1.転生
もうあの日のことは詳細に覚えていない。火曜だったか水曜だったか、眠気と一緒に制服のズボンの裾を引き摺っていた朝の途中だった。俺はどんよりとしていた。朝食の食パンとスクランブルエッグのせいで胃の心地が悪かった。
朝は苦手だった。もちろん学校が嫌だったからだ。面倒くさかったからだ。明日が嫌になると夜遅くまで逃げるしかなく、その果てに明日への覚悟を決めて布団にもぐるしかなく、その窮屈を越えてみれば朝は、迫りくる学校へぶつかってしまうだけだった。物理的には自分が歩いていても、精神的にはあちらから寄ってくるような感覚に襲われ、急かす母親と力不足の自分のせいでこうなったとまた思い返せば、その重苦しい感覚はたしかなものになって胃にぶら下がっていた。
なおそればかりでなくその裾、一回り大きな裾は、俺が不良だからではない。母親のあたるかわからない先見の明、三年もすれば背が伸びるからという理屈のせいだ。よく夜更かしするから自分ではそう思わないどころか、その地面に削れていくおかげで短くなるほうが早い気さえする。
むしろ俺はそう願ってすらいた。あの足は欠点が多いからだ。歩きにくいだけでなく、着心地も悪く、さらに見た目も悪い、それをさらに朝によくすれ違うサラリーマンやおばさん、それとたまにゴミ出しをする薄着の女子大生が俺を可愛そうに見てくる。だから居心地も悪かった。
ただその文句は心の中にしか存在しなかった。口にはしなかった。自分は全く制服に着られていることをわかっていた。自分が高校生という身分に似合わないということに。
俺は勉強ができなかった。知らない間に始まっていた義務教育の頃からそうで、中学の勉強は困ることは無かったが、受験の時は頭を抱えた。選択できる未来が全く分からなかった。そうでも俺はなんとか合うか合わないかは二の次の行ける高校、合わない高校へ行けた。
やった、高校受験終わった! と、それにて一安心とも言えなかった。三年後にはさらに怖ろしい大学受験が迫っている。もちろん高校に入って一カ月くらいすれば全く先生の日本語がわからなくなったから、将来の不安は重くのしかかっていた。俺に選べる将来は無いのか。
やはり無い。俺はスポーツもできなかった。勉強なんてクソだぜ! と笑う坊主たちに全く共感できなかった。ならばと、まぁどうにかなるかぁ~と爽やかにいられるイケメンでもなかった。つまり俺には勉強諸共何の才能もなかった。
だから俺はこんな人間が生きていて何になるんだと、日々憂鬱になりながら、何の意味もない学校へ腐敗したゾンビのように歩いていた。ゾンビといってもホラー映画にしても鼻で笑われる孤独なゾンビだ。そもそも友達がいない。俺は現実逃避する相手もできなかったから余計にこう一人、葛藤するだけだった。
その結論も毎度同じく、諦めよう、それだけだった。だからといって先生方はあまりこの結論には同意してくれないようで、努力不足、やり方が悪いなど言うばかり。自己責任。そうかもしれない。ただどちらにせよ、俺には努力する才能も無いようなので、どうしても俺は偉大な人間にはなれないらしい。そう陰鬱に微睡むのであった。
その朝。見慣れつつある青く涼しげな公園を通ったくらいだった。俺は決してロリコンではないが、
そこの曲がり角からちょうどやってきた、袖の弛んだ学ランが似合う肌の白い少女を眺めていた。中学二年生くらいだろうか。少女は目を擦りながら鞄を揺らしていて可愛らしかった。その肌の白さ、彼女を一目すると、憂鬱な気持ちが綺麗さっぱりとまでは行かなくとも、浄化された。
そのそうだ火曜日、大きな学ランが小さくみせる少女に朝の香りを愉しんでいたとき、それを遥かに消し去るような獰猛な煙が余計な音を立てて、少女のほうへ走ってきた。像のように鈍重であるはずのゴミ収集車が、虎のように迅速に少女を撥ねようとしていた。そこに殺意があるかはわからない。ただ、傍から見ていた俺は、交差点の真ん中に固まった少女、死への恐怖以上に逃れられない運命、その摂理に雁字搦めになった彼女の、哀れな瞳の中に殺意があると感じた。ゴミ収集車ではない。神か悪魔か、仏か、何か超越的なものによる殺意だ。
公園の桜の花びらが運転手を酔わせたのだろうか。優雅に艶やかに舞う花弁は、高揚した車の息に散り荒れて、それが俺の顔を叩いた。それがこう諭してきた。
「次にお前の顔にかかるのは少女の血の雫だ」
俺の脳裏にあったものはそう難しいものではなかっただろう。今、目の前にある死を俺なら変えられる。あの可愛らしい少女を押し倒せば、悪の象徴たるゴミ収集車から少女を救える。まさしく正義、あたりまえの精神。ありきたりの善心。
ただそう思うより先に俺の身体が少女に走っていって、あの車が少女を撥ねるよりも、余計な力で少女を突き飛ばしていた、この夢のような事実を思い出せば、さらにそこにあったはずの蛇のように逃げようとする運命の鎖を離さず、あの車の前に立った俺は――死にたかったのかもしれない。
だから事故じゃなくて――自殺だった。
ゴミ収集車は容易く、俺という不動の不幸を跳ね飛ばした。その刹那にあった快楽は神からの死に体を労わる苦痛への慈悲ではなく、簡単に人間が死ぬという、今まであった重苦しいものの正体がちっぽけなものだったという侮蔑によるものだった。俺を悩ませたありとあらゆるものがこんな簡単に無くなるのだから、あれらは単なる動物的な傲慢や嘘に過ぎなかったんだ。馬鹿らしい。
しかしこの感想は俺が今、思い返してみればという感覚であって、当時にそう感じていたかは怪しい。そう思うのは血に淀んだ視界の向こうでも、神々しいまでに白い少女の姿が、俺に死んでほしくなさそうに泣く少女がそこに見えたからだ。そのときに彼女が生きていてよかったと、たしかに思った――気がしたからだ。




