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第4話 星咲玲奈

 転校してきてからほとんど経ってないこともあり、街の繁華街に関して全然知識がない。

 そうでなくとも街を歩けば警官から声をかけられることも多いため、こういう場所に足を運ぶことは滅多にない。

 夕方ともなれば居酒屋は開店しだし、学生の数も増えていくばかりだ。


「一体どこに連れていこうっていうんだ。俺が一緒なら補導されかねないぞ」


「悪いことしてないんだから、そんなことに気を使ってちゃ人生損しちゃうって」


 俺にはないポジティブさに、ちょっと感心してしまう。

 こういう性格のほうがきっと人生は楽しいんだろう。

 そういう意味では俺よりも上手い生き方ができているのが想像できる。

 ちょっと羨ましい。


「まさかとは思うが、俺にここへ入れと?」


 目の前には女子高生からOL風の者まで、とにかく女性ばかりが並ぶ店。

 ピンクを基調とした外観と、これでもかと盛られた食品サンプルのパフェを前に卒倒してしまいそうだ。

 こんな店に入ったことはおろか、入ろうと思ったことすらない。

 それくらい俺にとっては場違いの店だ。

 それは当然並んでいる者にとっても同じで、頭ひとつ飛び抜けたヒットマンのような俺が並んだことで、警戒にも似た緊張が張り詰める。


「そうだよ。ここのお店が美味しいって噂なんだけど、友達は並びたくないって言って付いてきてくれないんだよね」


「それで俺か。何の罰ゲームなんだか」


「罰ゲームなんてヒドい言い方やめてよね。私のような可憐な女子高生と来たことを自慢できるんだから」


 自分で言うのか。

 それが嫌味でもないレベルなのがちょっと負けた気分になってくる。

 確かに並んでいる女子高生やOL風の者たちより頭二つは抜けている。

 認めざるをえないのがちょっと悔しいところだ。


「周りを見ても男はいないんだぞ。これは俺に対する辱めでもあると思うんだけど」


「そう? そんなこといちいち考えてても意味ないって。どうせ旅の恥はかき捨て、次に顔を合わすことなんて人たちばっかだよ」


「旅先じゃないけどな。遭遇する確率は結構あると思うぞ」


「真千田君て結構細かいよね。細かい男はモテないよ~」


「モテたい奴の行動に見えるか?」


「見えないね!」


 嬉しそうに言うのはどういう心理だろうか?

 俺をからかって楽しいのか、それとも純粋にやりとりを本当に楽しんでいるのか。

 嫌味な感じは全くといっていいほど感じない。

 逆に少し楽しいくらいだ。

 そんなことを考えていると女性店員に中へ案内される。


「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりになられましたら、そこのタブレットでお願いします」


 女性店員は俺と星咲を見ても一切表情を変えず、淡々と次の仕事へと戻ってゆく。

 店内には男は俺しかおらず、その俺はこんな店にやってくるはずのない強面で場違い感が半端ない。

 流石プロだな。

 そういう意味では俺みたいな奴を目の前にして、平然とメニューを開いている星咲も大概だが。


「私はこのダブルいちごパフェにしようかな。真千田君は何にする? 私の奢りだから値段は気にしなくていいから」


「奢られる覚えはないぞ。支払いなら問題ない」


「そういうわけにはいかないでしょ。私が連れてきたんだから、ここは私が奢るところなの」


「嫌なら来ない選択もできたんだし、それは俺も同じだ」


「奢らせてくれないんだったら、泣くかもしれないよ?」


 凄くいじわるな顔つきでからかってきやがる。

 こんなところで泣かれでもしたら、確実に俺の責任になるのは目に見えている。

 冤罪の誕生である。


「わかったよ。頼むから泣くのだけはやめてくれ」


「わかればよろしい。これは私からの感謝の印なんだから、ありがたく受け取っておけばいいの」


 あの程度なんでもないのに、星咲は結構律儀なんだな。

 言葉ももらったし、俺はあれでも大げさなくらいなんだが。


「じゃあ、俺はこの”メガデラックスいちごタワー”にしようかな」


「ちょ、ちょっと待って! ホントにそれにするの? Lサイズパフェの十倍の量だし、相当な甘党でも食べきれないって有名なんだよ」


 そんなものを本気で注文するわけないだろうに、焦る星咲を見るのは面白い。

 値段もLサイズパフェの十倍以上で高校生が払う金額じゃない。


「冗談だ。俺はこの”ちょこっとまっ茶”でいい。甘いものはそこまで得意じゃないしな。美味しく食べられる量がいい」


 大きさは普通サイズの半分ほどで、味付けもビターよりのチョコレートと抹茶という少し大人なパフェだ。

 これなら俺でも余裕で完食できる。


「びっくりしたぁ。真面目な顔して言うから本気かと思ったじゃん」


「さっきから俺がイジられてばかりだからな。これはその仕返しだ」


「だって真千田君がイジってほしそうな顔して受け答えするんだもん」


 星咲には俺がそういう風に見えてるのか。

 人によってはただ怖いという印象しか抱かないのに、ここまで違いがあるのはある意味発見と言ってもいい。

 今日は初体験のことばかりだ。


「こういう店には縁がないものと思ってたから星咲には感謝しかない。ありがとう」


「急にそんなこと言われても怖いだけなんですけど! こんなので感謝される覚えないし!」


 いちいちリアクションが大きい。

 引いている星咲を見られるのはそれはそれで面白いからいいんだが。


「ただの独り言だ。気にしないで流してくれていい」


「次からはそういうのは口に出さずに、心の中だけでお願い!」


「口に出さないと気持ちは伝わらないだろ」


「それはそうだけどさ。ちょっと大げさっていうか、唐突すぎるっていうか……」


 今度は照れてるっぽいな。

 見た目は少しヤンチャっぽい感じがするが、コロコロ変わる態度はむしろ子供っぽい。

 このギャップが星咲の個性になっている感じがするな。


「星咲はこういう店には慣れてるんだろ?」


「そりゃあ、まあね。違う店ならよく友達と行ったりするけど、それがどうかした?」


「こんな毎日を過ごせたら、友達もきっと楽しいだろうなって思ってな」


「何!? 口説いてる!? 真千田君…まさかお酒呑んだりしてないよね?」


「するわけないだろ」


 こいつは俺を何だと思ってるんだ。

 俺がヤバい人みたいじゃないか。


「だよね。それが素なら真千田君はかなりの人たらしだよ」


「人誑しか、初めて言われたわ」


「だったら初めてちゃんと人と向き合えたってことだね」


 今度はくすくす笑っておちょくってるな。

 まあ女子とこうやって話したこともろくにないし、当たってるんだけど。


「そうだな、星先とは違って、俺は異性とこんな店にすら来たことがないくらいだからな」


「ん? ちょっと待って、私もないんですけど? 真千田君には私が男とこういう店に来てるように見えてるわけ? 私は同性としか来たことないし遊ばないから」


「そうなのか?」


「そうなの!」


 少しチャラく見えるのにそこは結構ちゃんとしてるんだな。


「悪かったな。モテてるから普通に利用してるのかと思ってたよ」


「モテるモテないは関係ないの。真千田君は何か根本的な部分で勘違いをしてそうだから言っとくけど、私は男性が苦手なの。寄ってくるのはみんな容姿容姿ばっかだし、私これでも真面目なんだよ? 遅刻もしたことないし!」


「すまなかった。外見で判断されるのは俺自身どういうものかわかってたはずなのに」


「別に責めてるわけじゃないから謝らなくていいって。好きでやってるけど、私自身勘違いされるかもなぁとわかっててこの格好してるしね。髪の毛黒くして長めのスカートでも穿けばいいんだろうけどさ。あと、真千田君の外見は普通でしょ? ちょっと地味だとは思うけど気にするレベル?」


 俺はどう見ても普通じゃないはずなんだけど。

 警官からの職質の回数がそれを証明してくれている。

 まあお世辞であろうと、こういう風に言ってくれると嬉しいものだ。


「星咲がそう思うなら問題ない————と、パフェがきたぞ」


 星咲のパフェはいちごがこれでもかと盛られている、所謂いちごパフェの豪華版。

 メニューのものよりも実物は迫力が凄い。

 対して、俺のは色もサイズも地味ながら、かなりお上品でシックなパフェとなっている。


「わぁきたきたっ! これが食べたかったんだよぉ! それじゃ真千田君写真お願い!」


 手渡されたスマホは透明カバーがつけられ、小さく切り取られた写真が何枚かスマホとの間に挟まれて見えるようになっている。

 ”まさに青春を謳歌している真っ最中なんです!”という主張が凄い。


「可愛く撮ってね!」


「写真に自信はないけど、モデルがいいから大丈夫だろ」


「……」


 あくまでメインはパフェでなくてはいけないし、角度にさえ気をつければ大丈夫だろう。

 照明の関係なのか、星咲の顔が若干赤っぽく写るな。

 暖色系が周り多いため目の錯覚かもしれない。


「これでどうだ?」


「うん、いけてるんじゃないかな。やっぱりモデルがいいからね」


 自分で言っておいて恥ずかしがられると、こちらまで恥ずかしくなるのでやめてもらいたい。

 星咲は操作し終わるとスマホを鞄へと戻し、スプーンを手に取った。


「よし、準備万端。それじゃ食べよっか」


「ありがたくご馳走になろうかな」


 人生において最初で最後になるかもしれない女子同伴のパフェだ。

 心残りがないよう、最後まで味わい尽くそう。


「そういえば、真千田君はスマホ持ってるの?」


「ん? 一応持ってるけど」

 

「じゃあ連絡先教えといてよ」


「……ああ、食べ終わったらな」


 パフェを掬うスプーンが若干揺れる。

 こんなことで動揺しているなんてバレるわけにはいかない。

 バレたら一生の恥になってしまう。

 口の中に勢いよく放り込んでしまえばいいんだ!


「その”ちょこっとまっ茶”って美味しいの?」


「ああ、美味しいぞ」


 全く味がしないなんて言えない。

 このあと連絡先を交換したはずだが、それすら記憶から飛んでいた。

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