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聖女の手を取り、魔女を追放した結果

作者: た~にゃん

「セラフィナ・ウィッチブルーム! 今を限りで貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 キングキャッスルビルディング、全面ガラス張りの展望オフィスに呼び出されたセラフィナは、待ち構えていた婚約者――この国の王太子カキーン・ガチャスキーにあまりにも唐突に婚約破棄を告げられた。

 カキーンの隣には、白銀の髪に少女のような愛らしい(かんばせ)の聖女ミランダが神々しいオーラを纏い微笑んでいる。


「そして聖女ミランダを新たに婚約者とする!」


 ミランダの肩を抱くカキーンの顔は、だらしなくにやけ下がっていた。


(ミランダ様はとても可愛らしい方ですものね)


 腰まで届くふわふわした白銀の髪。愛嬌のある垂れ目に若葉のような明るいグリーンの瞳。ミルク色の肌に小さな鼻、瑞々しい薄紅色のくちびる。まるで天使が舞い降りたかのような奇跡の美貌――カキーン殿下がこよなく愛する魔導スマホゲーム『切り拓け! パインちゃん♡』の主人公パインちゃんにそっくり。

 ちなみにかのゲームは、ガチャを回して装備のランクを上げるほどスチルが肌色多めになるのが売りだ。そう、ゲームを作った魔女ローデリカ様が言っていた。


(ま、美貌もそうだけど。能力的にも私より聖女様の方が勝っているだろうし)


 この国には、聖女と魔女の両方がいる。聖女は豊穣と清浄を司り、魔女は叡智と癒やしを司る。国民は多少の派閥はあるものの、どちらも敬っており、特に対立は生まれていない。聖女と魔女それぞれの恩恵により、この国は他国に追随を許さないほど発展してきた。


 セラフィナは公爵家の娘であるし、将来の王妃として長く教育を受けてきた身でもある。けれど、所詮はただの人間。建国の時代よりこの国を見つめてきた聖女様には及ばない。そもそも、カキーンとの婚姻は政略的なものなので、セラフィナに恋愛感情もない。また、王妃になれなくても、多様性が尊ばれるこの時代、人生の選択肢は多くある。


「婚約破棄、謹んで承りますわ」


 セラフィナは婚約破棄を受け入れた。相手が聖女様なら誰も異を唱えまい。むしろ、カキーンが恐れ多くも聖女様に選ばれたことを喜ぶだろう。


 しかし。


 カキーンは続けてこう言ったのだ。


「魔女とそれに組する貴様はこの国を大いに汚し、聖女ミランダを悲しませている。魔女と貴様はまとめて国外追放だ!」


「ええ?!」


 セラフィナはびっくりした。自分はともかく魔女様を追放するということは……この国にもはや不可欠となっている高等技術――遠方にも一瞬で荷物を送れるクロネコポータルも、情報を高速でやり取りしたり拡散できる魔導情報伝達機構ウィッチ・ファイも、この国のインフラを支える魔石動力生成変換装置も捨てることになるのだから。


「この国の瘴気スモッグはもはや公害。各地の瘴気溜まりも増え続けています。この地は浄化されねばなりません」


 呆然とするセラフィナに聖女ミランダが言った。


 確かに、魔女が開発し今やこの国を支える数々の装置は、便利さを提供する代償に瘴気を吐きだす。王都の高層ビル群や生活を快適かつ豊かにする様々な商品やサービスを生み出す工場が国内に数多くあることを考えれば――さもありなん。


 この国は聖女と魔女、それぞれの恩恵を得て発展してきた。どちらが足りなくてもいけなかった。

 聖女は豊穣を与えられるが、癒やしは与えられない。病を治すには、魔女が煎じた薬が必要だ。その薬の材料は、瘴気溜まりにしか芽吹かない薬草や魔獣の素材である。

 聖女は魔獣を生みだす瘴気溜まりを浄化できるが、他の脅威は防げない。大陸の戦乱時代を乗りきるのは、魔女の叡智――魔導防衛兵器がなければ不可能だった。そして、それらを動かすには瘴気溜まりに凍る魔石が大量に必要だった。


 時代が進み世界歴2427年の現在。戦乱の時代はとうに終わり、この国と周辺の国々は不戦同盟を結んでいる。剣を交える争いは、市場で利益を取り合う争いに変わった。防衛兵器は必要なくなり、代わりに生活を便利かつ豊かにする魔導装置が求められた。


「天秤は傾きすぎたのですよ」


 聖女ミランダが微笑みを絶やさぬまま言った。それは柔らかな声音でありながら神の宣告のような、絶対的な響きがあった。


『ここらが潮時かもしれないねぇ。いいだろう。我はこの国を去るとしよう』


 どこからともなく聞こえた声は、魔女ローデリカ様のもの。この国を動かす魔導技術を司る彼女は、この部屋のやりとりもすべて聞いていたのだろう。


「すべて魔女様と聖女様の御心のままに」


 セラフィナは敬愛と恭順を込めてカーテシーを取った。魔女様はどこにいるのかわからなかったので、とりあえず聖女様に向かって。


「フハハハハ! これでブラックな日々ともおさらばだ! そうだろう皆の者!」


 それを、何と勘違いしたのか、カキーンが高笑いをし始めた。展望オフィスのそこここで魔導パソコンやタブレットを死魚目で叩いていたスーツ姿の王宮職員たちが、幽霊のようにヘロヘロと片手を上げて「おおぉ……」と力なく快哉をあげた。中には「す、スローライフばんざぁぁい」とか言っている者もいる。


 と、その瞬間。


 突然、展望オフィスの照明がすべて消えた。いや、ここだけではない。王都に建ち並ぶ天にも届く高さのビル群から一斉に光が消えた。部屋を涼しくしていた空調も消えた。エレベーターもエスカレーターも止まり、死魚目の職員たちの手からパソコンやタブレットが煙のように消えた。


「この地に命の祝福を!」


 聖女ミランダが叫ぶと、空を覆っていた瘴気の厚い雲の切れ間から光が幾筋も降り注ぎ、瘴気スモッグも瘴気溜まりも跡形もなくかき消した。黒々としたビル群に見る間に蔦や苔が這い登り覆い尽くし、


「ぐっふぉお?!」


 仕上げとばかりドーンとカキーンの足元の床を突き破って太い木が生えてきて、勢いのまま天井までぶち抜いた。そして――晴れ渡った真夏の空から、窓ガラスを通して強い日差しが容赦なく照りつけた。


「…………へ?」


 一瞬呆然としたカキーンだが、ハッとして、スーツの尻ポケットや鞄を漁ってスマホを探し始めた。


「ない……ない! 俺のレベルカンストのパインちゃんが……課金しまくって集めたエロエロスチルがぁ!」


 血走った目で喚く元婚約者を、セラフィナは気の毒そうな目で眺めた。


(魔導スマホは魔女様の恩恵そのもの。なくなって当然でしょうに)


 魔女の恩恵は消え失せた。もう動力で動くものは何もない。すべての魔導装置は人間たちが大半を作ったが、心臓部の回路はすべて魔女様が手づから創ったもの。丸ごと消え失せたそれらは復元なんてできはしない。


「セラフィナ! セラフィナなら何とかできるだろう? 俺のスマホを……パインちゃんを返してくれ」


 元婚約者が縋るような目を向けてきたが、セラフィナは黙って首を横に振った。


「魔女様の叡智はあくまでも我々に()()()()()()()モノ。私たちは借りていたにすぎないの。だから、魔女様の近くにお仕えしていた私にも何の知識もないのよ」


「ここ、この役立たずがあああ!!」


 絶叫する元婚約者は滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。




◆◆◆




 魔女は去り、この国はどこまでも広がる豊かな大地を手に入れた。瘴気の汚れはすべてリセットされ、がらんどうになった高層ビル群が光降りそそぐ大地を無言で見つめる先で。


 休日返上で働き通しだった元リーマンたちが、ゾンビのように灼熱の日差しを背に蠢いていた。


 今まで魔導装置にさせていた仕事――食べ物の生産や加工、生活に必要なあれこれ、水くみに炊事、下水の処理もすべて自力でやらねばならない。種をまくのも世話をするのも収穫するのも、全部人力だ。

 夜は真っ暗だし、物を運ぶのも全部徒歩。都市部には牛も馬もいない。夜、畑を荒らしにきたイノシシには、擦り切れたスーツを着た元リーマンが自撮り棒という頼りない武器で立ち向かう。聖女は野生の獣まではコントロールできないから。


 さながらポスト・アポカリプス……。




 そんな緑の大地の一角、国境から僅かにはみ出た森にある小さな家で――。


 この国を牽引してきた魔女ローデリカは、だらけた格好でビーチチェアにグデ~と伸びていた。彼女の漆黒の髪は扇風機の風に泳ぎ、当人は回る羽根に向かって「あ゛~~~」とか言って遊んでいる。

 ちなみに、構造が単純な扇風機をはじめ、わずかな魔導家電だけがこの国には残された。数日前までは物置で埃をかぶっていたそれらは、今や高級家電となっている。


「セラフィナぁー、お茶飲みたーい」


 見た目は二十代半ばくらいの魔女ローデリカは、妖艶という言葉がピッタリの美しい容姿をしている。波打つ漆黒の髪に、長い睫毛に縁取られた切れ長の目、ぷっくりとした唇には真っ赤なルージュがデフォ。ただ、今は暑いためヨレヨレのタンクトップにややゴムの伸びたステテコ、足は裸足だ。化粧もしていない。


 セラフィナはだらける魔女に尋ねた。


「この国、ほぼ丸腰になっちゃいましたけど。これでよかったんですか?」


 豊穣の大地が広がっているのだ。周りの国が不戦同盟を破って攻めてこないのだろうか。


「大丈夫、大丈夫! だってなぁーんにもない原野だもの。使いようもないビル群もそのまんまなのよ? 取り壊したり原野を開拓する手間と時間を考えると、しばらくは誰も手出ししないわよ」


 戦乱は経済がある程度成長しないと起きないの、と魔女はヒラヒラ手を振った。


「当面はカモ……リーマンどもから巻き上げた金貨が腐るほどあるし、気まぐれに魔導家電を作ってもいいしね。ああ、でも複雑な構造のは当面作りたくないわねぇ! だってすぐ壊れるんですもの」


 セラフィナは泉から汲んできた水をかまどの火で沸かし、茶葉を入れて蒸らした。国外追放されたということで、セラフィナは一人で魔女ローデリカに仕えている。身を寄せている、ともいう。


「ところで」


 場違いなほど高級感溢れる白磁のカップに注いだお茶を魔女に差し出して、セラフィナは訊ねた。


「全部計画通りですか?」


 パインちゃんを聖女ミランダ様そっくりにデザインして、カキーン殿下の心を聖女様に傾けたのも。

 スマホゲームという中毒性のあるモノを与えて課金させまくり、金貨の山を得たのも。

 その金貨で隣国から生活を快適にする品物を買い入れ、元リーマンたちが汗水垂らして収穫した食べ物と交換して、のんべんだらりと暮らしているのも。


「そおねぇ。この金貨がなくなるまではこの生活を続けようかしら」


 まあこの遊びに飽きたら残った金貨はあなたにあげてもいいわよ? と魔女は琥珀色の瞳をニィと三日月に細めた。


「心配しなくても、あなたの生きている間は戦乱にはならないわよ。言ったじゃない? 今あの原野を手に入れてもコストしかかからないもの」


 子や孫の世代はわからないけどね、と不穏な一言を添えて。





 魔女の恩恵は借り物。人間が魔女の叡智を貰い受けるわけではないのだ。恩恵を受けている間は学んでもいない知識が頭に溢れて形を成し、複雑な装置も作れてしまう。けれど魔女が梯子を外せば知識は跡形もなく消え、リセットされた無知な人間が厳しい現実に放り出される。大地がいかに豊かでも、効率よく栽培や収穫、加工や保存ができなければ人間はなかなか豊かにはなれない。 


 長い時を経て賢くなったと勘違いしている人間だが、実は千年前と大して変わらない知識しか持っていない。いや、千年前の当たり前の知識すら、便利さの前に忘れ去られて朧気なものになっているだろう。


 そう、セラフィナは以前、魔女ローデリカから聞かされた。


「でも、私は優しい方なのよ?」


 魔女ローデリカによると、世界はセラフィナが生きるここ以外にもたくさん存在するらしい。そしてセラフィナが知らない数多の世界にも魔女はいるという。


「ロクサーヌみたいに、一人の人間に叡智を与えて唆し、破壊の限りを尽くして楽しんでいる魔女もいる。ロミルダのように、息子なんていう存在を生み出して愛という不治の病にかかった挙げ句、異界の扉を開けて理に逆らおうとする愚か者もいる」


 魔女ローデリカはクツクツと笑った。


「私たちは人間よりはるかに大きな力を持っているけれど、大いなる(ことわり)には逆らえない。だから抗おうなんて思わないわ。ただ、楽しんでいるの」


 海に沈む夕陽も虹をかけて流れ落ちる滝も美しいけれど、疫病に侵され布をかけられた骸がそこここに転がる死んだ街も、数千数万の屍で埋め尽くされた(あか)い戦場もまた美しいでしょう?


 セラフィナが眉をひそめると、魔女ローデリカは「例えるなら絵画を見るようなものよ」と言った。


「どんなに凄惨な光景も、残酷な光景も、絵画になったらそれなりに見れるでしょう? 私たちは悠久の時の中で、それらを切り取る枠もなく、音や匂いも含めて味わっている。見たい現象があればそうなるように仕向ける。それが私の娯楽」 


 クフフッ、と笑いながら魔女は紅茶のカップにちびりとお気に入りのブランデーを垂らした。


「ローデリカ様、あ……」


 お酒に激弱な魔女を止めようとしたが、一歩遅く。


「ッップッハァーー!」


 ブランデー入り紅茶を煽った魔女は、ややあって「ふにゃ~」と一声鳴いてビーチチェアに伸びた。あとは能天気な寝息が聞こえるばかり。


 セラフィナは魔女が指に引っかけたままのカップを注意深く回収して洗い、ふと思いたって部屋に転がっている金色の筒を拾い上げた。当てずっぽうな方向へ向けても、望んだ場所を映し出す魔法の望遠鏡――



 丸く切り取られたレンズの向こうに、懐かしのカキーン殿下がいる。スーツ姿だが、なぜかネクタイだけは鉢巻きのように頭に巻き。手には……どこで手に入れたのか釘バットが握られている。殿下の後ろには掘っ建て小屋があり、A4用紙に一文字ずつ「人」「海」「戦」「術」と手書きしたものが打ちつけてある。


「これより我が畑を荒らす悪辣なイノシシどもの巣に突撃する! 皆の者、用意はいいか!」


「おおーーー!!」


 カキーンに呼応してたくさんの自撮り棒が掲げられる。その数およそ、三十。みんな擦り切れたスーツにネクタイ鉢巻きの元リーマンたちだ。


「報酬はやっつけたイノシシの現物支給だ!」


「…………おおーー!」


 若干士気が落ちたっぽい。


「我らがパインちゃんの再来のために!」


「うおおおーーー!!!」


 士気がV字回復した。


「ノジシの肉さ売っで岩盤掘削機さ買うどーー!」


「うおおおおおおーーー!!!!」


 そういや魔女ローデリカ様が作ったあのゲームは、パインちゃんに無人島開拓させるストーリーだった。で、SSR武器の岩盤掘削機はムービーがエロかわいいと大人気だったっけ。


 意気揚々と森に入っていく殿下&元リーマンズを見送り、セラフィナは望遠鏡を下ろした。


 高度な文明が幻のように消えても、国としての体裁が怪しくなっても、人々は概ね平和に、それなりに楽しく生きている。魔女の言う他の世界がどうなのかは知らないが。


おしみゃい

※良い子は自撮り棒や釘バットでイノシシを狩ろうとしないでね( ˇωˇ )


ロクサーヌは拙作「殿下、妹にだけは手を出してはなりません」に登場する自称叡智の悪魔、ロミルダは「翼の勇者」に出てくる魔女です。

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― 新着の感想 ―
∀・)壮大な世界観で面白いことをやっているなって作品でしたね(笑) ∀・)楽しかったです(笑)僕は好きですよ(笑)ローデリカ様☆☆☆彡
パインちゃんのためなら頑張れる( ˘ω˘ )
そう!私達は文明に胡座をかいて生きている! 電気もガスも作れない Σ(・∀・;) 魔女ローデリカ様 の 絵画を見るようなもの ってのが痺れましたね。 そこかしこに現代風刺もあったりなんかして も…
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