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銀翼のフィンブル~ゲーム世界が現実世界と融合してゲーム内の嫁と再会して、リアルの恋人と修羅場になった上に世界を救う羽目になった件について~

あらすじ


絶望が人類を覆い尽くした日、運命は一人の男に微笑んだ。


突如現れた異星人により、人類は滅亡の危機に瀕していた。平凡な大学生、神威来賀かむいらいがは、異星人の襲撃により崩壊した街で、恋人・皇凜音すめらぎりおんとの別れを覚悟する。その時、彼の前に現れたのは、不時着した異星船。そして、空を埋め尽くす異星人の巨大母艦だった。

巨大母艦は世界そのものに干渉し、世界は来賀の知るオンラインゲーム「アポカリプスオンライン」の世界に酷似した姿へと変貌を遂げていく。


変わる世界、不可逆の変容、二度と戻らぬ郷愁。

絶望の淵で、来賀は人型兵器「フィンブル」と運命的な出会いを果たす。銀翼を輝かせ、圧倒的な力で敵をなぎ倒すフィンブル。来賀は、ゲームで培った知識を武器に、人類最後の希望として立ち上がる。


しかし、彼の前に現れたのは、ゲーム内で夫婦だった「アシェル」。彼女は、まるでゲームのアバターそのままの姿で現実世界に降臨したのだった。


二人の再会を目撃した凜音は、複雑な想いを胸に秘める。その胸中には混乱と嫉妬、そして憎悪。


これは、絶望に覆われた世界で、愛と友情、そして世界の命運をかけた、一人の青年の壮絶な戦いと、切ない三角関係の物語。


銀翼のフィンブルが、絶望の空を駆け抜ける時、新たな希望の閃光が闇を照らす。

 ───インド洋上空。高度三千メートル。

 轟音と共に、漆黒の空を裂く銀色の閃光。ステルス戦闘機F―35ライトニングⅡが、国連軍最後の砦として、絶望的な戦いを繰り広げていた。


 「こちらイーグルアイ、敵影多数! コードネーム『アズゴア』! 数は……20、いや30以上!くそったれ!!」


 管制官の声が、コクピット内に響き渡る。F―35のパイロット、コールサイン『ファルコン』は、眉間に深い皺を刻んだ。


 「チッ、またあの化け物か……」


 ファルコンの視界に、異形のシルエットが飛び込んでくる。昆虫を思わせる不気味なフォルム、異星の兵器アズゴアである。

 アズゴアは、驚異的な機動性と強力な火力を併せ持つ。地球の科学力を遥かに凌駕するその力は、国連軍を絶望の淵に突き落としていた。


 「速い……!」


 ファルコンは、F―35の推力を最大限に引き出し追撃をかわす。しかしアズゴアはまるで獲物を追う猛禽のように、執拗にファルコンに迫る。


 「……」


 アズゴアのパイロットは、不気味な笑みを浮かべながら、ビームガンを乱射する。荷電粒子砲とも呼ばれるそれは、アズゴアに搭載された縮退炉により生み出されたエネルギーを励起させ発射するもの。

 その威力は機銃を遥かに凌ぐ。雨のようにビームは降り注ぎ、F―35の機体を容赦なく削っていく。


 「チッ……!」


 絶体絶命の状況下。だが誇り高き翼は、容易く散ることを許さない。操縦桿を握りしめ機体を急上昇させる。そのまま厚い雲を貫き、更に高度を上げる。そして辿り着く蒼天の空、アフターバーナーを点火し、凄まじい轟音と共に急降下を開始する。


 「……!」


 凄まじいGがファルコンの体を襲う。視界が白くかすむ。それでも彼は冷静に照準を合わせ、アズゴアの背後をとらえた。


 「ターゲットロック……ファイア!」


 F―35から放たれた空対空ミサイルが、白い軌跡を描きながらアズゴアへと迫る。

 だがそこで信じられない動きを見せる。直撃寸前、変形して巨大な盾のようなものを展開した。ミサイルは盾に阻まれる。


 「!?」


 ファルコンは言葉を失った。アズゴアの変型機構は、想像を遥かに超えていた。飛行形態から速度を一切落とさず人型に変型したのだ。その姿はまるで悪魔のようだった。


 「カムイ……ライガ……」


 アズゴアは不気味な機械音声で告げる。その腕部には巨大なビーム剣が形成されていた。


 「なッ!!」


 信じられない挙動だった。慣性の法則をまるで無視したような動きで、アズゴアはビーム剣でF―35を両断する。機体は炎に包まれ爆発する。


 インド洋に、戦闘機の残骸が一機、また一機とゆっくりと落ちていく。それは、人類の敗北を象徴するかのようだった。


 「ガッデム!」


 管制室で司令官が苛立ちげに机を叩きつける。この日のために用意した戦力は全て無駄に終わった。それだけではない。

 アズゴアは、人型可変兵器だった。人類軍のエース『ファルコン』が命を賭して得た戦果。誰もがなし得なかった偉業である。

 だから、なんだと言うのか。この情報が意味するのはただ一つ。


 「奴らは……我々など最初から眼中にないということか……っ!!」


 そう、舐められている。本気を出すまでもない相手。ただそれだけであった。


 国連軍が展開したユーラシア戦線は大敗を喫した。これを契機に世界各地の制空権は異星の侵略者たちに奪われることとなる。世界の秩序は崩れ去り、人類はただ滅びを待つだけとなった。


 煌びやかな夜景をバックに、高層マンションの一室で、皇凜音すめらぎりおんはスマートフォンを握りしめていた。画面越しに聞こえる恋人の声に、彼女の心は安らぎと同時に、拭い切れない不安を抱いていた。


 「来賀さん、お父様のことなら気にしないで。私も一緒に説得するから一緒に住も?」


 トライアドグループ会長令嬢として、何不自由ない生活を送る彼女だが、心の中には常に不安が付きまとっていた。

 それは最愛の恋人、神威来賀かむいらいがの存在。

 来賀は、ごく普通の大学生。凛音とは対照的に、平凡な暮らしを送っている。

 シェルター完備の高級タワーマンションである凛音の住居と、彼の住居はまるで待遇が違う。


 「あのね、来賀さん。今日の空襲警報、怖かった……」


 彼女の声は震えていた。空襲警報は今や日常茶飯事となっていた。


 「ああ、俺も共同シェルターに逃げ込む時、ヒヤッとしたよ」


 来賀は冗談めかしてそう言ったが、凛音の不安は拭いきれない。


 「来賀さん、もしも……」


 言葉に詰まる。もしも、来賀が空襲で死んでしまったら。そんな想像をするだけで、胸が張り裂けそうになる。


 「来賀さん……」


 彼女の瞳は自然と潤んでいた。嫌な想像はどんどん膨れ上がり、不安で押しつぶされそうだった。

 来賀は、そんな彼女の沈黙の意味を察した。


 「今度、君のお父さんに話そうと思うんだ」

 「え? それって……」


 凛音の心は期待に胸を膨らませる。もしかして、もしかして……と。


 「結婚しよう。こんな状況だからこそ共にいたい。俺も凛音と一緒にいたいんだ」


 その言葉は、紛れもないプロポーズだった。


 「……っ!」


 凛音は言葉を失った。驚きと喜びが、彼女の心を一気に満たしていく。

 込み上げてくる感情を抑えきれず、凛音の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


 「嬉しい……嬉しい……!」


 震える声で彼女はそう呟く。


 「うん、お父様は必ず説得します……!」


 そして頬を伝う涙を拭い、彼女はそう宣言した。

 来賀は、スマートフォン越しに聞こえる凛音の不安げな声に、精一杯の笑顔で応えた。だが、その言葉は嘘だった。

 異星人の襲撃によって、街は瓦礫の山と化し、来賀はマンションに取り残されていた。道路は寸断され、助けを求める術もない。もはや、生きてここから出られる可能性は限りなく低い。


 「じゃあ、また連絡する。愛してるよ、凜音」


 来賀は、最後の言葉を絞り出し、通話を切った。もう二度と、彼女の声を聞くことはないだろう。

 ほっと息をついた。心配をかけたくなかった。彼女が知ることはないだろう。スマホに映る彼女の名前を見つめ、静かに微笑んだ。

 窓の外を見る。外は暗く、アズゴアのサーチライトが不気味に輝く。彼の運命が待ち受けていた。

 彼は最期の時を昔の思い出に浸るために古いパソコンを開く。画面に映し出されたのは、『アポカリプスオンライン』のスクリーンショット。


 「アシェル……今頃どうしてるんだろうな」


 かつての思い出が心を温かく満たす。叶わぬ願いを胸に、来賀は静かに目を閉じた。


 アシェル。ゲーム内で知り合った、物静かで謎めいた男。いや男なのかどうか。


 始まりは些細なことだった。街の中心で一人寂しそうに佇む彼に、なんとなく来賀は声をかけた。

 ギルドに誘い、共にクエストをこなす日々。アシェルは鈍臭く、チャットの入力も遅かったため、ギルドでは馴染めなかったが、来賀とは不思議と気が合い、いつも一緒だった。


 そんな関係が続き、二人はゲーム内で結婚をすることになった。

 結婚といっても大したものではない。夫婦になると様々なボーナスがあるため、それ目当てで結婚するユーザーが大半である。

 来賀は冗談交じりに


 「いつも一緒だし結婚するか?」


 と話すと、アシェルは心底嬉しそうに


 「するsるします!おねgいましす!」


 と誤字混じりに答えたのが微笑ましかったのを今でも来賀は覚えている。

 ゲーム内結婚は同性でも可能。だがアシェルはわざわざ来賀と結婚するためにアバターの性別を変えた。雰囲気の問題だと本人は言っていたが定かではない。

 式は挙げられ、二人は周囲から祝福を受けた。それから以前にも増して二人でクエストをこなす日々が増えた。


 いつまでもそんな日々が続くと思っていた。だが別れは突如訪れる。

 運営会社が不祥事を起こし突然のサーバーダウン。アポカリプスオンラインから強制ログアウトされ、二度とログインができなくなってしまった。

 ゲームの関係というのは希薄なもの。ギルドの人々とは、それ以来関係を持つことはなかった。

 そしてアシェルとも……。


 来賀は、モニターに映るアシェルの笑顔を前に、遠い記憶に浸っていた。それは子供の頃の無邪気な思い出。自由で何にも縛られず、ただ純粋にゲームを楽しんでいたあの頃。

 いつからだろう。自分の人生にレールが敷かれたのは。優秀な成績、完璧な恋人、約束された未来。全ては周囲の期待に応えるため。


 「もう、頑張らなくていいんだ」


 今まで、彼は常に完璧であろうと努めてきた。しかし、それは本当の自分ではなかった。周囲の期待に応えるために、仮面を被り続けてきただけだった。本当の自分はもしかすると、アシェルの前にあったのかもしれない。

 来賀はため息をついた。もう、誰かのために生きる必要はない。


 「これで、やっと……」


 言葉は、そこで途切れる。

 来賀の目に、不時着した異星の船が映ったのだ。

 何者かが撃墜したのだろうか。小型の船だった。大きさで言うならば普通乗用車程度。来賀がじっと眺めていると、船のハッチが開き、操縦席が露わとなった。


 「え?」


 不思議だった。操縦席が無人だった。操縦桿やモニターがあり、無人兵器でなく明らかに人が乗るように設計されている。

 来賀は興味が湧いた。

 地球人がどう逆立ちしても敵わない技術の結晶。それが今、目の前にある。誘われるかのように、その船の操縦席に乗り込んでいた。


 操縦席は驚くほどにしっくりしていて、まるで長年乗り続けてきた愛車のようだった。

 その時、突如ハッチが閉まる。慌てて出ようとするが既に遅く、閉じ込められてしまった。


 「や……やば……ッ!」


 来賀は混乱し必死にこじ開けようとするがビクともしない。突然周囲が明るくなる。

 全周囲モニターだった。周囲の状況が見渡せる。壊れていると思っていたこの船はまだ生きていたのだ。

 そしてモニターに映るシステム画面。それはかつて自分が遊んだアポカリプスオンラインのUIと同一だった。


 「え、ゲーム……!?」


 アポカリプスオンラインは地球のゲーム。異星人が知るはずもない。来賀の思考が追いつかない。

 混乱の最中、さらなる衝撃を突きつける。見上げると、そこには空を埋め尽くす巨大な影があった。まるで逆さに浮かぶ都市のような、巨大な異星人の母艦だった。


 「は……はぁぁ……?」


 母艦の各部から、禍々しい光が放たれる。それは、巨大な魔法陣となって空を覆い、ゆっくりと都市へと降りていく。

 人々の悲鳴が、悪夢の到来を告げる。絶望が、街を覆い尽くす。


 「あ、あぁぁぁぁッ!!」


 来賀は叫んだ。理解不能な光景に、狂おしいほどの恐怖が心を満たす。

 魔法陣に触れたすべてが作り変えられていく。生き物全てが、ビルなどの人工物はそのまま残し、変容していく。悪夢を見ているかのようだった。

 何よりも恐怖なのが変容していく世界を、来賀は知っているのだ。

 これはアポカリプスオンライン始まりの地の景色。チュートリアルを終え初めて目にする景色。港町ルズビアから外に出た主人公が初めて目にするフロンティア平原。


 世界は変えられた。もう自分の戻る場所などどこにもない。


 いつの間にか母艦は消え、代わりに上空には禍々しいオーラを放つ見たこともない人型兵器がいた。絶望の化身のようだった。異質、異次元の存在。形容するならば黒い騎士。

 来賀が言葉を詰まらせる中、轟音と共に、数機の戦闘機が雲間から姿を現す。


 「こちらデルタ。指示通り目標地点に到達」


 国連軍部隊からの報告に、司令室は静まり返る。モニターに映し出された光景は、あまりにも異常だった。変貌した世界。何もかもが変わっている。


 「テラフォーミング……」


 学者の呟きが、重く響く。異星人は、この星を侵略し、自らの環境に作り変えようとしているのか。


 「ここにきて新型兵器だと……」


 司令官は、モニターに映る巨大な人型兵器を睨みつける。その大きさは、アズゴアの数倍。ビルに匹敵する巨体。識別コードは『ウルゲル』と決定した。


 「目標確認。アタックを開始する!」


 F―22は、勇猛果敢にウルゲルへと挑みかかる。機銃を掃射するが、その攻撃は装甲に弾かれ、火花を散らすのみ。


 「命中!標的の損傷反応なし!」


 続いてミサイルの全弾発射。それも無情に巨大な手のひらによって受け止められた。


 「じ、次元が違いすぎる!」


 パイロットは、恐怖に震える声で呟く。次の瞬間、ウルゲルの腕が不気味な光を放ち、巨大な剣が出現した。


 「剣……だと!?」


 司令部は凍り付く。原始的とも思えるその武器が、超科学の結晶であるウルゲルに装備されているという矛盾。理解を超えた存在に、恐怖が背筋を這う。

 ウルゲルは、超高速で飛行するF―22を追尾し、瞬時に距離を詰める。


 「ひぃぃぃぃ!」


 パイロットは必死に操縦桿を引くが、全てが遅すぎた。ウルゲルは音速を超えた一閃で、F―22を両断する。


 「ば、馬鹿な……」


 一刀両断。絶望の叫びが響き渡る間もなく、F―22は二つの黒い塊となって、無残な軌跡を描きながら地上へと落下していく。

 まるで虫けらのようだった。コクピット内のパイロットの悲鳴は、虚空に消え去る。


 「デルタ、応答せよ!デルタ!」


 基地からの呼びかけは虚しく空に消えていく。


 「撤退!全機撤退せよ!」


 司令官の絶叫が響き渡るが、もはや手遅れだった。

 ウルゲルは両腕を広げると、各部からビームが発射され、部隊全てが一瞬で蒸発した。

 空は瞬く間に地獄絵図と化した。人類の希望を完膚なきまでに叩き潰すかのように。それは、人類の無力さを象徴する残酷な光景だった。

 軍人の職務は国民の命を守ること。決して心折れるわけにはいかない。だが……だが……


 「こんな、こんなの……」


 アズゴアですらどうにもならないのに、更にその発展機『ウルゲル』の出現。アズゴアは斥候機。異星人の本格侵攻は、これからだということだ。

 勝てる気が、まるでしなかった。


 「我々に……どうしろというのだッッ!!」


 司令官は感情的に机を叩きつける。あってはならない態度。だが、誰が彼を非難できるだろうか。

 モニターに映るウルゲルは不敵に眼下を見下ろしていた。それは新たなる支配者の誇示か。指揮者のように手を振ると、ウルゲル周囲にアズゴアが数機出現する。散開し周辺を破壊し始めた。


 「もういやっ!誰か……誰か助けて……!」


 オペレーターの一人が涙声で叫ぶ。心の折れた音が聞こえた気がした。次々と報告される死亡者リストを眺めながら、絶望に打ちひしがれる。


 「なんなんだよこれ……!!」


 世界の崩壊。それを目の当たりにした来賀もまた嘆きの声をあげる。


 「見つけた、ずっと探していたよライガ」

 「ひぃ!?」


 声が操縦席に響き渡る。理解不能な事態が続く中、自分の名前を呼ばれて来賀は怯えながら周囲を見渡す。


 「ログインはしないの?」

 「ろ、ログインって……?」


 戸惑う来賀の言葉を遮るように、船体が大きく揺れた。アズゴアに見つかったのだ。ビームを放ち、閃光が視界を焼き尽くす。衝撃。轟音。

 その閃光は、船体を傷つけることはなかったが、シートに叩きつけられ、来賀の意識は朦朧とする。


 「がっ……!」


 衝撃に呻く。目の前にはアズゴアが迫る。その機械仕掛けの目は獲物を狙う獣のようだった。恐怖が全身を貫き、声にならない悲鳴が漏れる。

 巨大な手が船体を掴み上げ、不気味な光がアズゴアの頭部に集束する。それは死の宣告に等しい無慈悲な一撃を予感させる。


 死の淵に立たされた来賀の脳裏を、走馬灯が駆け巡る。積み上げてきた栄光。周囲からの期待。約束された未来。しかし、全てが色褪せていく。

 世界は変貌した。異星人の手により。もはやこの世界は自分の知る世界ではない。

 未来は潰えた。変貌した世界で、人類はこれから生きることができるのかすら分からない。それでも……


 「いや……だ」 


 来賀の喉から、絞り出すような声が漏れる。

 絶望の底、暗闇の中で来賀は自分自身と向き合う。これまでの人生で築き上げてきた仮面が、一枚ずつ剥がれ落ちていく。


 『こんな時間がずっと続いて欲しいな。僕はねライガ、君に……』


 残ったのは、剥き出しの魂。虚飾を捨て去った本当の自分。


 「俺は……俺はこんなところで……死にたくないッ!」


 来賀の瞳に何かが宿る。それは、絶望さえも焼き尽くす閃光のようだった。

 反射的に操縦桿を握りしめる。心が、魂が鼓動を打つ。自然と来賀は叫んでいた。


 「動けッッ!!『フィンブル』ッッ!!」


 なぜその名を叫んだのか、来賀自身分からなかった。

 次の瞬間、青白い光がコンソールを覆い尽くし、無機質な空間が瞬く間に複雑な計器類で埋め尽くされていく。

 船体が音を立てて変形する。装甲が展開し、外部フレームが組み変わる。現れたのはアズゴアとは全く異なるシルエットを持つ、流麗な人型兵器。白を基調とした騎士のようなフォルムだった。

 操作方法が脳内に流れ込む。まるで自分の手足のように動かせることを確信した。


 フィンブル。それがこの人型兵器の名称であり、昔の来賀のハンドルネームだった。


 アズゴアの動きが止まる。見知らぬ兵器を前に、困惑をしているかのようだった。

 フィンブルの腕が、アズゴアを掴む。

 アズゴアの装甲が凹む。圧倒的な出力の差。文字通りレベルが段違いだった。来賀はフィンブルの背中に装備された剣を引き抜く。


 直感的に理解した。この剣で、奴を屠るのだ。


 「死ぬのはお前だッ!アズゴアッ!!」


 フィンブルの剣が、アズゴアの装甲を貫き切り裂く。黒き異形は真っ二つに引き裂かれ、轟音と共に爆発した。

 ウルゲルがフィンブルの存在に気がつく。アズゴアの撃沈。それは人類初の戦果である。


 「なんだあの機体は!?」


 国連司令部に緊張が走る。モニターに映し出されたのはフィンブル。司令官は思わず席を立ち、モニターに釘付けになる。


 「騎士……様?」


 オペレーターがその勇姿を見て呟く。アズゴアを圧倒する姿はまるで伝説上の騎士のようだった。


 「翔けろフィンブルッ!」


 来賀の叫びに呼応するようにフィンブルの背部装甲は展開され大きく広がる。まるで銀翼のようだった。背部に搭載された推進装置が点火し飛翔する。その煌きが夜空を照らす。


 剣を不敵に上空で見下ろすウルゲルへと叩き込む。だがウルゲルはその一撃を手に持った剣で受け止めた。火花が飛沫のように撒き散らし、お互い一歩も譲らない。

 一切の隙がない。その動きはアズゴアとは異なり、洗練された剣技でフィンブルを翻弄する。まるで歴戦の騎士が若者を相手にしているようだった。


 「こいつ……!?」


 来賀の額に冷や汗が滲む。アズゴアとは明らかに違う。ウルゲルの戦闘能力は卓越していた。


 「ライガ、スキルポイント振るの忘れてる!僕に昔教えたことを忘れたの?」

 「さっきから何だ!?スキルってなんの話!?」


 先ほどからコクピット内に響き渡る声。意味不明で来賀を混乱させていた。


 「スキルポイントだよ、もーほらスキルオープンって宣言してスキルツリーを開くやつ。最初はバッシュがオススメだって言ってたじゃん」

 「なに言ってんだゲームじゃないんだぞ!?」


 来賀は思わず叫ぶが、同時に一縷の望みが頭をよぎる。


 (いや待て……それで何かが変わるなら)


 この状況を打破できるなら、何でも良かった。


 「わかった!スキルオープン!!」


 頬を染めながら叫ぶ。虚しい声がコクピット内に響き渡るだけだった。


 「何も起きないぞ!?」

 「あれー?おかしいなぁ、不具合?運営に報告しないと駄目かも。詫び配布とか来るかな、楽しみだねライガ♪」

 「来るわけねぇだろ!運営!?今、ここにあるのは現実なんだよ!!」


 半狂乱に叫んだ。ウルゲルがフィンブルを倒そうと剣を握る手に力を込める。しかし出力はフィンブルの方が上なのか辛うじて致命傷には至らない。


 「STRはこっちのが上だからね。ていうか駄目だよライガ、ステ振りもしてなくない?これじゃあジリ貧だよ」

 「STR!?」

 「え?やだなぁステータスだよ。STRとAGIとVITが基本で……」

 「知っとるわ、んなもんん!問題は!現実で!そんなもんどうやって振れるんだよ!!」

 「ステータスオープンだよライガ!」

 「うぉぉぉぉ!!ステータスオープン!!!!」


 叫んだ。だが何の反応もない。

 ウルゲルの剣撃が叩き込まれる。咄嗟に受け止めたが姿勢を崩す。更にそこに追撃の突き。鋭い切っ先がカメラの目の前で掠れる。少しでも反応が遅れていたら、来賀ごとコクピットを貫いていただろう。


 「ステータスオープンない!!」

 「あちゃーこれはメンテ確定だね……どうする?今日はいつものたまり場でチャットでもしようか」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れさっきから何なんだよお前はよぉぉぁ!!?」


 先ほどから無茶苦茶な指示ばかり。既視感はあった。謎の声はまるでこの世界がアポカリプスオンラインであるかのように指示している。

 揺れる計器。ウルゲルはその巨体に似つかわしくない動きでフィンブルの動きを翻弄する。


 「くそっ……動きが早い!」


 焦燥感が募る中、来賀は閃く。この機体がアポカリプスオンラインに準拠しているならば……。

 トリガーを操作し、モニターに表示されたウインドウを呼び出す。


 「スキルとは兵装!これがフィンブルの戦い方かッ!!」


 スキルウィンドウまで辿り着く。何をすれば良いかはわかっている。


 「スキルッ!オープンッッ!!」


 その言葉に応えるかのようにフィンブルの外部装甲が青白く光る。


 「……!」


 ウルゲルのパイロットは初めて動揺を見せた。フィンブルの変化が、明らかな戦力の変化が分かったのだ。

 来賀は剣を両手で掴み、そして叫ぶ。


 「レーヴァテインッ!ストライクッッ!!」


 フィンブルの剣が紫電を纏い、凄まじい勢いでウルゲルへと突き刺さる。それは、アポカリプスオンラインで数多のプレイヤーを熱狂させた、スキルの発動。


 「ぶちぬけぇぇぇぇえッッ!!」


 来賀の咆哮が轟く。稲妻の剣がウルゲルの装甲を溶断、内部へと深く食い込む。


 「貴様……ッ!」


 その時、ウルゲルのパイロットは初めて敵を認識した。フィンブルにではない。そのパイロットに。火花が散り、悲鳴のような轟音が響き渡る。ウルゲルの巨体が、限界を迎えたかのように大きく傾く。

 次の瞬間、大爆発。閃光が空を焦がし、衝撃波が大地を揺るがす。ウルゲルの残骸が、流星群のように大地へと降り注いだ。


 「正体不明の機体……」


 一部始終をモニターで見た司令官は呟く。だが、その表情は暗くない。むしろ、希望の光が灯っていた。


 「否、人類反撃の狼煙だ」


 拳を握りしめる。未知の兵器の出現は、絶望的な状況に一筋の光明をもたらした。この戦いは、まだ終わっていない。


 「うわ、うわわわ!」


 フィンブルはゆっくりと地上へと降りる。そこは変容した都市部だった。

 ハッチが開き、来賀はよろめきながら地上へと降り立つ。疲労困憊だが、それでも生き残ったという安堵感が彼を満たしていた。


 「はは……」


 力の抜けた笑いが漏れる。その時、聞き覚えのある声が響いた。


 「ライガ!」


 背後からコクピット内で聞こえた声が聞こえる。声の主が後ろに立っているのだ。


 「誰───」


 振り返った瞬間、半裸の女性に来賀は抱きしめられる。

 突然の出来事であること、そして既に立つことすらままならない来賀はそのまま押し倒されるように崩れ落ちた。


 「つっ……え……お前……アシェル!?」


 そこにいた女性はアシェルだった。アポカリプスオンラインで、結婚した彼女のアバターとまるで同じ姿をした。


 「ずっと待ってた、探してた。突然いなくなって、寂しかった!」


 涙を零しながらアシェルは来賀の存在を確かめるように抱きしめる。

 彼女はずっと来賀をサポートしていたのだ。しかしなぜ?姿形がアバターに似ているのも妙だった。


 「アシェル、お前は……」


 理由を問いただそうとしたとき、背後から足音が聞こえた。嫌な予感がして振り返る。

 絶句した。冷や汗が頬を伝う。


 「来賀さん……誰?その女……?なんで……お互いそんな格好をしているの?」


 凛音だった。

 そして凛音の言われて来賀は自分の格好に気がつく。自分もまた半裸だった。半裸で抱き合う男女。その意味は一つ。


 「無課金アバターだから?」

 「違うだろ!?」


 アシェルの言葉に思わず突っ込む。その言葉に目を丸くしたアシェルは訂正した。


 「はじめましてお姉さん。僕はギルド黒の騎士団のアシェル。来賀の……お嫁さんだよ」

 「はぁぁぁぁ!!?」


 信じられないことを言い出すアシェルに思わず来賀は叫んだ。

 凛音はアシェルの言葉を聞いて表情が凍る。絶句とはまさしくこのことだった。


 「そ、そうなんだ来賀さん、お、おめでとう」


 なんとか絞り出した言葉は、震える声での祝福だった。心の中は、嫉妬と混乱で嵐が吹き荒れている。


 「いや違うぞ!?いやあってるけど!待って!アシェル離して!いや力強いなお前!?」


 来賀は、アシェルに抱きつかれ、身動きが取れない。


 「STRは重要ステータスだってライガが……」

 「それゲームの話ぃぃぃ!!」


 叫びが虚しく響く。それは来賀の受難の始まりに過ぎなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

本作はバンダナコミックの公募用に仕上げた短編になります。

いかがだったでしょうか?感想、評価、ブックマーク、いいねがモチベに繋がりますので、もし宜しければお願いします。

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