矢をジェーノは弾いた――さらにもう一本、マリアンナにあたるかあたらないかの擦れ擦れをジェーノの頭目掛けて飛んできた。
ジェーノは距離を取った。
「すごいことするな。このおっさん」
「へぇ~褒めてくれるわけ? おい、マリアンナ気を付けろ」
「クソ! 私としたことが!」
ジェーノは短刀を回す。指で、手首で、腕で、肩から腰に入ってフラウープのように、リフティングのように持ち上げて握った。槍を構えるマリアンナ、矢を番えるジョシュ。あと俺のほうも見てきた。が、すぐ違うなって目をされた。
下にいるカルーアはまだ死体に夢中だ。とはいえこっちに気付けばすぐ加勢してくる。その前にジェーノを倒さないとならない。が、
「一対二か。まぁ、どうってことはない」
あの青年を容易く倒したやつに勝てるのか? 外野の俺が言うのもなんだが、かなり厳しそうだ。でも――そう考えている俺の前に、ニタリとしたジェーノいた。
「そんな気を抜いてる場合じゃないぜ」




