Who are you?
「忘れてしまいましたか? 僕だよ、ヴィンです」
水色のスズランを開発した、あのヴィン!?
私と同じ、地味令息だと思ったのに!
「え、え、え、べ、別人ですよ!? 一体何がどういう!?」
完全にパニックになる私に、ヴィンはフッと笑う。
「僕は幼い頃に誘拐未遂にあってから、人見知りなのです。本当の身分を伏せ、君が通っていた学校に通学していました」
「つ、つまり身分を隠すために、変装をしていたということですか?」
「その通りです。僕をさらおうとしたのが、メイドに扮した女性だったので、特に女性が苦手でした。よってなるべく女性が嫌厭するような変装をしていた……ということにしておきたいのですが……。あの頃の僕は、外見に無頓着でした。水色スズランの改良に夢中で」
な、なるほど。あの頃のヴィンは私と同じ。人見知りであり、女嫌いで、外見に無頓着な地味令息だった。それがどうして今日は変装もなしなのかしら? あ、さすがに披露宴に参列しているから、身だしなみを気にした……とか?
「身だしなみの件よりも。ケイト、裁判に間に合わなくて、申し訳なかったです」
「……?」
「僕のあげた水色のスズランのせいで、毒殺未遂事件を起こしたと、思われてしまったのですよね? 君が犯人なわけはないのに」
ヴィンの発言には、いろいろとビックリしてしまう。
まず彼が責任を感じてくれていること。すごく真面目なのだと思う。
次に、私が犯人ではないと思っていることに、涙が出そうになる。
「ケイトがもうすぐ卒業と分かっていたので、頑張って水色スズランを育てました。急いで栽培したため、育てたのは一株だけでした。それを君にプレゼントしてしまい……。あの後、なかなか再び水色スズランが育たなくて。ようやく育てることに成功し、ケイトが無罪であると証明できる状態になりました。ところが肝心の君は、逃亡してしまったから……」
そこでヴィンはキリッとした表情になると、こう告げた。
「僕は、ランジェロとスティアナを許すことができません。ケイトに濡れ衣を着せ、罪人に仕立てて、沢山のお金をせしめた上に、自分達だけ幸せになろうとするなんて。ひどすぎます。特に、スティアナは、水色スズランが口に入り、具合が悪くなった、なんて嘘までついて……」
そういえばスティアナはそんなことを言って、水色スズランを足で踏みつぶしてしまったのだ。あれは証拠隠滅の意味もあったのかもしれない。
ともかくヴィンは、藍色の意志の強さを感じさせる瞳で私をじっと見た。
「決闘裁判を申し込むため、僕は今日、この結婚披露宴に顔を出しました。参列したくもないのに。反吐が出るぐらい、嫌だという気持ちを封印して。人見知りを克服し、ありのままの姿で、ここへ来ました」
「け、決闘裁判……!」
決闘裁判とは、この世界ならではのシステム。
前世の世界でも同名の裁判は存在するが、この乙女ゲームの世界では、意味合いが少し違うし、かなり過激だ。一度刑が確定した裁判の、やり直し裁判でもあり、冤罪を覆すための、画期的な裁判でもあった。
流れとしては、原告側は絶対的な証拠を用意した上で、被告側に決闘裁判を申し入れる。これを被告側が受け、敗訴した場合は、死刑。逆に原告側が負けると、それもまた死刑だ。ゆえにサドンデス裁判とも言われていた。
よっぽどの自信と証拠がないと、冤罪を覆す裁判ではあるが、利用されない。
「ヴ、ヴィン、その気持ちは嬉しいわ。でも万一があったら……」
「万一なんてないですよ、ケイト。百パーセント勝てる自信があるから、この裁判を申し込むのです」
それはそうだと思う。でも……。
「君はあの裏庭で、ただ座って本を読んでいるだけでした。ところが僕にとっては、女性嫌いを克服するための、いいリハビリでした。……リハビリにより、女性に対する嫌悪感は薄らいだものの。安心して触れることができるのは、ケイトだけですが。ともかくケイトは僕にとって貴重な存在でもあるのです。ですから君の名誉を回復するためにも、決闘裁判を申し込みます」
そう言うとヴィンは指をパチンと鳴らした。
「僕は、いつものケイトの方が安心です。ドレス以外は元に戻した……つもりでした」
ヴィンが私の髪と胸を見た。
そこでヴィンが指を鳴らすだけで、私の魔法を解除したことに気づく。でもさすがにルアンヌの魔法は、私なんかより強力なようで、解除できなかったようだ。
いやいやそれよりも!
「え、ま、魔法をヴィンも使えるのですか!?」
「はい。ケイトも使えますよね」
「それはそうですけど……」
この乙女ゲームの世界は、魔法がメインというわけではないはずだ。魔法を使える人間は、限られていると思う。それなのにヴィンはいとも簡単に魔法を使ったような。
そ、それよりも!
「わ、私、この姿では、逃亡犯として捕まります」
「大丈夫。それはさせませんから。……行きましょう」