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第3話 星咲玲奈

 何事もなく授業は進み、放課後を迎える。

 その間も星咲の態度は一変して変わらず、俺に一瞥を投げてくることもなかった。

 そちらのほうがこちらとしても助かる。

 このまま呆れて放課後もボクシング部に来なければ最高だ。

 放課後になれば帰る帰宅部組、バイト組、部活組と各々の行動へ移っていく。

 このままあの田中が来なければ一番楽に終わるんだけどなぁ、などと考えていると星咲が一足早く教室を出ていく。

 部活をやっているとは思えないし、このまま帰宅かバイト先にでも向かってくれれば御の字だ。


「さて、俺も向かうとするか」

 

 時間は決めていなかったが、とりあえずボクシング部がある別校舎の一階へ向かう。

 いろんな部活の者が既に準備にとりかかっているのが目に入ってくる。

 しかしもうすぐボクシング部だというのに、それらしい者の姿は見えない。

 ボクシング部専用のトレーニング室があるのならそれなりに強豪校だとは思うが、どういう理由で借りられるのかちょっと不思議ではある。


「やあ、早かったじゃないか。てっきり逃げるかと思ってたよ」


 田中が一足早くボクシング部に着いていたらしく、グローブやヘッドギアの準備をしていた。

 予想通り星咲の姿はどこにもない。


「ただのスパーリングの練習ってことにして、時間は三十分くらいしかもらってないからさっさと始めようか。そこに用意したものを使ってくれて構わないよ。マウスピースは使い捨ての予備品だから必ずつけてくれよ。ボクが歯を折ったなんてことになったら大変だからさ」


「当たれば折れるかもな。当たればの話だけど」


「強気じゃないか。ボクの実績を聞いてもそれだけの口を叩けるなら立派なものだよ。キミのことは調べさせてもらったよ。最近転校してきた真千田って名前らしいね。中等部におけるボクシングの大会でキミの名前はどこにもない。当然それ以外の格闘技の大会でもだ。つまり、キミは格闘技の素人、見た目こそ暴力的だけど中身がないハリボテというわけだ」


「言いたいことはそれだけか? やってみればわかることだ」


 俺が相手をしないのが気に食わないのか、一気に不機嫌になったな。

 いや、俺以外いないから本性を隠さないのか。


「そういえば、彼女はどうしたのかな。キミと星咲玲奈は同じクラスだったはず。まさか、ここへ来ないように仕向けたんじゃないだろうね」


「あいつとは別に話をする仲じゃないんだ。それにこんな状況で来る女なんて普通いないだろ」


 こちらとしても来てくれないほうが助かるのは事実。

 だとしても俺が仕組んだと思われては困る。


「ちょっと、私が逃げ出したみたいに言うのはやめてくれる?」


 扉が勢いよく開き、腰に手を当てて仁王立ちする星咲が現れた。

 どうして来るかな? ここは帰ってもいい場面だと思うんだが。


「勘違いする前に言っておくけど、あなたを応援するために来たわけじゃないから」


「誰もそんなこと期待してないから安心しろ」


「ならいいわ。ここで終わらせておかないとあとで面倒そうだから来ただけだし」


 実際面倒だろうな。

 ただし、俺が負けた時だけに限定される話だ。

 俺が勝てば全て丸く収まるのは確実。


「じゃあ始めようか。ルールはボクシングと同じでいいかな? それとも三分は無視するかい?」


「時間は無制限でいいだろう。本格的にボクシングをしにきたわけじゃないんだ」


「言っておくけど蹴りや投げはなしだよ。キミもわかってるだろうけど、ボクはサッカー界の将来を背負ってるんでね」


 サッカー界の将来は背負っているなんて大きく出たもんだ。

 カーフキックは問題だとしても、顔への蹴りなら何も問題ないはず。

 どうせ結果は変わらないだろうし、この条件を呑んでやるか。


「その条件でいいだろう。ただし、負けた時は言い訳はなしだ」


 田中の口角が僅かに上がったか。

 自分に有利な条件だと思ったんだろうが、そう上手くいくかな。

 俺も戦闘態勢に入るために、()()()()()()をとる。

 その瞬間、田中の目が見開かれた。


「それは何のつもりだい? まさか空手のつもりかい」


「だったら何だ? 蹴りは出さないから怯えずかかってこい」


 左手を前に突き出し、右手は脇腹に添えるように引く。

 左足も前に出して腰を若干落とすため、ボクシングスタイルの田中とは全く違うスタイルだ。


「まあ好きにすればいいさ。そんな虚仮威しでボクに隙ができると思っていたら大間違いだ」


 田中が星咲にそこにあるゴングを鳴らせと目で指図する。

 星咲も驚きながらもゴングハンマーを手にし、ハンマーを遠慮気味に叩いた。

 開始直後、田中は一気に距離を詰めてきた。

 早く勝負を終わらせる気なのか、それとも俺を試しているのか、どちらにせよナメてかかってきているのは間違いない。

 ジャブの連打からストレートとボディと小気味よいコンビネーションなのは一瞬で判断できた。

 しかし、俺には届かない。

 実に模範的でわかりやすい攻撃であるのと同時に、所詮素人の動きなのだ。


「ッッ!  シュッシュッ! シュッシュッシュ!!」


 突き出した左手でパンチの軌道をずらし、タイミングを見計らう。

 狙うは一撃必中、ただそれだけでいい。

 俺が小さな頃から習っているのはこんなスポーツじゃない。

 ただ一点のみ、一撃必殺を極めるべくただひたすら己を追い込むだけの武術。



「——————ハアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!!」



 田中が繰り出したストレートを内側に反らせ、がら空きになった田中の鳩尾に右の拳を思い切り叩き込む。

 完璧に入った右拳によって田中は大きく体をくの字に曲げ、そのまま後ろに吹っ飛びながら転げていった。


「気絶したか。綺麗に入ったし仕方ないか」


 マウスピースを外したところで再びゴングが鳴った。

 言われなくても鳴らすんだな、と少し感心してしまう。


「な、なによ」


「何でもない。これでこいつからは付きまとわれないだろ」


「だといいけど——それにしても、どうしてそんなに強いの? この先輩強いはずなのに」


「実際そこまで強くなかったってことだろう。所詮中等部での実績なんだし」


 俺が小さな頃から空手や柔道、合気道やその他の武術を叩き込まれたからなんて教える必要はない。

 そんなことを話したところで理解できないだろうし。

 実際この田中レベルの人間ならその辺に転がってるレベルだ。


「そうなんだ。それと、一応ありがとね」


「急にしおらしくなったな。それと昼にも言ったはずだけど、これは俺が勝手にやったことだから気にする必要はないからな」


「わかってるわよ。これはただの私のケジメなだけ」


「次からはラブレターを捨てるような真似はしないことだな。今回みたいに恨みを買うことになるぞ」


「そう簡単なことじゃないの。受けとったら受け取ったで、それがバレちゃうと周りの女子から嫌がらせされたりするんだから」


 星咲はうんざりするように大きなため息を吐いた。

 以前にも受け取ったことがあって、女子生徒から相当な嫌がらせがあったということだろう。

 難しいものなんだな……俺には無縁の世界だな。


「真千田君て顔に似合わずおせっかい焼きだよね」


「一言多いな」


 何にでも首を突っ込みたがるクセはあるかもしれない。

 それがいいか悪いかは別として。

 最初はとっつきにくそうな奴かと思ったが、こうして話してみると意外に気さくな感じなんだな。

 人は見かけによらないということか。

 俺も容姿で判断されることが多いし、これは直していかなきゃいけない部分だな。

 倒れている田中に目を移すと、唸りながら少し動きが出ている。


「こいつはそのうち目が覚めるだろうしこのままにしておこう。それじゃあ俺はもう行くから」


「ちょっと待って」


「ん?」


 星咲は整った顔にかかる髪の毛を指でくるくる巻きながら、何かもじもじしている。

 言いたいことがあればはっきり言うタイプかと思ってたんだが、実際はそうでもないのか?

 一度謝っておいたほうがいいかもしれない。


「やっぱりお礼はちゃんとしたほうがいいよね、うん」


 ひとりで納得したように頷いて、その澄んだ瞳をこちらへ向けてきた。


「あなた部活入ってないし暇だよね? 今から行きたいとこあるからさ、ついてきてよ」


「どうして俺が……」


「気にしない気にしない! あなたは黙って私のもてなしを受ければいいの!」


 やはり想像通り自分勝手で超がつくマイペース。

 さっきの謝罪の気持ちはなかったことにしよう。


「で、どこに俺を連れていく気だ?」


「それは着いてからのおたのしみってことで」


 破顔した星咲の顔はいたずらっ子そのもので、断る空気を完全に断ってくる。

 それも不快なものじゃなく、受け入れてみようかと思わせるものだ。

 これはこいつの特技みたいなものなのだろう。


「わかったから引っ張るな」


 まだ気絶している田中を横目に、ボクシング部をあとにした。

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