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11.ミル~兜~

 酒場はとにかく賑やかだった。むしろイリイより賑やかだった。世間柄などない、存分に騒げる、騒げば騒ぐ分だけまた騒げる。広い荒野の真ん中にある村よりかび臭い狭い壁の内側のほうが、随分と解放的だった。

 何がミルだ。何が盗賊だ。そうだ――俺は魘されていた。ミルがどうであれ、俺の気分は最低だった。


 「飲み過ぎた……」

 「馬鹿なのかな」ナチュラル悪口のミア。でも正論。

 「わっはっは! おい坊主、シユウを笑ってやれよ!」笑うは禿。禿。誰? 坊主?


 禿の隣りには子供がいた。十歳くらいの芋っぽい、、、どこか見覚えがある?


 「……」おどおど。

 「うーん」たしかこの感じは、さっき。

 「……」おどおど。

 「……」さっき、道で会った?

 「シユウ、怖がってますよ」

 「え? いや、そういうつもりじゃ」

 「あの、この子は?」ミアが禿に聞く。

 「外で涎垂らしてたから拾ってきた。今日はシユウのおごりだ! 沢山食えよ!」

 「は? 聞いてないが?」

 「負けただろ、てめえ」

 「負けてない。半々だろ」

 「どこがだ!」


 禿の抗議を俺は抗議して、その果てに、「よし!」と飲みで決着を付けようとなったが、店主はバケツを出すばかりで酒を出さないのでやはり半々なのであった。


 「引き分けだけど俺は子供だから禿の奢りだ」

 「こういうときだけ都合がいいやつだ。あと禿じゃねえわ。払わねえぞ」


 なおその間、遠慮なくガブガブむしゃむしゃと飯を食うミアと子供。


 「言い食いっぷりじゃねえか! 名前は?」

 「……ダン」

 「ほ~ここの生まれか?」

 「わかんない」

 「そうか~! わっはっは!」バシバシバシと子供の背中を叩く禿。

 「ごほっ!」

 「咳き込んでるぞ」

 「悪い悪い」

 「そういえば、禿さんの名前は?」ミアのナチュラル悪口?

 「禿さんって。ちゃんと六ミリだからな!」

 「六ミリさん。私はミア、こっちはシユウです」

 「六ミリって、名前じゃねえよ!」


 「えっ」とミアと禿のすれ違い漫才。子供にクスクス笑われてる。お前だって坊主だろうが、って禿がわりと本気で怒ってる。のを俺も一緒になって笑うと、椅子を投げんばかりに持ち上げたぞ。大人げない。


 「じゃあなんて呼べばいいですか?」

 「ダッ――ガーランドだ! ガーランド! てか、お前ら俺を馬鹿にしてばかりだけどよ、いいのか。もう結構遅いぞ? 親が心配するだろ?」

 「親じゃないが、たしかにロウエルがそろそろ戻ってくるか?」

 「まだ大丈夫ですよ。どうせ寄り道してます。あと一時間くらいは」

 「お前ら、ここがどういう町か――ん?」


 ガーランドが変な顔をした。子供が暗い顔をしているのに気づいてだった。

 この子、何か訳がありそうだ、どんよりとした雰囲気が醸し出ている。さっきからおさまらなかった吐き気を止めたのは、嫌にも自分より子供のどうしようもない空気だった。


 「なんか寒気が」

 「何かあったんですか?」

 「おい」

 「どうしました?」

 「いや、なんでもないけど、そういうの聞くのは……」


 どうせ俺たちにできることも、するつもりもないのに、そういうのを聞くのは可哀そうだ。とはミアは全く思っていないようだ。バリバリに子供を救済するぞって、ムッとしている。

 そう俺とミアがちょっと揉めているうちに、なんとガーランドが、


 「家族は? 誘拐か? 逃げてきたんだろ? わっはっは!」


 と聞いてしまった。しかも子供が深刻な顔して頷くと、「図星だったか!」ってまたバシバシと背中を叩いて笑う。

 不用心すぎる。ミアもそう思ったのだろう。ムクムクと怒りを露わにした。終いにはビンタをするつもりだった。すらりと避けられた。


 「危ないな!」

 「困っている子がいるんですよ! 真面目にするべきです!」

 「困ってるねぇ~ダン、何があったか聞かしてくれるか?」


 ガーランドが大人らしく訊くと子供は語り始めた。


 「……元々僕はこの町で母、、、と暮らしてました。母は体を壊してまで働いて、僕もときには盗みだってしました。けれど大人たちの必要なお金を日に日に払えなくなって、ついに母はもっと酷いところへ行って、それでもどうしてかお金が足りなくて、最後には僕と母は大人たちに連れていかれました。それが一週間前です。母がなんとか僕を逃がしてくれて、でも町から出ることなんてできないし、ここ数日何も食べれないし、僕じゃどうすることも――」


 子供は切実な想いを露わにした。

 まるであるのかないのかわからない遠い国の悲劇みたいだ。俺はどこか他人事だった。というのもこの話がほんとうであろうがなかろうが、俺にはどうすることもできない。ミアもそうだ。だから聞くだけにしかならない。同情しても重たいだけだ。


 「酷い話だよな。でもよくあることだ。ここではそうさ、お姫様」ガーランドが徐にミアを煽った。ミアはプクっとした。

 のでビンタの二投目が飛んできた。今度はより俊敏に――しかしそれも空を舞った。


 「あれ?」


 ガーランドはシチューに顔を埋めていた。避けようとしてそうなったわけではない――誰かがガーランドの頭をシチューに突っ込んでいた。


 「あっ、悪い。ウンコとよそ者間違えた」


 酒場は凍てついた。

 ニシニシと笑む、不細工な髭面。服装はおんぼろの悪人面だ。その後ろに頭巾の数人がいるところからして盗賊。盗賊の集団が現れ、酒が氷塊のように重たくなってそこにいた皆のコップを落とした。


 「もうすっかり逃げられたと思って休みに来たら、ツイてたな――探したぜ。ガキ。よくもまぁ、こんなところまで逃げやがって。ちょっと教育が必要なようだな!」


 加減なく、不細工な盗賊は子供に蹴りを入れた。子供は飛んだ。されど追って殴りつける。酒場の床を血が飛び散った。

 真っ赤、若い真っ赤な血がボタボタと一発、二発。そして三発――不細工な盗賊は倒れていた。ガーランドである。


 「俺は芋スープまみれ。お前は血塗れ。ダイ、怪我ねえか? 怪我しかねぇか! わっはっは!」

 「てめえ、誰に手を出してるかわかってないようだな」盗賊たちがガーランドに武器を向けた。

 「誰だって? すまん、見えねえな」


 見えない。単にスープが目に入っているからだと俺は呆れたが、盗賊たちは違った。影が大きい、ガーランドの身長百八十五センチが、小さな盗賊たちにとっては巨人のごとく映ったのだ。ましてや気迫、刃を向けられても全く動じない精神力に、盗賊たちは緊張したのだ。

 

 「一戦交えるのか? たまったもんじゃない!」俺はミアを連れて帰ろうとした。ミアを厄介ごとに巻き込んだとなれば、怒られるのは俺だ。


 しかしいない。ミアがいない。どこ?――「大丈夫? お姉さんが怪我を!」って子供のほう、ガーランドの真後ろ、盗賊の刃の先!!


 「一戦交える? シユウ、何言ってるんだ?」ガーランドは顔を拭いた。

 「なにって?」

 「こんなの……逃げるに決まってんだろー!」


 砂埃ふためき、一目散に逃げた。あの禿、逃げやがった!

 俺はミアと――重い!――ミアが引っ張て来た子供も引っ張って、逃げた。


 「待ちやがれ!!」追っ手、十人くらいか?

 「だれが待つかよ! ってなんでついてくんだ!」こちらを向くガーランド。

 「当たり前だろ! お前が殴らなきゃ、こうはなってないんだよ!」


 「タダ飯だ! アイツらだ!」店主が指差してる。「俺たちのエリアでタダ飯とはいい度胸だ」とまた追っ手が増えた。


 「タダ飯はシユウだろうがよ!」

 「知らねえよ、大人げないぞ、お前!」

 「なんだと!」

 「言い争ってる場合じゃないですよ!!」


 ミアの制止で俺とガーラントは少しだけ冷静になった。大通りから横に逸れ、狭い道へガーランドが走って、俺たちはついていく――ミルの裏路地。深淵じみた真っ暗の中に呻き声と甘ったるい刺激臭が漂う。明らかに入っちゃいけない場所だ――俺とミアはたじろいだ。だけど――


 「捕まえたらどうしてもいい! ここまで好き勝手やられて舐められたもんじゃねえ!」


――行くしかない。覚悟して走った。ミアを引っ張り、とにかくガーランドについていった。

 浮浪者が横になっていたり、糞が道を滑らせたり、蠅も集るし、蛆、酷い死体もたまに転がってる。錆びた刃物や筒が落ちていて、転んだら汚いだけでなく危険だ。それでもって狭く、うねうねと 入り組んでいて最悪だ。


 「えーっと、どっちだ? どこから来たっけ?」

 「待てや!」

 「後ろから来てますよ! 前からも!」

 「ええ? 前からも?」

 「挟んだ!」

 「マジか!」


 ミアの予感? の通りに挟まれた。もう逃げ場がない!


 「どうするんだよ! ガーランド!」

 「どうするって、こうすんだよっ――おりゃぁ!!」


 おりゃあ? ガーランドはなんと、拳を構え正拳突き?――雨のように散る瓦礫、満月のごとくできた大穴――家の壁に穴を開けてしまった。「いくぞいくぞ!」と入って行ってしまった。


 「なんでもありですね!」ニコッとミア。

 「いいから逃げる!」


 それがそうともいかなかせてくれない。通ってすぐ、ガーランドは止まっていた。すでに盗賊が待ち構えていた。


 「こっちから音がすると思ったら、見つけたぞ!」

 「ありゃ、勘が良いことだぁ! でもなっ――」

 「前だ!」

 「――わかってるぜ、シユウ!」


 ガーランドは前の壁に穴を開けようとまた構えた。でも違う、俺はそういうことを言っているわけじゃない!


 「ガーランドさん! 壁じゃないです!」

 「巨人だ!!」

 「え、巨人?」


 二メートルを越える屈強な化け物が、涎垂らした頭巾の大男が人一人よりも大きな斧を握って、そこにいた。

 そこで狂暴なままにガーランド目掛けて斧を叩きつけてきていた。


 「あぶねっ! なんだ、マジか!」

 「囲まれてます!」

 「どうすんだ、おい!」

 「どうするって――どうしたらいいんだろな……」


 あれほど深淵じみていた路地裏が盗賊の頭巾と殺意の目に光って眩い。逃げるすべは無し。謝ったところで無理。なら戦うか――俺はお守り程度の剣の柄を掴んだものの、どう考えても無謀――俺は改めて自分の無知を知った。恐れを知った。この町は俺が思っていたよりも命取りな魔境だった。

 完全に終わりだ。


 「こんなんなら外に出るんじゃなかった」

 「よぅし。やるしかねえか!」

 「え、やる?」


 能天気なおっさんが拳をボキボキと。やる気満々にニヤニヤと。絶望を目の当たりにした俺、俺だけじゃなくミアだって子供もそうだ。けれどガーランドはむしろ―――ワクワクしていた。一体何者なんだ。このおっさんは。

 一触即発。ガーランド一人だけなのに盗賊共はかなり身構えていた。


――パチ。パチ。パチパチ。


 戦滴る月下を渇いた拍手が横入りした。静まる盗賊共。ちょうど上弦の月を割っている塔の頂上だ。そこに音の主がいた。

 おかしなことが起きた。拍手だけで戦場が静まるわけなどない。はずだ、でも実際にここにいる盗賊の盛る炎じみた戦意はまるで嘘だったのか、消えていた。


 「はいはい。終わり終わり。これ以上穴が開けられちゃ、あとが大変。なんたってうちの町は老朽化が酷いから。ドミノみたいに家が崩れちまう」


 ちょうど月の明かりが射した。背は百七十後半、女のように細身だ。顔の輪郭がもじゃもじゃいる、ポニーテイル? と顎髭だ。

 あと、さっきから何かを投げ回している。短刀か?


 「その短刀捌き、ジェーノか」ガーランドはニヤリとする。

 「ん、ダリウスか? この町に来てたのか。久しぶりだ。よくもまぁ、派手にやる」

 「派手か。お前らほどじゃねえよ」

 「まぁそうだろうな」


 ジェーノは何かを蹴って落とした。コロコロとそれがちょうどミアのつま先にぶつかった。ミアはその丸い何かを持った。


 「え?」


 ミアは絶句した――血に染まった兜。マリアンナの兜だった。

 

 「何の真似だ?」ガーランド、いや、ダリウスが怒鳴る。

 「お前に用があって来たんじゃない。そっちの娘、ロアマトのなんたら。そっちに用があってきた――俺はカルーアのトップ4、ジェーノだ。そっちの間抜けな司教は俺が誘拐した。返してほしくば百万ゴールドか、それに見合うものを持ってこい」


 ロウエルを誘拐した。たしかにあの盗賊はそう言った。今の今まであった事とは違う、理不尽な盗賊の道理が今、ミアと俺に叩きつけられた。どこか他人事だと思っていた事件が自分たちのところにも降りかかってきた。

 この町は根から先まで盗賊の悪意が占めていたのだとようやっと気づいた。

 

 「じゃあ俺、帰るから。そのガキ二人には手を出すな。ダリウスは逃がしてやるか!」


 ジェーノは月の影に消えた。ダリウスは「なんだあいつ、調子乗りやがって」と舌打ちした。

 周りにいた頭巾も沿って帰っていった。

 あんな荒くれでも律儀に上司の言うことを聞くものなのか。と関心をしつつ、俺とミアは宿へ帰った。

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