冒険者の贈り物
1銀貨と87銅貨。それで全部。しかもそのうち60は小銅貨でした。小銅貨は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。魔石の買い取りや魔物の討伐報酬に無理矢理おまけさせたので、しまいにこんなにがめついなんてという無言の避難で頬が赤くなるほどでした。ステラは三回数えてみました。でもやっぱり1銀貨と87銅貨。明日は英雄王の聖誕祭だというのに。
これでは、まったくのところ、粗末な小椅子に突っ伏して泣くしかありません。ですからステラはそうしました。そうしているうちに、人生というものは、わあわあ泣くのと、しくしく泣くのと、微笑みとでできており、しかも、しくしく泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。
この冒険者の魔法使いが第一段階から第二段階へと少しづつ移行している間に、パーティの様子を見ておきましょう。ここは駆け出しの冒険者が集まったパーティです。全く筆舌に尽くしがたいというわけではないけれど、王都の浮浪者一掃部隊に気をつけるために冒険者という身分をつけたに違いありません。
前衛には戦士が二人いましたが頭飛び抜けたものはなく、ミノタウロスを倒せそうにもありません。ギルドには「ゼノス・ルルラント・ノーム」という名前が書かれたパーティ名簿が管理されてました。
その「ノーム」の文字は、その名の持ち主に精霊の加護が与えられた聖別の時はかがやいていました。でもいまや少し怪我をしにくいだけの加護で文字たちはもっと慎ましく謙遜な「N」一文字に押し縮めようかと真剣に考えているようでした。しかし、ゼノス・ルルラント・ノームがギルドに帰ってパーティに加わると、すでにステラとしてご紹介済みのゼノス・ルルラント・ノームの恋人が「ゼノ」と呼びながら、いつでもぎゅうっとゼノスを抱きしめるのでした。これはたいへん結構なことですね。
ステラは泣くのをやめ、杖の魔石を磨くのに意識を集中させました。ステラはギルドの椅子から立ち、一人前の証であるCランク以上の依頼を灰色のローブを着た冒険者が受領しているのを物憂げに見ました。明日は英雄王の生誕祭だというのに、ゼノに贈り物を買うお金が1銀貨と87銅貨しかありません。何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです。低ランクのパーティでは大した稼ぎになりません。支出はステラが計算した以上にありました。支出というものはいつだってそういうものでした。ゼノへの贈り物を買うのに1銀貨と87銅貨しかないなんて。大切なゼノなのに。ステラは、ゼノのために何かすばらしいものをあげようと、長い間計画していたのです。何か、すてきで、めったにないもの――ゼノの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。
ギルドの受付と受付の間には魔水晶が置かれてました。たぶんあなたもギルドに来たら置いてあるような魔水晶でした。たいそう魔力に溢れ、適性属性の多い人だけが、魔水晶に手をかざすのでしょう。ステラは魔法使いですので、魔力を測定する機会を得ておりました。
急にステラは椅子からひらりと身を起こし、その魔水晶の前に立ちました。ステラの魔力に反応して魔水晶は火のようにきらきらと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。ステラは杖をついて、その先端で浮遊している土の魔石の属性を確かめました。
さて、ゼノス・ルルラント・ノームには、誇るべき二つのものがありました。一つはゼノの魔剣です。かつてはゼノの父、そしてその前にはゼノの祖父が持っていたという魔剣。もう一つはドロップしたステラの魔杖でした。ダンジョンの奥地にパーティが行ったとしましょう。ある日、ステラが魔力切れを起こしたとしたら、それだけで、パーティの攻撃力は精彩を欠くことでしょう。また、スケルトンが壊れかけの装備を持っていたとして、宝物庫前のダンジョンでスタンピードを起こしたとしましょう。ゼノがすれ違うさまに切り結ぶたび、スケルトンは生前の武具をおもい、骨をカタカタ言わせたことでしょう。
さて、そのステラの美しい魔杖はドワーフ製のように精緻なレリーフが刻まれ、魔石を守るように円状の先端となっています。杖はステラの肩より少し小さく、やがてステラは神経質そうに杖を床に打ちつけました。杖にもたれながら1分間じっと立っていました。が、そのうちに涙が一粒、二粒、酒で汚れたギルドのカーペットに落ちました。
ステラは褐色のロープを羽織り、褐色の古い帽子をかぶりました。スカートをはためかせ、目にはまだ涙を光らせて、ドアの外に出ると、冒険者通りへ続く階段を降りて行きました。
ステラが立ち止まったところの看板には、「ソーニャ・ウンディーネ。魔道具なら何でも。」と書いてありました。ステラは階段を一つかけのぼり、胸をドキドキさせながらも気持ちを落ち着けました。女主人はフェアリーで、エルフと一緒にいそうで、とうてい「ウンディーネ」という加護持ちには見えませんでした。
「杖を買ってくださいますか」とステラは尋ねました。
「買うよー」と女主人は言いました。「カバー取って見せてね」
光に反射して黄土色に部屋が照らされました。
「20銀貨」手慣れた手つきで魔杖の魔石に触れて女主人は言いました。
「すぐにください」とステラは言いました。
ああ、それからフェンリルの背に乗って2時間が過ぎていきました。……なんて、使い古された比喩は忘れてください。ステラはゼノへの贈り物を探してお店を巡っておりました。
そしてとうとうステラは見つけたのです。それは確かにゼノのため、ゼノのためだけに作られたものでした。それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。ステラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。それは鋼の盾で、デザインはシンプルで品質の良さが溢れてました。ごてごてした飾りではなく、素材のみがその価値を主張していたのです――すべてのよきものがそうあるべきなのですが。その盾は彼の魔剣と並び立つのにふさわしいとまで言えるものでした。その盾を見たとたん、これはゼノのものだ、とステラにはわかりました。この盾はゼノに似ていました。寡黙だが、価値がある――この表現は盾とゼノの両者に当てはまりました。その盾には21銀貨かかり、ステラは87銅貨をもって家に急いで帰りました。この盾を装備すれば、一人前の証となるミノタウロスも討伐できるでしょう。魔剣はすばらしかったのですが、盾がないから、ゼノは踏み込めずこそこそと削るような戦い方をしてたときもあったのです。
ステラが家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。クリエイトウオーターをしようとし、杖がないのを思い出し、中庭に水を汲む作業にかかりました。そういうのはいつも大変な仕事なのですよ、ねえあなた――とてつもなくおおきな仕事なのですよ。
40分のうちに、ステラの無骨な余っていた木材にクズ魔石をとりつけることで生活魔法は使えるようになりました。ステラは鏡にうつる自分の即席の杖をもつ自分の姿を、長い間、注意深く、ためつすがめつみつめました。
「わたしのことを殺しはしないだろうけれど」とステラは独り言をいいました。「ゼノはわたしのことを見るなり、冒険者ごっこをしている孤児院の子供みたいだって言うわ。でもわたしに何ができるの――ああ、本当に1銀貨87銅貨で何ができるっていうの?」
7時には葡萄酒の用意ができ、パンを切りそろえて食卓に用意しました。
ゼノは決して遅れることはありませんでした。ステラは盾を机の脇に置き、彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。やがて、ゼノがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、ステラは一瞬顔が青ざめました。ステラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、このときは「神さま。どうかゼノがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。
ドアが開き、ゼノが入り、ドアを閉めました。ゼノはやせていて、生真面目そうな顔つきをしていました。かわいそうに、まだ22歳なのに――彼はパーティを背負っているのです。新しい軽鎧も必要だし、手甲もしていませんでした。
ゼノは、ドアの内で立ち止まりました。同種の反応を伺っているスライム2匹のように、そのまま動きませんでした。ゼノの目はステラに釘付けでした。そしてその目には読み取ることできない感情が込められていて、ステラは恐くなってしまいました。それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、ステラが心していたどんな感情でもありませんでした。ゼノは顔にその奇妙な表情を浮かべながら、ただ、じっとステラを見つめていたのです。
ステラはテーブルを回ってゼノの方へ歩み寄りました。
「ゼノ、ねえ、あんた」ステラは声をあげました。「そんな顔して見ないで。魔杖は魔石ごと、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント一つあげずに英雄王の聖誕祭を過ごすなんて絶対できないんだもの。魔石はまたドロップするわ――気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。ほら、わたしって火属性だし。『サモンエイレス』って言ってよ、ゼノ。そして楽しく過ごしましょ。どんなに素敵な――綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ」
「杖を売ったって?」とゼノは苦労しつつ尋ねました。まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実にたどり着けないようなありさまでした。
「魔石ごと、売っちゃったの」とステラは言いました。「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。杖がなくても、わたしはわたし、よね?」
ゼノは部屋をさがしものでもするかのように見まわしました。
「杖がなくなっちゃったって?」ゼノは何だか馬鹿になったように言いました。
「探さなくてもいいのよ」とステラは言いました。「売っちゃったの。だから、――売っちゃったからなくなったのよ。生誕祭前夜でしょ。優しくして。杖がなくなったのは、あなたのためなのよ。たぶんわたしの魔力の残滓は英霊さまにはいきとどいているでしょうね」ステラは急に真面目になり、優しく続けました。「でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、英霊さまでも見通すことはできないわ。ジャムをかけていい、ゼノ?」
ゼノはぼうっとした状態からはっと戻り、ステラを抱きしめました。さて、それではここで10秒間、趣を変えたささやかな事柄について控え目に吟味をしてみましょう。週銀貨8枚と年金貨100枚――その違いは何でしょうか。数秘術者や魔法学校の教授に尋ねたら、誤った答えが返って来るでしょう。エジンペラの賢者は高価な贈り物を持ってきましたが、その中に答えはありませんでした。何だか暗いことを申しましたが、ここで述べた言明は、後にはっきりと光り輝くことになるのです。
ゼノはポーションバッグから包みを取り出すと、テーブルに投げ出しました。
「ねえステラ、僕のことを勘違いしないで。杖とか魔力とか適性職業とか、そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」
白い指がすばやく紐をちぎり紙を破りました。そして歓喜の叫びが上がり、それから、ああ、ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。いそいで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。
包みの中には火属性の魔石が入っていたのです――杖にはめれるよう、加工されているものでした。その赤い魔石は、ステラが冒険者通りのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。美しい赤、ピュアなカットでできていて、魔力をとおす魔法陣がしてあって――売ってしまった杖にぴったりでした。その魔石が高価だということをステラは知っていました。ですから、心のうちでは、その魔石がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、実際に手にはいるなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。そして、いま、この魔石が自分のものになったのです。けれども、この魔石をはめるべき杖の方がすでになくなっていたのでした。
しかしステラは魔石を胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。「わたしの魔力はね、とってもよく馴染むのよ、ゼノ!」
そしてステラは火で焼かれたサラマンダーのようにジャンプして声をあげました。「きゃっ、そうだ!」
自分がもらう美しい贈り物をジムはまだ見ていないのです。ステラは両手で贈り物をテーブルに乗せ、ゼノに思いを込めて差し出しました。金属の鈍い光は、ステラの輝くばかりの熱心な気持ちを反射しているかのようでした。
「ねえ素敵じゃない? 街中を探して見つけたのよ。あなたの魔剣にこの盾をつけたら。一日に百回でもダンジョンに潜りたくなるわよ。剣、持ってよ。この盾と揃えたらどんな風になるか見たいの」
「ねえステラ。僕たちの生誕祭プレゼントは、しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。いますぐ使うには上等すぎるよ。魔石を買うお金を作るために、僕は魔剣を売っちゃったのさ。さあジャムをパンに塗ってくれよ」
エジンペラの賢者は、ご存知のように、賢い人たちでした――すばらしく賢い人たちだったんです。馬小屋の中にいる英雄に贈り物を運んできたのです。エジンペラの賢者が冒険者に生誕祭のプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。さて、わたくしはこれまでつたないながらも、同じパーティである二人の愚かな冒険者たちに起こった、平凡な物語をお話ししてまいりました。二人は愚かなことに、パーティの最もすばらしい宝物をお互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の冒険者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も冒険者だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も危険を冒す者たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の冒険者なのです。彼らこそ、本当の、エジンペラの冒険者なのです。
チルスホトス地方におけるギルドの初心者講習「寓話:冒険者の贈り物」より