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第2話 星咲玲奈

 腹時計に合わせたかのように、教室内に高らかに昼休みのチャイムが響く。

 俺がこの私立古音呼学園にやってきたのはつい先日のことで、当然のことながら昼飯を一緒に食べるような相手はいない。

 そうでなくとも、高校一年の四月に転校してくる奴は警戒されて当然だろう。

 親父がここの理事長と幼馴染じゃなければ絶対無理だったはずだ。

 前の高校で俺が何を起こしたか、まず伝わっていないと思いたいが。


「昼飯にでも行くか……」


 一人で食べるのに適した場所、それは校舎一階にある美術室の隣の空き部屋だ。

 初日に探しまくって見つけておいたその部屋は、今はただの荷物置きでしかない。

 鍵は壊れているようで、誰かが直すまでは使わせてもらおうと思う。


「玲奈、今日も美味しそうだね」


「そう? お母さんに感謝しなくちゃいけないかな」


 星咲玲奈はあれから何も変わった様子がない。

 本当に俺とは会話すらしていなかったとでも言いたいのか、こちらを意識している様子すらない。

 あんなことをしておき、更にその現場を俺に注意されたにも関わらずここまで無関心でいられるのは、心臓に毛が生えているんじゃなかろうか。

 まあ、俺には関係ないことか。


 手に持ったビニール袋をプラプラさせながら、目的の部屋に到着する。

 当然のように廊下には誰もいない。

 この階はクラスは一つもなく、美術室や視聴覚室のような部屋が並んでいるだけで、やってくる者がいるとすれば用事がある者だけだ。


「少しホコリ臭いが、我慢するしかないな」


 時間ができたら掃除するのも手かもしれない。

 そうすれば、もし見つかったとしても誤魔化せる可能性がある。

 見つからないのが一番いいんだけど。

 とりあえず窓をほんの少しだけ開け、空気を入れ替えよう。


「弁当の蓋を開ける楽しみがないのが少し残念なところか」


 ビニール袋から弁当を取り出して蓋を開ける。

 卵焼き、ウインナー、胡瓜の酢の物、ミニトマト、あとは昨晩の残り物。

 いつもと変わらぬ内容の弁当だ。

 それにはちょっとした理由があって、作っているのが俺自身だから。

 物心ついた頃には母親は亡くなっていたし、姉貴は作る気さえなかった。

 というか作るとあまりに出来が酷いため、俺が作るようになったというほうが正しい。

 親父はどうしていたかというと、出来合いのものばかり買ってくるためやめさせた。


「自分好みの味付けにできるし、これはこれで利点だ」


 料理もある程度できるようになったし、別に辛いとも思ったことはない。

 ただ他人には見せたくないものだ。

 容姿とのギャップ、いつも同じ内容に対して何か言われるのも癪だしな。


「空き部屋を使っているとはいっても、これじゃ便所飯とかわらないな」


 一人で食べていると会話もないため、自然と食べる速度は上がってしまう。

 黙々と食べているとあっという間に食べ終えるのはいつものことだ。

 体には悪いと思いつつやめられない。

 食べ物に感謝しつつ後片付けに入っていると、どこからか話し声が聞こえてくる。


「……で……すか。私……してください」


 どうも窓の外、それもかなり近い所で言い争っているようだ。

 はっきりとは聞き取れないが聞き覚えのある声。

 どこで聞いた声だろうか?

 普段からあまり会話はしないため、限られた答えしかないはず。



 ————そうだ、この声は星咲玲奈だ。



 立ち上がり外から見えないように壁際に隠れて注意深く覗くと、校舎裏に星咲玲奈の姿があった。

 星咲以外には彼女を囲む男子生徒が三人。

 どうやら上級生のようだ。

 窓を更に開ければもう少し聞こえるか。


「どうして返事をくれないのかな? 今だって無理やりキミを引き止めてるようでボクは心苦しいよ」


「実際そうだと思いますけど」


「おいおい、この方はサッカー部副部長にしてプロからも声がかかってる田中さんだぞ、わかってるのか? それに田中さんのラブレターは俺がちゃんと届けたはずだぞ。下駄箱に入ってただろうが」


「知りません。だったら間違えたんじゃないんですか」


「知らないだと? そりゃおかしいな。お前の下駄箱に入れたこの手紙、ゴミ箱に捨てられてたのを俺が見つけたんだ。お前じゃなきゃ誰が田中さんの手紙を捨てたっつうんだ?」


「……」


 あのラブレターは上級生からのものだったのか。

 それも少し厄介な相手らしい。

 星咲が自分で蒔いた種とはいえ、あの時もっと俺が強く出ていれば返事くらいはしていたかもしれない。

 このまま放置すれば寝覚めが悪いのは確実だ。


「その無言はこの手紙を捨てた心当たりがあるってことかな? ボクは誠意を見せてくれたらそれで構わないんだよ」


 あの田中って人の身長は一八〇cm程度、俺と同じくらいか。

 あの背丈に詰め寄られれば、一六〇cm程度の星咲にとっては半端ない圧迫感だろう。

 星咲を壁に押し付けるように詰め寄ったのは、無理やり返事を覆させるつもりか。


「いやーあれは先輩のラブレターだったんですか。あれは俺が捨てたんですよ。すみませんね」


「誰だいキミは? 今は取り込んでいてね、部外者はお呼びじゃないんだよ」


 田中が顎で指図するなり、取り巻き二人が立ちはだかる。

 相手をするのは問題ないが、先に手を出したら負けは確定というところか。


「先輩ってサッカー部副部長だそうですけどダサいですね。女子生徒にフラれて詰め寄るマネなんて」


「ボクはフラれてなんてないけど。何を勘違いしているのかな?」


 ここまで往生際が悪いと、先輩といえど一発ガツンとやるしかないな。 


「クズはフラれて当然だって言ってるのがわからないかな。どうせラブレターの中身もダサい言葉を並べてたんだろ。俺が捨てたって言ってんだから、部外者なんて言わないで向かってこいよ。それとも副部長は問題を起こすのが怖くて女子生徒相手にしか詰め寄れないのか?」


 取り巻きの二人が先に動くか。

 俺の胸ぐらを掴んでくるが、俺のほうがガタイがいいため何も感じないな。


「ちょっとたっぱがあるからって調子乗んなよ。田中さんがお前みたいな奴にビビるわけねえだろ」


「俺はそこの田中って人に話してるんだ。あとその弱々しい手を離せよ」


 相手に掴まれている腕の肘あたりに外側から腕を乗せ反対の手で手首を掴む。

 それと同時に後ろに下がりながら腕に体重を乗せ内側へ捻じる。

 一瞬の間にこれをすると、大抵のものは対処できずにそのまま関節を決められ倒れるだけだ。


「え? あががががっ! 痛い痛いッ!」


 相手がタップするのと同時に手を放してやる。

 あまりやりすぎると正当防衛じゃなくなるしな。


「キミ、合気道やってるんだ。それでボクに勝てると踏んだわけか」


「別にそんなつもりじゃないけどな。同級生にしつこい先輩がいるから一度その鼻っ柱を折ってやろうかと思っただけだ」


「威勢がいいのは褒めてあげるけど、キミが言った通り問題を起こすのはご法度だからね、正々堂々と殴り合える環境なら受けて立ってあげるよ。何だったらそこにボクシング部があるから放課後にリングを借りてやるかい? ボクなら顔が利くから貸してもらえるよ」


 合気道はあくまで受けが主体のため、ボクシングでなら勝てると思ったのか。

 生憎だが、合気道は暇つぶしに覚えただけで軸は別にあるんだがな。

 確かにボクシングの経験はないが負けるとは微塵も感じない。


「そうだな、サッカー部だから足を攻撃して後から問題になっても困るし、ボクシングなら問題ないだろ」


 申し出を受けた瞬間、さっきまで大人しかった取り巻き二人が勢いづく。

 どうやら勝ちを確信しているらしい。


「こいつ田中さんに勝てるつもりでいるぞ。田中さんは中等部ボクシングで県大会4位なんだぞ。そんなことも知らねえで受けるなんてただのバカだぜ」


 だからボクシングでの勝負なのか。

 経験者が自分の土俵に素人ぶって誘うとはなかなかなクズ野郎だな。

 俺からすれば中等部の県大会4位なんてものはどうでもいいレベルだ。


「放課後ボクシング部に行けばいいんだな。観客は入れないでもらえると助かる」


「どうしてだい? ああそうか、負ける無様な姿を晒したくないんだね。だけど負けたのに勝ったと吹聴されても困るんだよね————そうだ、ここは彼女に見届けてもらうというのはどうだろう。彼女は当事者だし、ボクの勇姿を目にすればきっとボクの魅力に気づいてくれるはずだしさ」


「それくらいなら構わない」


「じゃあ決まりだね。ああそれと、ボクが勝ったらその生意気な態度を全校生徒の前で謝罪してもらおうかな」


「だったら俺が勝ったらこいつからは手を引いてもらう。あと、この態度を改めることもないからな」


「いいよいいよ、ボクが負けることなんて万に一つもないからさ」


 それだけ言うと取り巻き二人を連れて去っていく。

 こんな展開は望んじゃいなかったんだけど、まあ仕方ないな。


「ちょっと、何勝手に決めてんのさ」


 星咲はちょっとむくれた顔をして、責めるように言う。

 俺がいらないことをしたとでも言いたげだ。

 その自覚はあるし、申し訳ないとも思っている。


「悪かったな。でもあれをスルーできるほど俺は大人じゃないから」


「ホントバカじゃないの。わざわざ自分から負けにいくなんて」


「負けるつもりはないぞ」


「転校したてのあなたは知らないだろうけど、あの先輩マジで喧嘩も強いんだよ。私のことなんて放っておいて怪我する前に謝っちゃいなよ」


「勘違いしてるようだから言っておくが、俺はああいうタイプが嫌いだから首を突っ込んだだけだ」


 少し不満そうな表情だったものが、徐々にキレ気味になってゆく。

 コロコロとよく表情が変わる奴だな。


「あっそ! だったら好きにすればッ! せっかく親切で教えてあげてるのにさ」


 星咲は声を荒らげて言うと、肩を怒りで震わせながら走っていった。

 俺が悪者になってるようにしか見えないんだが……おかしいな。

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