魔法オタク
会場を出た私は、これからどうなるのだろうと不安になった。
廊下には驚いたことに、沢山の皇都警備兵以外に、法政官や裁判所の職員、私が収監されていた監獄の獄長もいたのだ。閻魔様みたいな巨体と髭の獄長は、真っ赤な制服に身を包み、その姿を見た瞬間。
――逃げなきゃ!
そう思ってしまったが、その私の手をヴィンセント第一皇子が掴んだ。
「今日という日まで身を隠すことができたということは、協力者がいますよね? その髪と、む……ともかく僕でも簡単に解除できない魔力を持った協力者が、いるのでしょう?」
「は、はいっ。その通りです」
「……それは男性ですか?」
「? いえ、女性です。見た目は六十歳ぐらいの姿ですが、本当はもっと若いはずで、森の魔女ルアンヌと」「何っ!?」
ヴィンセント第一皇子がいきなり私の両肩を掴み、顔を近づけるので、ビックリしてしまう。
「ど、どうされましたか!?」
「彼女は隣国の魔法使いです。……まさかケイトが隣国にいたなんて。そこにも驚きましたが、それ以上に。彼女は隣国では迫害されている身ですが、魔法使いとしてはとても有名なのです。彼女の弟子になりたいと願う魔法使いはとても多く……。ただ、見つけられないのです」
「そうなのですか?」
ヴィンセント第一皇子はため息と共に頷いた。
「森の魔女ルアンヌの住む隠れ家には、たどり着けません。彼女が自ら招かないと、その家には行けないのです。とても強固な魔法がかかっていると言われています」
「え、でも私は転移魔法で、これからルアンヌさんの家に戻るつもりです。一緒に来ますか?」
「無理だと思います。僕ははじかれ、森のどこかへ転送されるでしょう。……でも、手間が省けました。僕が水色スズランを栽培していたのには、理由があるのです」
ヴィンセント第一皇子は誘拐を恐れ、皇宮内で、インドア皇子として成長することになった。つまり武術に秀でているわけではない。代わりに自身の身を守るため、魔法を極めることにしたのだ。
魔法を極めるなら、森の魔女ルアンヌの教えを請いたいと、ヴィンセント第一皇子願った。だが彼女は相手が皇族や王族であろうと、自分が会いたいと思う人物にしか会うことがない。
そこで調べてみると、ルアンヌが何かの魔法薬を作るために、水色スズランを必要としていることが分かった。しかも魔法で作るのではなく、品種改良により、生み出す必要があったのだ。
水色スズランを品種改良で生み出せれば、大々的にニュースペーパーにも発表し、宣伝する。それがルアンヌの耳に入り、まずは会うところから始めたいと、ヴィンセント第一皇子は考えたのだ。
「森の魔女ルアンヌに会う手段として、水色スズランの栽培を始めました。でもあの日、初めて会ったケイトに声をかけられ、応援すると言われ……。それ以降は何かと干渉することもなく、放っておいてくれましたよね。それでもケイトはあのベンチにいつもいてくれました」
別に彼のためにあのベンチにいたわけではない。でも結果的にはそうなっていた。そうではあるけれど……確かに、頑張れ!とはずっと思っていたのは事実。エールは送っていたし、毎日会えると安心だった。遅れて来た時は、もう来ないかと心配していたので、安堵もしていた。
そうか。ヴィンセント第一皇子も同じように、感じていたのね。私と彼は同じ地味令嬢と地味令息として、あの頃、いい距離感を保てていたと思う。
「今思い出しても、あれはなんとも居心地のいい時間でした。お互い、それぞれ集中してやりたいことに取り組む。でも心の中でエールを送り合っている。そんなところが、とても好ましく感じたのです。ですから水色スズランが完成したら、まずはケイトに。その次に森の魔女ルアンヌに届けようと思ったのです」
卒業式に間に合う形で、水色スズランは完成した。でも結果的に、水色スズランが引き金になり、大騒動になり……。ここで再びヴィンセント第一皇子が平謝りになるのを制し、そして――。
「森の魔女ルアンヌに会ったら、伝えてください。水色スズランを僕が作ったことを。招いていただければ、いつでも会いに行くと」
「では私はルアンヌのところへ帰っていいのですか?」
転移魔法で逃げ帰る……つもりでいた。逃亡犯として牢屋に戻されたくないと思って。
「帰っていただいて大丈夫ですよ。書類上の手続きは済んでいませんし、事務手続きもありますが、免罪のあなたを牢屋に戻すなんて。ですから森の魔女ルアンヌのところへ戻っていただいて構いません。でも明日以降、皇都に戻ってきてください」
皇都に戻る……。それは手続きのために必要なことよね。でも皇都に戻るとなると、実家へ戻ることになる。例え無実になっても、両親はあまりいい顔をしない気がした。
「ケイト、よければ皇宮に来ませんか?」
「え……?」
「ケイトは、あの森の魔女ルアンヌに、魔法を習ったのです。どんな魔法を習ったか、いろいろ教えて欲しいと思います。つまり僕の補佐官に、なってもらえませんか? 主に魔法に関して。あとは……僕が女性に慣れるために。間もなく十八歳になり、僕も公務をこなす機会が増えます。エスコートする女性も必要です。でも、僕はケイト以外に触れるのは無理なので……」
「それは皇宮に、住み込みで補佐官として採用いただける……ということですか?」
ヴィンセント第一皇子は「そうです」と静かに頷く。
これは願ったり叶ったりの提案だった。
実家にはなんとなく戻りたくないと思っていたのに、住処と仕事を与えてもらえ、お給金もいただけるのなら。このまま自活の道が拓かれる!
「殿下、私が覚えているこれぞという魔法は、鼻毛魔法とヅラ魔法で……。転移魔法や変身魔法は、殿下は既にマスターされていますよね? それを教えるのでいいのですか?」
これにはヴィンセント第一皇子が、爆笑することになる。
珍しいアイスブルーの髪が、優雅にサラサラと揺れていた。
「実に独特の魔法ですし、個性的ですよ、それは。ええ、ぜひ教えてください」
ある意味魔法オタクなヴィンセント第一皇子なら、鼻毛魔法とヅラ魔法も、知識の一つとして知りたいと思っているのよね、きっと。
「それにしても殿下は、どうして私には触れることができるのですか?」
「それは……僕が知りたいぐらいです。ですがケイトとは二年間、僕にとっての程よい距離感で過ごすことができました。安心し、信頼できる相手になっていたのです。その上であの日、突然抱きつかれましたよね? あれがショック療法になったというか……。あんな風にされたら、すぐに腕で相手の女性を押し返しそうになるのですが、そうはなりませんでした」
ショック療法。確かに信頼していない相手では、本当にショックを受け、突き飛ばしてお終いだっただろう。でもきっとステップを踏めば……。信頼関係がある相手となら、きっとうまくいくはず。ちなみにあれは、抱きついたわけではなく、おめでとうのハグだったのだけど……。まあ、それはともかくとして。
「なるほど。分かりました。エスコートも私でよければ、協力します。……逆に私でいいのか心配なぐらいですが、事情もあるわけですから。全力でサポートさせていただきます!」
「では僕の補佐官になってくれるのですね?」「はい!」
こうして私は彼の補佐官になることを快諾した。
そして一度、森の魔女ルアンヌの所へ、戻ることになった。