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「おや、目覚めたかい。いいタイミングだ。パンは焼き立て、シチューも出来立て。寝間着のままで構わないから、こっちへ来るといい」


 声が聞こえたと思ったら足音がして、パタンとドアが閉じる音がした。

 ゆっくり上半身を起こすと、まるでログハウスのような部屋にいた。

 丸太の壁に、天井にはむき出しの太い梁が見えている。


 ベッドは天蓋付きなどではなく、シンプルなもの。掛け布をめくると黒猫がいたようで、ストンと床に降り、長い尻尾を振りながらドアへ向かい……姿が消えた。


 え……。


 幻?


 しばし固まり、目をこすって、「うんっ!」と声が出る。

 ガリガリだったはずなのに。

 胸が弾むのを感じる。

 そっと胸に触れると、柔らかい膨らみがあった。


 どうしたの、ケイト! あなたいつの間に脱・貧乳したのよ!?


 そのままベッドを降り、近くにあった姿見を見て「あらまぁ」と十八歳とは思えない声が出てしまう。まあ、これは前世の私の年齢と関係しているから、仕方ない。


 ケイトのブロンドは、強烈な縦ロールだった。でもそうなるのは剛毛な癖毛のせいだった。それが今はなんと。サラサラブロンドのロングになっている。


 これはもうビックリだ。


 手足は相変わらず細いままで。胸はちゃんとある。

 綿のレースもフリルもない寝間着を着ていても、なんだか様になっていた。


 一体全体どういうことなのか。

 その答えは「こっちへ来るといい」と言ってくれた老婆と思われる声の主に、確認してみるしかない。


 そこで私は寝間着のままでいいと言われたことを思い出し、早速部屋を出る。


 するとそこは、いきなり広々としたリビング兼ダイニングルームだった。

 丸い形の窓からは陽射しが降り注ぎ、沢山の木々が見えている。

 部屋の左手の木のテーブルには、焼き立てのパンにシチュー、豆のサラダや果物が並べられていた。


 美味しそうな匂い……。


「さあ、そこに座るといい」


 老婆……あれは山賊に襲われた時に、突然現れた魔女のようなおばあさんでは!?


 グレーのフード付きのローブを着ていて、髪は白が混じりでお団子のひっつめにしている。しわだらけの顔だけど、口紅はちゃんとつけていた。


「あ……」


 手にミトンをつけ、黒い鍋を持ち、その中にはトロトロのチーズが入っている。それを焼き立てのパンに、おばあさんはかけた。


 もうごくりと喉が鳴る。足が勝手にテーブルの前の丸太のベンチに向かう。きちんと両手を揃えて腰かけると「では食べるかね」とおばあさんが言って、食事がスタートした。


 おばあさんの名前はルアンヌ。そして見た目通りの魔女だった。私が山賊に襲われた辺りからは、かなり離れた森に住んでいたが、彼女は未来さえ見通せる不思議な水晶玉を持っていた。


 その水晶玉で、大ピンチな私を発見してくれたのだ。そして魔法を使い、あの場に現れ、レスラーのような山賊たちを全員、なんと木の実に変えたという。


「あたしゃ殺生はしないからね。木の実となり、あそこで芽吹くものもいれば、動物に食べられ、どこか別の場所で育つものもいるだろう。木はね、自分で何もできない。黙ってそこで時を過ごす。無力な自分を感じるうちに、悟りを開き、次の転生では善良に生きることを誓うだろうよ」


 森の魔女ルアンヌは、まるで禅僧のようなことを言う。


「山賊たちがどうなったのかは分かりました。……私は一体どうなっていたのでしょうか?」


「ああ、お前さんはボロボロだったよ。体の方はすぐに魔法で回復できた。ガリガリの痩せ過ぎだったから、ちょっとサービスをしておいたけどね。でも問題は心。……まったく。お前さんの心はズタボロだ。こういう時はね、みそぎが必要なんだよ」


「禊、ですか?」


 ルアンヌによると、理不尽に傷つけられた心の傷は、一生残る。でも傷をつけた相手は、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、傷をつけたことなんて覚えていない。


「お前さんが禊をするつもりはなくても。そんなヒドイことをした奴らがのうのうと生きて行くのは、あたしは納得がいかないね。悪意ある行為には天罰が下らないと、やっていられないじゃないか。ぎゃふんとさせないと、繰り返すよ、同じことを」


 つまり悪党は野放しにしておくと、悪さを繰り返すと言うのだ。


「ルアンヌさんは私に何が起きたのか、ご存知なのですか?」


「あらかたはね。水晶玉で見ていたよ。まったくヒドイ裁判だった。でもあたしは森の魔女だから。森からは出られないからね。でもお前さんが森にやって来た。これも運命だと思って助けることにしたのさ」


 ルアンヌは、かつては上流貴族の令嬢だったという。だが魔法を覚えたことで、忌まわしき魔女と国外追放され、国境にある鬱蒼としたこの森で暮らしていた。


 国境。


 どうやら私は隣国まで越境していたらしい。これには驚きだ。


 そしてルアンヌはこの森で一人暮らしをしており、実年齢はかなり若いようだ。ただ、一人暮らしの若い女性なんて、しかも森の中では、危険な目に遭う可能性が高い。よって見た目を老婆に、60歳ぐらいに変えているのだ。


 そうまでして森で暮らすのは大変そうに思えるが、とにかくルアンヌは魔法を使える。しかもその魔力は相当なもの。よってルアンヌは森での一人暮らしを満喫していた。


「お前さんは目的地がある。そこへ向かえば、きっと幸せになれるだろう。だがね、あたしが見通した未来では、お前さんの幸せの道筋は一つだけではなかった。禊をすることが、もう一つの幸せの道も切り拓く」


 一体、ルアンヌはどんな未来を見たのだろう?


「禊をすると言っても、お前さんは悪さをしたわけではない。でも今も咎人である状態は変わっていない。だから禊をして、無実の罪とは綺麗さっぱり決別するのさ」


 そうだ。今の私は脱獄した逃亡犯という扱い。

 こんな身分で乳母だったキャシーに会いに行っても、彼女は優しいから私が滞在することを許してくれるだろう。でもいつ追っ手がくるかとビクビクして暮すことになる。何より、それはキャシーに心配をかけるだろう。


 そんなことは……したくなかった。


 だったらルアンヌの言う禊を、やった方がいいのではないだろうか?


「禊としてどんなことをすればいいのでしょうか?」


「そうさね。お前さんもあの子に通じるタイプだろうから……」


 そこでされたルアンヌの提案には、もうビックリ!

 ルアンヌは特別に私へ二つの魔法を教えてくれると言った。


 一つ目の魔法は……鼻毛魔法。


 え、鼻毛!?


 鼻毛魔法は二つの鼻の穴から、茂みのようにぶわっと鼻毛が生える魔法で、しかもその鼻毛はカットしてもすぐに伸びる。でもちゃんと呼吸はできるという。一生この状態が続くので、自身がやった罪を、棺桶で横になる時まで忘れないだろうと、ルアンヌは言うのだ。


 こんなふざけた魔法でいいのかしら?と思うけど、ランジェロは常々自身の容姿の美しさを自慢していた。確かにこの魔法によりその自尊心が折れ、私に濡れ衣を着せたことを……一生後悔すると思った。それに大怪我をさせたりするのは、さすがに気が引ける。そうなるとこれは丁度いいかもしれない。


 さらにもう一つの魔法は……。もう、これまた驚いたのだけど、それはヅラ魔法。


 ヅラ魔法は、相手の髪を即座にヅラ=カツラに変える魔法だ。生えている髪はヅラになり、頭皮はツルツル。だからちょっとでも動けば、ヅラは落ちる。


 しかもこの魔法は呪いでもあるという。つまり、こちらは鼻毛と違い、髪はもう生えない。これはやりすぎではないかと思い、ルアンヌに尋ねると……。


「お前さんもまたお人好しだね。お前さんは貴族の令嬢だった。それなのに牢屋に入れられた。無実の罪で! 令嬢で牢屋にいれられるなんて、よっぽどだよ。それに心だって十分、傷ついた。一生癒えない傷を負ったんだ。髪が生えたら、すぐに忘れる。で、また悪さをするさ。ヅラ魔法が行使された人間は一生、髪は生えないよ」


 もう最後はバッサリ。容赦ない。

 でもヒロインは欲しがりだった。人の婚約者が欲しい。水色のスズランが欲しい。きっとぎゃふんとさせないと、これからもずっと欲しがり続けるだろう。


 こうして私は、前を向いて進むために、鼻毛魔法とヅラ魔法を会得するため、ルアンヌの家に置いてもらうことになった。魔法の修行込みで家に置いてもらうのだ。代わりに家事は私が請け負った。家事に加え、ルアンヌの使い魔の世話も私の担当だ。そう、あの、黒い猫。あれはルアンヌの使い魔だった。

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