12.ミル~侵入~
ダリウスはカーテンから門を指した。頭巾の群れが騎士と一緒に酒を飲んで騒いでいる。しかも頭巾の数はだんだん増えていった。俺たちはもうこの町から出られないらしい。
ここは宿屋、ジョシュとロゼリーがどこかの屋敷の地図を見て話し合っていた。そこに俺とミア、あとダリウスらが入ってきた。ジョシュとロゼリーにロウエルが誘拐されたことを聞くと、「そうだ」とはっきり言われた。なかなかピンチじゃねえかと、現実直視。俺は宿屋の隅でうな垂れた。
「身代金を要求しながら外を塞いだら、金なんて用意できるはずがない。なにをしたいんだ、あのポニテ野郎……」
「さぁな。盗賊の考えることなんてわからんぜ?」ダリウスは自信満々だった。
エメラルドグリーンの光が迸った。なんだなんだと、俺がずっこけてしまった。ロゼリーに笑われた。ミアが子供の傷の治癒をはじめたらしい。
ダリウスが「これが聖術っていう魔法か」と感心して、俺は改めて驚いた。何かの手品ではなく魔法。ミアも使えるのかと悲しくなった。
みるみるうちに子供の傷が塞がっていく。
「よいしょっ。これで大丈夫ですね!」
「……ありがとう」
「私、結構すごいお姉さんですから!」
自画自賛。そのせいか、ダリウスが寄って寄って「これってどれくらいの傷まで治せるんだ?」と興味津々になって、ミアは困った。するとついにロゼリーがメイスを回して「ネズミの臭いがする」とダリウスを追い払った。
そしてジョシュもようやっとこっちに関心を寄せた。
「あんまりミアに近づくなよ~ロゼリーは加減を知らねえからな」
「そりゃ、心強い……」汗だくのおっさん。
「で。あんただろ、ウォーキングの二番手のダリウスってのは」
「おお! 知ってたのか。少しは有名になったのか!」
「率直に聞くけど、あんた、何が欲しいんだ?」
ジョシュの目が光る。ダリウスは「話が早いようで助かる」とどこかから膨らんだ布袋を取り出して、それを投げた。ジョシュ、ロゼリー、それから俺のほうへ三つ。財布だ。いつの間に盗ったんだ。てか盗賊だったのかよ。
ダリウスは「それからこれも」と手帳? もジョシュのほうへ投げた。ミアが「あれ、ロウエルのお財布です」と驚いた。
「町でぶつかったときにくすねた。これは遊びだ。俺はカルーアじゃない。俺たちが盗るのは金じゃなくて、命だってことだ。今、俺が欲しいのは、カルーアトップ4のジェーノってやつの首だ」
「なるほどな。じゃあ俺たちは何も出さないが、仲間だってことで良いよな?」ジョシュは確認した。
「もちろんだ」
ジョシュは信用したようだ。でも俺はそうではなかった。むしろダリウスが盗賊と判明して、疑念が芽生えていた。およそカルーアの横暴のせいで盗賊の印象が最悪なのだが、それとは別にこの酔っ払いが真摯に約束を守るのかという直感だ。
だから俺はジョシュに「信用していいのか」と確認した。ジョシュは「嘘にしたって攫われたどアホ司教が悪い。何か払うにしても全部アホのほうさ」と楽観的だった。たしかに。
そうコソコソ話しているとダリウスは弁明した。
「おいおい。勘違いするなって、俺とアイツらには因縁があるんだ。それだけだ。何もいらねえよ――ウォーキングは約束を破らない」
「盗賊だろ。俺は信じない」
「シユウ、こういうときは仲良くするもんだぜ?」
「まぁ、シユウ、ここはそういうことにしておけ」ジョシュは冷静だった。
ジョシュは屋敷の地図を広げて作戦を話した。それを頷きながら聞くダリウスであった。あとミアもなんかうんうんしていた。だから俺もうんうんした。
「うんうん」
「俺とシユウで裏から入る、そしたら――」
「え?」
ということで俺はジョシュと一緒に屋敷へ忍び込む算段になってしまった。
荒廃したミルの街並みとは打って変わり、町の奥には高級住宅街が広がっていた。その最奥、ひと際大きな屋敷があった。
屋根は煉瓦が墨色、壁は砂岩のクリーム色のグラデーションが掛かる、ドアはダークステイン風の構えた、いかにも気取っているお屋敷って感じだ。
ロビーやその周辺の部屋は照明が付いているが、他の部屋はとても静かだ。子供から聞いた檻、その近くも暗いから好都合だった。
俺はジョシュについていって、屋敷の裏の塀まで来た。ジョシュは手慣れたようすでロープを庭の木に引っ掻けた。俺とジョシュはそこから中に入って、屋敷の一階窓まで忍び寄った。
「盗賊でも夜は眠るのか」寝室で鼾をかく賊がいる。
「お前、盗賊だって人間だろ? まぁ俺たちのこと、舐め過ぎだとは思うが。よいしょっと」
ジョシュは鍵爪のようなものを取り出すと壁を登って、窓に穴を開けると中に入り、そこからロープを下ろした。
「まるで盗賊だ」
「盗賊からものを盗むってのはロマンがあるよな。ものじゃないけどよ」
二階に下りると忍び足で檻まで進んでいった。
俺とジョシュはこのように裏から人質および誘拐被害者の救助をする。一方、ダリウスら他三人は――騒音が一階から響いてきた。
「かかってこいよ! 血祭りにあげてやる!」
乱闘が始まったようだ――俺たちを隠すための囮、あと親玉を倒しに行っている。あっちは正面から派手に行ってそのままジェーノのいるであろう別館まで突き進む。そういう作戦だ。
こっちは非常に静かだった。ジョシュは耳を澄ませろと俺を注意した。
「ほら、きたぞ。前の角からだ。みとけよ~おじさんの見せ場!」
ジョシュは弓を構え、足音を待つ。ちょうど出てきた頭巾がこちらを認識する前に心臓を貫いた矢は壁に刺さった。
「先手必勝ってわけよ。おじさんの大勝利」
「し、死体はどうするんだ?」
「え、死体? そのままにしとけ。さっさとここを離れるだけだ」
俺は疑問に思っていた。このようにジョシュの弓の技量、侵入の手際、全てが達人レベルだ。おそらく一人で全てを為せるはずだ。いや、一人のほうが楽なはずだ。しかしなぜ俺を付けたのか。俺は正直、今そこで虚ろになった賊を見るだけでも結構きついのに。
「シユウ、お前は村を出たばかりで死体を見慣れてないみたいだな」
「だったらなんだよ」
「冒険者とは言わんが、これからの旅、そう平和にはいかないだろう。怯んでいたら死ぬのはシユウのほうだ。だから今のうちに見慣れとけ。俺が沢山仕留めてやるからな!」
ジョシュはそう云いつつ部屋を見張るカルーアを射抜いた。矢は幾何の線のように真っすぐ壁に刺さり小刻みに振動した。
「ここが檻の部屋だ。ほれ、シユウ、これ鍵だ。開けてくれ。俺は周りを見とく」
「わかった」
といって渡された鍵がライオンの鬣ぐらいある。どの鍵だか、一個一個試すしかないか。なかなか面倒だ。あと横で白目向いてる死体がものすごく気になる。
「ん?」
「どうした、ジョシュ?」
「おい、気のせいじゃないよな」
「何が?」
「おじさんの気のせいか? 地面、揺れてね?」
俺は床に手をあてて確かめる。揺れている。というか――こっちに来てる?
あまりに大きな足音だからジョシュは気づくのが遅れた。臭い。ジョシュではない。その臭いと荒い息が大きくなってわかった。ジョシュは弓を引いて、それを待った――いや、角から迎撃した!
「あれ? 壁?」
放った矢は壁に刺さらず、ぽとん、と落ちた。壁にしては硬いな、なんてジョシュは笑うが――
「違う!」
――俺は知っている。その頭上に頭巾があること、それが天井に着くほどの巨体だと。
涎が垂れる。それがジョシュの眉間を流れた。
「ガガガ?」
「が・が・が? 何語?」
巨人のカルーアはすかさず大剣をジョシュへ叩きつけた。ジョシュは間一髪でそれを躱し、こっちに来た。
「ちょっとあれは無理だわ。一旦、撤退!」
俺とジョシュは回れ右。巨人のカルーアから逃げ出した――その角から人影が! 大きくはないが、なんかちょっとおかしい。
「フフフ……」
笑っている?
「今日はツイてないな!」ジョシュは弓を構える。
「後ろ来てる!」
「わかってるわ! だからさっさと前にいる敵を――」
「――敵? お前らは敵か??」
人影が喋った。いや、窓からの光がその姿を露わにした――棒、いや、棍をぶらさげた、百七十五センチほどの細みの長髪――知っている青年の姿がそこにあった。
俺たちに気づくと目の色が変わった。
「こいつ……少しは楽しめそうか!!」
棍の青年は俺たちのほうへ走ってきた。それ程速くはない。されど確かな戦意を感じる。ジョシュは矢を放った――速い――あの青年の腿を狙った矢だ。
しかし青年の眼中にそれは無い。青年は棍を高幅跳びの棒のようにして宙に浮くと、こう言った。
「スティック・バン!」
棍の両端からガラス片のようなものが飛び散ると、それが碧く輝いた。翡翠の息吹きとでも言えようか。されど色はすぐに形を為した――蛇だ。音うねる蛇の幻影だ。それがこっちへ牙を剥いて空を駆けてきた!
「あれ?」蛇は俺とジョシュの横を通り抜けていった。
「ガガ!! ガガガガガ!」そして巨人のカルーアの手首とうなじに噛みついていた。
青年はさらっと「ゴミに興味ねえな」と言い捨てた。して手品師のように棍が宙を引かれて、手元に。ぐるぐる回すとまた「スティック・バン」と蛇を増やした。
「なんだぁ、こいつ」ジョシュは不満を露わにした。
「そっちこそ。邪魔だ、退け退け。雑魚はもう飽きた。しっし!」
「ガキがぁ……」
青年はジョシュに鋭い目つきした。構ってやろうと言わんばかりに手を弾いた、すると蛇が三匹、ジョシュのほうへ走った。「やってやんよ。舐めんな!」とムカムカするジョシュは――またもや蛇に無視された――蛇はジョシュと俺の後ろにやってきたカルーアの集団を食い殺していた。
「さておやおや? 巨人さん、死んじまったか? うちの蛇は食い意地が張るからな! ハッハ!!」
その通り。巨人のカルーアはすでに血に倒れていた。あの巨体が無くなってどこに行ったのかと気づかなかったが、うつ伏せになっていた。
「このガキ、何もんだ?」ジョシュは冷や汗を掻いた。巨人のカルーアが雑魚だっただけ。という感じではないようだ。
「俺は自分より弱いやつに興味はない。安心しな、おっさん。俺が興味あるのは真の弱者だけだ。この感じじゃ別館? が本丸だな」
棍の青年はそう云いながら廊下の闇に溶けていった。ジョシュはポカーンとしていた。
「なんなの、あいつ」
「それより檻だ、檻」俺は失意に蹲りつつある悲しげなおっさんに構ってられなかった。
「ああ、そうだった! 貸してくれ、俺が鍵開けるわ」
ジョシュは数多ある鍵をパラパラして、これだと見抜き開けた。なんでわかったんだと聞くと、長年の感とだけ言われた。
部屋の中には檻が数個、動物が入れられるような狭い檻だ。でもそのどれもが空だった。
「ありゃ、べつのところにいるみたいだな?」
「せっかくここまで来たのに」
「まぁその気持ちもわかる。休憩だ休憩!」
この部屋で休憩したくない。という本心とバテバテの精神。後者があった。俺は外よりかは綺麗だと受け入れられてしまう、ネズミ行き交う床に座った。
「にしてもさっきのガキ~」とジョシュはまだ文句を言っている。いい歳したおじさんが嫉妬深い。
「俺だって若けりゃ、逃げなくてもあれくらい倒せたんだからな! シユウ! 信じてくれよ!」
「それより聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「なんで俺を連れてきた? 一人のほうが忍び込みやすくないか?」
「おっと、皮肉か? ガキに雑魚扱いされたおじさんを苛めるな?」
「違う」
半分は気になったから。もう半分はこれ以上、じじいの愚痴を聞いてても疲れるから。
ジョシュは決して気を使っていないようだった。そんな気性ではないのは今までの愚痴からしてもそうだった。
「たしかに忍び込むだけならそうだ。敵を倒すにしても隠れるにしても一人のほうが楽なのは間違いない。そこは合ってる。だが一つ忘れてるぞ。誘拐された人をどうやって屋敷の外まで逃がす? もしもその人たちが怪我をしていたら、動けなかったら、誰が背負う? そのときに敵が襲ってきたらどうする? そこまで考えたら一人くらいは、というか、他はちょっと隠密には向かな過ぎるからシユウが選ばれたのさ」
「そうだったのか」
「嫌だったか?」
「嫌に決まってるだろ」
「あれ、もしかしてそれって、おじさんが弱そうだから? ちょっとショックなんですけど……」
うわ。めんどくさ。単純に邪魔になりそうだし、いざってとき二人じゃ心細いってだけだったけど、今、ちょっと変わった。
俺は仕方がないからチューチューするネズミを眺めた。三十代の悲愴なんて聞いていられない。
それが幸いしたのか、ネズミが棚の隙間に入って行くのに気づいた。しかも帰ってこない。チューチューの音が向こうに響いているのも。
「おじさんにはもうちょっと優しく――」
「黙れ」
「辛辣!?」
「違う。ここ、この棚もしかして」
俺は棚を退けた。そこから隣りの部屋に繋がっていた。しかも奥から泣き声も聞こえる。誰かいる!
「よくやった!」と褒めるジョシュを放っておいて、俺は奥へ進んだ。「うぇーん! うぇーん!」と泣き叫ぶ声が響いている。子供か? 俺とジョシュは急いで檻まで走った。
一人、誰かが捕まっている!!
「うええええん! うえええん!」
「……」
「わああああああん!」
「……」
「私だって! 女なのにぃいいいい!!」
「……」
「たしかに細いけど! 胸だって小さいけどたしかにあるもん! うわあああ――あ」
「……」
俺とジョシュはなんか帰りたくなったが、とりあえずロゼリアンナを助けた。




