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叶わぬ願い

 私がお世話になっているホスピスの玄関前に立つソメイヨシノも薄紅の花に埋もれている。ヘルパーさんに付き添って貰い、お花見をして小さい春を楽しんでいる。

 ここに来て小説を書いているが、全くの自己流だから、小説なんて言えるものか分からないけど、いつ、あの世に行くか分からないためやりたいことはしておこうと思う。

 彩斗さんに恋をしてからラブストーリが書けるようになった。いつも彼がモデルのイケメン救急救命士が出て来る。恥ずかしいことに、彼に会うまで救命士という職業があることを知らなかった。

 だから、せめて作品を通して救急救命士という仕事を少しでも、理解してもらえたらと書いている。

 先日、完了した小説は年下の若い彼を私がモデルの高齢者の女性が好きになる話。唯ひとつの彼女の願いは、たった一日でも良いから、彼に見合う若い娘になること。

 そして、普通にデートすること。手を繋いで歩いたりカフェでお茶したり、食事したり、海辺を散歩したり……。

決して叶うはずのない、おとぎ話を小説の中に込めた。

 昔、助けてくれたお礼に3つの願い事を叶えると言ってくれた、天使のエルちゃんに頼めば、叶うかも知れない。

 しかし、自分の願いは聞いてもらえない。自分以外の人の願い限定なのだ。

 だから、若返ることは絶対不可能で、当然ながら諦めざるを得ない。せめて、小説の中でだけでも若い娘になるしかない。 

 桜の季節から新緑が眩しい季節に入った頃、エルちゃんが訪ねて来た。いつもの愛らしい微笑みをたたえて。淡い黄緑の半袖のワンピースに白いポシェットを斜め掛けにして、お揃いの、足の甲に白いベルトのある靴を履いている。いつ見ても可愛いらしい姿だ。「こんにちは。ミカさん」「こんにちは。エルちゃん。いつ見ても可愛いわ」「ありがとう。ミカさんもお綺麗よ」もう65才にもなるのに嫌だと言うと「なぜ?ミカさんは、いつもキラキラと輝いていてお綺麗なの。年齢は関係ないの」「嬉しい言葉ね。本当にありがとう」

 エルちゃんにそんな風に言って貰えるのはありがいが、鏡に映る私は紛れもなく老婆だ。若い男性からは女性とはみなされない年齢だ。ここにいる男性ヘルパーさんの接し方を見ていれば、はっきり分かる。段差もないのに歩けば「気を付けて」と言われるし、不自然に大事にされる度、やっぱりおばあさんなんだと思う。まだ、自分では年寄り扱いされる程年寄りとは思っていないのに悲しいことだ。自分ではまだ若いと思っているのに、電車で席を譲られて、がっかりした時の気分だ。

 彩斗さんは優しい人だから入院中も年寄り扱いされなかったけど、おばあさんに好きと言われてさぞ困ったと思う。

 「今日、ミカさんに会いにきたのは彩斗さんが、お願いされたことを伝えに来たの」

いったい彼は何をお願いしたのだろうか。

とても気になる……。

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