母の願い
救急車で運ばれた病院で出逢い、好きになってしまった彩斗さんの願いは、救急隊員になること。
救急救命士の国家資格を得るための勉強を大学でした後、国家試験に合格して、今は病院救命士として勤務している。いつも、更に高みを目指し、向上心を忘れない彼は素晴らしい。私も同じタイプだから、全て共感出来る。彼の次なるステップが、救急車に乗務することなのだ。その為には、地方公務員試験を突破しなければならない。その試験はかなり、厳しいと聞く。目下勉強中だが、愛していても65才の私が彼の為に出来ることはそれくらいしかない。
私はエルちゃんに頼もうと決心する。心で強く念じれば会えると聞いている。
早速、来てくれた彼女に彩斗さんの事を話す。
「よく分かりました。OKです」といつもの愛らしいエルスマイルを見せてくれる。
「実はね。ミカさんのお母さんが亡くなる前に、お願いをされたの」
「どんな?」
「ミカさんが今まで経験していないことをさせてやりたいと言われたの」
そう言われて思い当たることがひとつある。
私は好きな人としか、交際も結婚もしたくなかったが、やっと出会ったそんな人に限って結果的に縁がなかった。
だから、本当に愛されていたのか良く分らないまま、ここまで来てしまった。母にはその事を話していたから、何とかしてやりたいと思ったのだろう。
「私はお母さんのお願いを神様にお話したの。神様はお母さんの寿命を長く出来なかった代わりにと、お願いを聞いて下さったの」
「有難いことだわ。神様、エルちゃん、有難いございます」
「ミカさんが最愛の彩斗さんと巡り会ったのはお母さんの願いが叶ったからなの」私は亡くなる寸前にも娘のことを気にかけ、願いを叶えてやろうとする、母の愛情に改めて感謝した。
「だから、彩斗さんはミカさんの理想の人だったでしょう」エルちゃんは得意満面で言う。本当にその通りだ。母は私の好きなタイプをよく知っているし、きっと、彼を愛すると思ったのだ。幾つもの必然が重なって、あの夜私は彼に出会った。それだけなら、格好良い青年がいただけで終わったが、彼が私の世話をすることで、話す機会が出来た。
話し易い人でもあり、色々と話せたし、彼の人となりがある程度分かり、より好きになる。全てが良い方に向き、母の思惑どおり彼を愛した。
今まで、''好き,,はあったが"愛している,,とは一度も思ったことはない。なぜ、彼を愛していると言えるのか。それは彼の優しさを知ったから。年齢の離れた私に、優しさを実感させてくれたから。こんなこと初めてのこと。昔、結婚まで二人で決めた人でさえ、優しさを感じたことはない。自分の思い通りにしたい人だったから、若い私は黙って合わせることが、彼への愛情だと勘違いしていたのだ。私のことを心配し、気遣い、困った時に頼れて、励ましてくれる彩斗さんに、初めて愛を感じた。それは、私が一番気にしている年齢を乗り越えて、私の想いを受け止め、理解したうえで返って来るという幸せ。
長く生きてきて初めて味わう安らぎであり、幸福感だった。