ゆるい日常の耳かき
「ほら、耳見せな」
私は彼女の柔らかな膝に寝っ転がる。ジーンズの質感がちょっと固いけど、気持ちよい。
耳を軽く引っ張られた。覗き込まれると鼻息がかかって、くすぐったい。
「どお、溜まってる?」
「うん……細かいのが、結構ある。乾いてる感じで、パリパリだね。あんた、またひとりでやったでしょ」
ぎくっ。
図星だ。
手持ち無沙汰な時に、ついやってしまい、下手なやり方をして耳を荒らした。
そのせいで、また耳垢が溜まったのだろう。
「うん、白状します」
「もう、私に言えばいいのに」
我慢できなかったのだから、許してほしい。すればするほどしたくなる、耳かきと言うもの自体が悪い。
「じゃあ、入れてくからね」
そう言って、竹の細い耳かきが、まず耳の入り口に触れる。
かりっ、ぱり。
浅いところからいきなり、細かいのが剥がされるような音が鳴った。耳の大分手前まで、耳垢が来てるらしい。どうりで痒いわけだ。
じゃり、じょりと、細かい砂をかき集めるような音を聴きながら、浅いところの痒みが剥がされていくのを感じる。ひりひり感が心地よい。
「めっちゃ取れるじゃん、やば……」
半分引いてるような、半分楽しそうな、彼女の声。
自分でやるから分かる。多分耳かきの匙の上に、こんもりと砂っぽい垢が乗っているのだろう。ざり、ぞり、と耳かきは数度手前側を掻いては、抜かれて、ティッシュで拭われて、戻ってきては、ざり、ぞり……を繰り返す。
その度、すこしずつ耳の中が軽くなっていくような気がする。
「うあー……」
「気持ちいい?」
「力加減が、ちょうどいい……」
「でしょー」
彼女は淡々と呟く。耳かきに集中しきっているようで、返事は片手間だった。
「ちょっと奥めをやってくね」
耳かきは少し中を進んで、耳の真ん中らへんにたどり着く。音がかりり、こりりと硬い感じに変わる。耳かきが耳垢に引っかかっているらしくて、そのときはかりっ、こりっと音が跳ねる。耳壁の肌にぴっちりと、耳垢が張り付いているってことだろう。
それからかち、こちと、小石を触るみたいな音が鳴った。すると急に痒くなる感じがした。耳の中の異物感に一度気づいてしまったから、むずむずが湧き上がるように溢れてくる。
「おっ、これも頑張ったら取れそう……」
「でかいやつ?」
「デカめ、カタめ」
耳かきが、小石の根本をこつこつと触る。掻くというより、肌から浮かせるために、焦らしてる感じだ。耳かきが小石をいじくる度、ぴりっとした気持ちよさが走っては、すぐむずむずに覆い隠される。
私はたまらず注文した。
「もうちょっと、細かく触って……」
「細かくって.…こんな感じ?」
かりかり、かりかり、かりっ、かりっ。
むずつきを消し去る、鋭めの刺激。耳の神経が、ぴりっ、ぴりっと気持ち良さに震える。
「あーー……それ……そんな感じ」
たまらない。
剥がれかけを取ろうとする時が、一番気持ちいい。
彼女が意外そうに言う。
「痛くないんだ、これ。痛そうだったから慎重にやってたんだけど。なら、いいか」
痛いか痛くないかで言えば、ちょっと痛い。
でも、それがいい。
遠慮のなくなった彼女の耳かき捌きは、さっきよりさらに大胆に、耳垢の根本を責め立てる。
こりっ、こりっ。
いい塩梅の力ずくで、こそぎ取ろうとされる耳垢。
「浮いてきた浮いてきた……」
ぺきっ、ぺりっ、なんて音を出しつつ、耳の中でぐらぐらしだす小石。
もどかしさも絶賛高まって、肩が動きそうになる。
小石の下の肌が、早く掻いて掻いてと悲鳴をあげる。
ぺきり。
「あっ、取れた」
張り詰めていたもどかしさが、突然開放感に変わった。ぽろっと耳から剥がれた小石。ごそりと耳の中を滑り落ちかけたところを、 耳かきがキャッチした。私は少しひやっとした。
「わー、大物。ゆっくりひきあげるからね、動いちゃダメだよ?」
「うん……」
ひとつもどかしさをこえたとおもったら、別のもどかしさがやってきた。
耳壁と耳かきの間で、絶妙なバランスで支えられている耳垢が、ゆっくり、ゆっくりずり上げられている。
ざり……さり……。
その間、耳かきの端っこだったり、耳垢の縁だったりが耳を擦るから、ゾワゾワするのだ。
それでも我慢をつづけたら、ようやく成果が身を結び、ころっと、耳垢が耳の入り口からこぼれ落ちた。
「取れ……た!」
「はーー」
私は大きく安堵の息を吐いた。そんな私の様子も素知らぬ風に、彼女は飄々と成果物を眺めているらしかった。
「おー、この大物、シートみたいな形してる。見る?」
私は首を振った。
「うわ、落ちる落ちる」
そのせいで、耳の上から耳垢が落っこちそうになったらしい。耳かきをストッパーにして、耳の上で抑えられる。
そんなことも、いまの私には二の次だった。
痒いのだ。今、取れたところが。
「え、なに。あぁ、痒いの? そりゃそうか、ごめんごめん」
私の眉間にまで登ってきた、むずむずの証。彼女は痒みに耐える私の顰めっ面を、(なんということか)笑って、もう一度耳を摘みなおした。
「はいはい、やってあげますよ」
そうして入ってきた耳かきは、迷いなくさっき耳垢が取れたところに触れる。ピンポイントすぎて、私はぞくりとした。
「ここでしょー?」
かり、かり、かりっ。
じゅあっと、痒みが溶けるみたいな気持ちよさ。
耳かきは一番むずつくところを、一番の力加減で当ててくれた。あと少し力が強ければ、痛くなって、あと少し力が弱ければ、余計もどかしさが増すような、絶妙な塩梅だった。
「まだやってほしい?」
「うん……」
「よし」
かきかき、かりかりと、耳かきが気持ちいいところをもっと触り続けてくれる。
ふぅーと、私はリラックスしきった息を吐く
「もうちょっとやろうか?」
「もうちょっとやって……」
「うん。じゃあ、少し細かめにやってあげよう……」
彼女はそういうと、少し手つきを変えた。
くりくり、かりかりと、匙の動きが小さくなって、刺激もより繊細な感じになったのただ。密度の高まった気持ちよさが、迷走神経を苛めてくる。
「あ……ふ……」
とうとう声が漏れてしまった。
「あら、痛かった?」
「ちがう……気持ちよくて……」
「そう。よかった」
そっけない感じで彼女は言って、耳かきは引き抜かれた。心地よくひりひりする感じの耳。ふぅ、と息をつく。なんだか名残惜しい気分。
「もう、大体綺麗になった?」
「んー、まだ奥の方に残ってるかなー」
「ほんと? やった」
「危ないから動かんでね」
まだ終わりじゃないことにウキウキしながら、耳を引っ張られる。さっきよりほんの少し強めだ。奥をよくみるためだ。
そうして、さっき触っていたとこよりもっと奥の方に、耳かきが入れられる。
鼓膜に近い分、耳かきの動きは慎重で、ゆっくり。こり…こり…って感じで耳奥の肌が触られる。じりじりとした感じで、奥の耳垢が手前へかき集められる。
かさっ、がさっ、なんて音がするのは、耳の奥まで肌が乾燥しているからだろう。自分で荒らしたせいなのだけど、乾いていると剥がれるときのぴりっとした感じが気持ちいいから、口には出せないがちょっとワクワクする。
ごそ、ごそ……と耳かきが引き抜かれる。
新鮮な空気が、耳の奥まで入ってくる。
「きたねー」
「そんなに?」
「奥の耳垢、ポロポロしてて、欠片っぽいんだよね。匙の上にすぐたまっちゃう」
ティッシュの上に耳垢を落としてから、戻ってくる耳かき。あとどれくらいやってもらえるだろう。
かさり、ごそり……。
「見えにく……」
耳かきがなんだか奥まったような所に触れて、またそこが気持ちよかった。背中で言うなら肩甲骨の内側的な。普段自分で触れないから、敏感なとこ。
そんな感じのとこを、耳かきでぞり、ほり、とこそがれる。
「骨っぽいとこの、裏っかわ? よく見えないんだけど、たまってんだよねー、ここ」
ほり……ほりっ、としつこくこそがれる。 じっくり痒みが掻き出される感じで、堪らなかった。耳の骨が近いから皮膚が薄くて、刺激が強めになるのだ。
ふわふわ口が動いてしまう。
「かりっ……かりっ……って、引っ掛かる感じしない?」
「する……」
耳の形に引っかかっているのか、耳かきを動かす度、かりっ、こりっとまた余韻の音が聞こえる。今度はさっきより湿っぽい感じで、もしかしたら出来立ての耳垢なのかもしれない。
「そこ、もっと……」
「はいはい」
気を抜いたら寝ちゃいそうな中で、掻いてほしいところがピンポイントで掻かれる気持ちよさを、たっぷり味わう。
かさりっ……ぺきりっ。
そんな音がしたのと一緒に、ふっと肩の力が抜けるような開放感。それから、ずそそっ……と耳垢がが耳から引きずりあげられた。
「おー、やっぱ隠れてたんだ」
「とれたの?」
「薄いけど、大きいやつ。皮っぽいね。見えないとこに、隠れてたみたい」
言われて見れば、耳の奥の疼きが、無くなった感じがする。じんじんと耳の中に血が巡っていて、すっきりと軽くなった感じ。
「奥、もうちょっと触って……」
「はいはい、わかってますよ」
彼女は予想通り、と言うみたいに手早く耳垢を拭って、すぐ耳かきを耳の中に戻してくれた。
「さっきのとこ、また荒れない程度にね」
ほりっ、ほりっ。
耳かきは、匙の部分をぴったり奥まったところに当ててから、大きめのストロークで痒いのを撫でてくれる。
そりっ、ほりっ……。
「んーー……」
「寝ちゃいそうな顔してるよ」
「寝ないよぉ……」
私は夢見心地みたいな気分に浸りながら、じっくり耳かきを楽しんだ。
「はい、おしまい。仕上げやるよ」
「うん」
「ふーーっ……ふーーっ」
いつものお決まりで、耳にふーっと息を吹きかけてもらう。耳かきで温まった耳には丁度涼しくて、気持ちよい。
「反対やる?」
「やるぅ……」
私は即答して、ごろんと寝返りを打った。




