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百合耳かき  作者:
6/6

ゆるい日常の耳かき

「ほら、耳見せな」


 私は彼女の柔らかな膝に寝っ転がる。ジーンズの質感がちょっと固いけど、気持ちよい。


 耳を軽く引っ張られた。覗き込まれると鼻息がかかって、くすぐったい。


「どお、溜まってる?」

「うん……細かいのが、結構ある。乾いてる感じで、パリパリだね。あんた、またひとりでやったでしょ」


 ぎくっ。

 図星だ。

 手持ち無沙汰な時に、ついやってしまい、下手なやり方をして耳を荒らした。

 そのせいで、また耳垢が溜まったのだろう。


「うん、白状します」

「もう、私に言えばいいのに」


 我慢できなかったのだから、許してほしい。すればするほどしたくなる、耳かきと言うもの自体が悪い。


「じゃあ、入れてくからね」


 そう言って、竹の細い耳かきが、まず耳の入り口に触れる。

 かりっ、ぱり。

 浅いところからいきなり、細かいのが剥がされるような音が鳴った。耳の大分手前まで、耳垢が来てるらしい。どうりで痒いわけだ。

 じゃり、じょりと、細かい砂をかき集めるような音を聴きながら、浅いところの痒みが剥がされていくのを感じる。ひりひり感が心地よい。


「めっちゃ取れるじゃん、やば……」


 半分引いてるような、半分楽しそうな、彼女の声。

 自分でやるから分かる。多分耳かきの匙の上に、こんもりと砂っぽい垢が乗っているのだろう。ざり、ぞり、と耳かきは数度手前側を掻いては、抜かれて、ティッシュで拭われて、戻ってきては、ざり、ぞり……を繰り返す。

 その度、すこしずつ耳の中が軽くなっていくような気がする。


「うあー……」

「気持ちいい?」

「力加減が、ちょうどいい……」

「でしょー」


 彼女は淡々と呟く。耳かきに集中しきっているようで、返事は片手間だった。


「ちょっと奥めをやってくね」


 耳かきは少し中を進んで、耳の真ん中らへんにたどり着く。音がかりり、こりりと硬い感じに変わる。耳かきが耳垢に引っかかっているらしくて、そのときはかりっ、こりっと音が跳ねる。耳壁の肌にぴっちりと、耳垢が張り付いているってことだろう。

 それからかち、こちと、小石を触るみたいな音が鳴った。すると急に痒くなる感じがした。耳の中の異物感に一度気づいてしまったから、むずむずが湧き上がるように溢れてくる。


「おっ、これも頑張ったら取れそう……」

「でかいやつ?」

「デカめ、カタめ」


 耳かきが、小石の根本をこつこつと触る。掻くというより、肌から浮かせるために、焦らしてる感じだ。耳かきが小石をいじくる度、ぴりっとした気持ちよさが走っては、すぐむずむずに覆い隠される。

 私はたまらず注文した。


「もうちょっと、細かく触って……」

「細かくって.…こんな感じ?」


かりかり、かりかり、かりっ、かりっ。

 むずつきを消し去る、鋭めの刺激。耳の神経が、ぴりっ、ぴりっと気持ち良さに震える。


「あーー……それ……そんな感じ」


 たまらない。

 剥がれかけを取ろうとする時が、一番気持ちいい。

 彼女が意外そうに言う。


「痛くないんだ、これ。痛そうだったから慎重にやってたんだけど。なら、いいか」


 痛いか痛くないかで言えば、ちょっと痛い。

 でも、それがいい。

 遠慮のなくなった彼女の耳かき捌きは、さっきよりさらに大胆に、耳垢の根本を責め立てる。

 こりっ、こりっ。

 いい塩梅の力ずくで、こそぎ取ろうとされる耳垢。


「浮いてきた浮いてきた……」


 ぺきっ、ぺりっ、なんて音を出しつつ、耳の中でぐらぐらしだす小石。

 もどかしさも絶賛高まって、肩が動きそうになる。

 小石の下の肌が、早く掻いて掻いてと悲鳴をあげる。


 ぺきり。


「あっ、取れた」


 張り詰めていたもどかしさが、突然開放感に変わった。ぽろっと耳から剥がれた小石。ごそりと耳の中を滑り落ちかけたところを、 耳かきがキャッチした。私は少しひやっとした。


「わー、大物。ゆっくりひきあげるからね、動いちゃダメだよ?」

「うん……」


 ひとつもどかしさをこえたとおもったら、別のもどかしさがやってきた。

 耳壁と耳かきの間で、絶妙なバランスで支えられている耳垢が、ゆっくり、ゆっくりずり上げられている。

 ざり……さり……。

 その間、耳かきの端っこだったり、耳垢の縁だったりが耳を擦るから、ゾワゾワするのだ。

 それでも我慢をつづけたら、ようやく成果が身を結び、ころっと、耳垢が耳の入り口からこぼれ落ちた。


「取れ……た!」

「はーー」


 私は大きく安堵の息を吐いた。そんな私の様子も素知らぬ風に、彼女は飄々と成果物を眺めているらしかった。


「おー、この大物、シートみたいな形してる。見る?」


 私は首を振った。


「うわ、落ちる落ちる」


 そのせいで、耳の上から耳垢が落っこちそうになったらしい。耳かきをストッパーにして、耳の上で抑えられる。

 そんなことも、いまの私には二の次だった。

 痒いのだ。今、取れたところが。


「え、なに。あぁ、痒いの? そりゃそうか、ごめんごめん」


私の眉間にまで登ってきた、むずむずの証。彼女は痒みに耐える私の顰めっ面を、(なんということか)笑って、もう一度耳を摘みなおした。


「はいはい、やってあげますよ」


そうして入ってきた耳かきは、迷いなくさっき耳垢が取れたところに触れる。ピンポイントすぎて、私はぞくりとした。


「ここでしょー?」


 かり、かり、かりっ。

 じゅあっと、痒みが溶けるみたいな気持ちよさ。

 耳かきは一番むずつくところを、一番の力加減で当ててくれた。あと少し力が強ければ、痛くなって、あと少し力が弱ければ、余計もどかしさが増すような、絶妙な塩梅だった。


「まだやってほしい?」

「うん……」

「よし」


 かきかき、かりかりと、耳かきが気持ちいいところをもっと触り続けてくれる。

 ふぅーと、私はリラックスしきった息を吐く


「もうちょっとやろうか?」

「もうちょっとやって……」

「うん。じゃあ、少し細かめにやってあげよう……」


 彼女はそういうと、少し手つきを変えた。

 くりくり、かりかりと、匙の動きが小さくなって、刺激もより繊細な感じになったのただ。密度の高まった気持ちよさが、迷走神経を苛めてくる。


「あ……ふ……」


とうとう声が漏れてしまった。


「あら、痛かった?」

「ちがう……気持ちよくて……」

「そう。よかった」


 そっけない感じで彼女は言って、耳かきは引き抜かれた。心地よくひりひりする感じの耳。ふぅ、と息をつく。なんだか名残惜しい気分。


「もう、大体綺麗になった?」

「んー、まだ奥の方に残ってるかなー」

「ほんと? やった」

「危ないから動かんでね」


 まだ終わりじゃないことにウキウキしながら、耳を引っ張られる。さっきよりほんの少し強めだ。奥をよくみるためだ。


そうして、さっき触っていたとこよりもっと奥の方に、耳かきが入れられる。

 鼓膜に近い分、耳かきの動きは慎重で、ゆっくり。こり…こり…って感じで耳奥の肌が触られる。じりじりとした感じで、奥の耳垢が手前へかき集められる。

 かさっ、がさっ、なんて音がするのは、耳の奥まで肌が乾燥しているからだろう。自分で荒らしたせいなのだけど、乾いていると剥がれるときのぴりっとした感じが気持ちいいから、口には出せないがちょっとワクワクする。

 ごそ、ごそ……と耳かきが引き抜かれる。

 新鮮な空気が、耳の奥まで入ってくる。

 

「きたねー」

「そんなに?」

「奥の耳垢、ポロポロしてて、欠片っぽいんだよね。匙の上にすぐたまっちゃう」


 ティッシュの上に耳垢を落としてから、戻ってくる耳かき。あとどれくらいやってもらえるだろう。

 かさり、ごそり……。


「見えにく……」


 耳かきがなんだか奥まったような所に触れて、またそこが気持ちよかった。背中で言うなら肩甲骨の内側的な。普段自分で触れないから、敏感なとこ。

 そんな感じのとこを、耳かきでぞり、ほり、とこそがれる。


「骨っぽいとこの、裏っかわ? よく見えないんだけど、たまってんだよねー、ここ」


 ほり……ほりっ、としつこくこそがれる。 じっくり痒みが掻き出される感じで、堪らなかった。耳の骨が近いから皮膚が薄くて、刺激が強めになるのだ。

 ふわふわ口が動いてしまう。


「かりっ……かりっ……って、引っ掛かる感じしない?」

「する……」


 耳の形に引っかかっているのか、耳かきを動かす度、かりっ、こりっとまた余韻の音が聞こえる。今度はさっきより湿っぽい感じで、もしかしたら出来立ての耳垢なのかもしれない。


「そこ、もっと……」

「はいはい」


 気を抜いたら寝ちゃいそうな中で、掻いてほしいところがピンポイントで掻かれる気持ちよさを、たっぷり味わう。


 かさりっ……ぺきりっ。

 そんな音がしたのと一緒に、ふっと肩の力が抜けるような開放感。それから、ずそそっ……と耳垢がが耳から引きずりあげられた。


「おー、やっぱ隠れてたんだ」

「とれたの?」

「薄いけど、大きいやつ。皮っぽいね。見えないとこに、隠れてたみたい」


 言われて見れば、耳の奥の疼きが、無くなった感じがする。じんじんと耳の中に血が巡っていて、すっきりと軽くなった感じ。


「奥、もうちょっと触って……」

「はいはい、わかってますよ」


 彼女は予想通り、と言うみたいに手早く耳垢を拭って、すぐ耳かきを耳の中に戻してくれた。


「さっきのとこ、また荒れない程度にね」


 ほりっ、ほりっ。

 耳かきは、匙の部分をぴったり奥まったところに当ててから、大きめのストロークで痒いのを撫でてくれる。

 そりっ、ほりっ……。


「んーー……」

「寝ちゃいそうな顔してるよ」

「寝ないよぉ……」


 私は夢見心地みたいな気分に浸りながら、じっくり耳かきを楽しんだ。



「はい、おしまい。仕上げやるよ」

「うん」

「ふーーっ……ふーーっ」


 いつものお決まりで、耳にふーっと息を吹きかけてもらう。耳かきで温まった耳には丁度涼しくて、気持ちよい。


「反対やる?」

「やるぅ……」


 私は即答して、ごろんと寝返りを打った。


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