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第1話 星咲玲奈

 三十mほど先を歩く女子中学生、その子の足下にぽとりとハンカチが落ちる。

 母親がきっちりアイロンをかけているのだろう、きっちり折りたたまれている花柄のそれは二十秒後には俺の足下にあった。

 拾うべきか、拾わざるべきか。

 そんなことを考えるよりも体が自然に拾い上げ、先を歩くその子に向かって声をかけていた。


「ハンカチ落としたよ」


「あっ、すみません。ありが、と……」


 振り返ったその子はそこで言葉に詰まって固まってしまった。

 見てはいけないもの、この世の絶望でも見てしまったかのような表情で。

 まあこれはいつものことで、特段おかしいことじゃない。

 俺の姿を見た子は大抵この反応を見せるんだから。


「はい、これ落とし物」


「あ、ああっ……きゃぁあああっ!」


 ハンカチを受け取ることなく、一目散に走って逃げていってしまった。

 俺の容姿、特に人相が悪いのが問題なのはわかってる。

 昔から何を考えているかわからない、アサシンやらヒットマンやら好き勝手言われてきた。

 きっとあの子も命の危険を感じ取ってしまったのだろう。


「ハンカチはどうしたものか。やっぱり交番に届けるしかないよな」


 かなり遠回りになり、遅刻も覚悟しないといけないけど仕方ない。

 何度か声をかけられ、顔見知りになってしまったおまわりさんのところへ急いで向かおう。

 転校してきて土地勘がないため、ある意味交番の場所を覚えられたのはよかったと今は前向きに受け取っている。


「おや、これは真千田(まちだ)夜歌(ようた)君じゃないか。学校はどうしたんだい」


 俺に何回も声をかけてきた前科があるおまわりさんが、ちょうど自転車で見回り中だったようだ。

 ここからなら学校へも遅刻の心配なく戻れる距離だ。


「中学生の子がハンカチを落していってしまって」


「そこまでわかっているなら声をかければよかったのに」


「逃げられたんですよ。俺の見た目ってアレでしょ?」


「ん、まあ——気にするようなことじゃない」


 否定も肯定もせず、苦笑いを浮かべてはぐらかすなよ。

 これが一番キツいんだって。


「じゃあ拾得物件預り書を書かないといけないから、交番に行こうか」


「今からじゃ遅刻するからあとは頼みますよ。俺の名前も住所も既に知ってるんだから大丈夫でしょ」


「そういうわけには……って、おい!」


「急いでるんで、あとはよろしく頼みます!」


 おまわりさんを横目に学校へ向け走り始める。

 あとのことは上手くやってくれるだろう。

 というか今はそんなことを気にしている時間はない。

 遅刻はしないといっても、走らなければ危ういことに変わりはない。


「毎朝走っててよかったな」


 どんどん距離が縮まり学校の校舎が見えてくる。

 腕時計の長針は八時過ぎで、予想よりもまだ手前を指していて余裕がある。 

 これなら遅刻は免れそうだ。

 それでも既に通学路には誰もいなく、生徒は全員登校済みらしい。


「遅れなきゃ一緒だよな」


 ここは走る速度を緩めて呼吸を整えることを優先しよう。

 呼吸が荒いまま教師に会えば職員室に呼ばれるかもしれないからな。

 誰もいないと思われる下駄箱に近づくと、靴を履き替えている最中の女子生徒が一人目に入る。

 確か同じクラスの生徒で、名前はまだ覚えていない。

 それでもわかったのは彼女が放つ独特の雰囲気。

 スクールカースト上位と言わんばかりの茶髪で着崩した制服、パリピという言葉がそのまま当てはまりそうだからだ。

 そのパリピは下駄箱から手紙らしきものを手に取ると、何と中身を見ることなく、そのまま下駄箱の裏の柱に置かれているゴミ箱へと投げ捨ててしまった。


「おい、ちょっといいか」


 彼女は俺の声に気づくなり爽やかな流し目を向けてきた。


「どうしたの転校生君」


「俺には真千田夜歌って名前があるんだが」


「私にも星咲(ほしさき)玲奈(れな)っていう立派な名前があるんですけどぉ」


 見た目同様、かなりプライドが高いようだ。

 咄嗟に話しかけてしまったが間違いだったか。

 しかしここで引き下がるわけにはいかない。


「今捨てたのは、所謂ラブレターってやつじゃないのか?」


「さあ? 確認していないけどそうかもね。それがあなたと何か関係でもあるの?」


「他人の気持ちをそんな風に簡単にゴミ箱に捨てるのはどうかと思うぞ。相手も頑張って書いたんだろうし、読んでやるくらいはしてやったらどうだ」


 星咲の表情が一瞬険しくなったが、すぐに元の澄まし顔に戻る。

 時間にしてコンマ数秒だったが、俺は見逃さなかったぞ。

 どうやら地雷を踏み抜いたのかもしれない。

 放たれる空気が、さっきまでよりも明らかにピリピリしてるんだよな。


「だ・か・ら、あなたに関係あるの? それともあなたが差出人なの?」


「そういうわけじゃないけど、もう少し相手のことを考えてやって——」


「気持ち悪ぅ!」


 一瞬、正面から突風を浴びたくらいの衝撃を感じた。

 それくらい今どきなかなか見ることがないド直球だった。

 流石に自分でもちょっと気持ち悪いとは思ったが、こんなにあっさり返されるとは思ってなかったため結構胸にくるものがある。


「星咲は興味ないのかもしれないが、相手に対して失礼だろうって言ってるんだ」


「そういうのは迷惑なの。それともそんなに必死になるってことは、やっぱりあなたが書いたんじゃないの」


「そんなわけないだろ」


「じゃあ首を突っ込まないでよね。あなたは何も見なかった、私もあなたとは会話すらしなかった。わかった?」


 それだけ言うと星咲は踵を返し、すたすたと教室のほうへ歩いてゆく。

 一方的に好き勝手言って去っていったが、俺は全てを見届けて星咲を軽蔑した、という選択肢であってもいいと思うんだが。

 会話すらなかったなんて強調するところをみると、この出来事全てを消し去りたいのだろう。

 まあ俺にとってはどうでもいいことだけど。


「ああいう手紙を大事にしないといけないと思うのは、俺がただモテないからなんだろうか」


 モテたらただ煩わしいと思ったり、返事が面倒だと思うようになるのだろうか……。

 そんな人間にはなりたくないな。

 なる可能性すらないから、心配するだけ意味がないんだけど。

とりあえず10万字程度までは投稿する予定です。

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