起死回生?
奇跡的に脱獄をしたものの、伯爵家の令嬢としてインドアで育ったケイトに、外の世界との接点は少ない。頼れるようなクラスメイトもいなかった。唯一の味方だったアンリに会いに行くことも考えたが、貴族の屋敷があるエリアに行くのは危険だ。私の脱獄はバレているだろうし、警備隊が実家は見張るはず。
それに住み込みをしているアンリに会いに行っても、家族に見つかれば、通報されるだろう。もはや厄介者の犯罪者。という扱いなのだろうから。
そうなると、アンリの母親でもある、私の乳母だったキャシーを訪ねるのはどうかしら? キャシーは出稼ぎでこの皇都に来ていたわけで、家は地方領の男爵家だったはず。馬車の移動では三日かかると聞いていたが、行けないこともないだろう。
そもそもこの皇都にいること自体が危険だった。
バレたら即牢獄!
キャシーの屋敷を目指そう。
そう決めた私は、馬車乗り場で交渉を行った。ひとまず今日の日没までで行ける宿場町まで、向かってもらうことにした。今はお昼過ぎ。皇都のはずれまではいけるはずだ。何人かの御者と話し、交渉が成立。前払いで払うように言われ、残りのお金は……そう多くはない。
脱獄するのに三つあった宝石の一つは使い、もう一つは換金した後、身支度を整え、馬車を雇うので結構使うことになった。みすぼらしい姿をしていれば、逃亡犯と思われてしまう。よってきちんとしたローズ色の上品なドレスを着て、羽根飾りのついた帽子も被っている。馬車も貴族が使用するランクを選んだ。我ながら頑張ったと思ってしまったが……。
伯爵家の令嬢として育ち、外の危険さに対する認識が甘かった。
貴族が乗るような馬車で、長距離を移動する時は、御者に加え、護衛の騎士をつけるのが通常……なんて知らなかったわけです。夜間の人気のない森や山を移動しなければ、大丈夫だと考えてしまった。
その結果。
今思えば、御者もグルだったのかもしれない。貴族が乗っている馬車だとすぐにバレ、日没前のまだ少し明るい時間だったのに。人里離れた森の中を進んでいる時に、山賊に襲われた。だが襲った山賊もガッカリだったはずだ。何せ手持ちのお金はそうなかったから。現金は奪われたが、残り一つの宝石が山賊に見つかることがなかったので、安心していると……。
「この女自体が売り物になるだろう。なんだかガリガリしているが、まだ若そうだし、娼館にでも売れば、いくばくかの金にはなるだろう」
そう言って山賊にさらわれそうになった。
これは……非常にまずいと思います! どう考えてもレスラーみたいなガッチリした体型の男が何人もいるのだ。腕力で太刀打ちできない。隠し持っている宝石を差し出したところで、逃がしてくれる気はしなかった。ケイトは……婚約者とヒロインに散々な目にあわされた。せめて乳母のところまで行き、そこで密やかに生きていければと思ったのに!
再び思う。ゲームの神様は、悪役令嬢に厳しすぎる……。
抵抗しようとしたが殴られそうになり、おとなしくすると、担がれどこかに運ばれることになった。詰んだ状態で覚醒し、起死回生を図ったつもりが、こんなことになるなんて。
そう思った時だった。
「お前さん達、若いお嬢さんをどうするつもりだね? 若い芽ってのは摘むのではなく、育てないとならないんだよ」
「なんだ、貴様は!」
しわがれた声がするが、男に担がれている私は、その声の主が見えない。どうやら助けの一声が上がったようなのだけど……。どう考えても老婆。無理だと思う、老婆にこの山賊たちの相手は。
「おばあさん、お気持ちだけで十分です! 太刀打ちできないと思うので、逃げてください!」
「うるせぇ、お前は黙っていろ」
そう叫んだ私を担いでいる男は。
いきなり私を物のように投げた。
枯れ木のようなケイトの体は、そのまま木の幹に激突。
目の前が暗転する直前に見えたのは、グレーのローブ姿の老婆。まるで魔女みたいだと思い、意識が途切れた。