シンデレラ
彩斗さんが良く行くと言うスタバを出て、私の自宅マンションに着いたのは、午後11時5分。
本当の姿に変わるまで55分だ。
「話したい事があります」
彩斗さんが言うので、マンションのエントランスのソファーに並んで座る。
「今日は本当に楽しかった」
「私の方こそ幸せで怖いくらいでした。本当に有り難うございます」彼は私の方に向きを変えて座ると、ゆっくり言葉を選びながら話し始めた。
「日付が変わればミカさんは元の姿に戻るけれど、嘆かないで欲しい。何歳であってもミカさんに変わりはないし、その本質は同じだと思う。逆に、年齢を重ねたミカさんだから、若い時より更に、人に対して寛大だったり優しかったり出来る。いつも優しくて、前向きで僕を理解し、応援してくれるミカさんが好きですよ」私は何も言えなくて唯、泣くのをこらえた。
1年前、退院する朝、お別れに来てくれた彩斗さんの手を思わず握ったように、今夜も彼の手を握って、泣きながら「有り難う。有り難うね」と言った。
「この2日間の事はあの世に行っても忘れません。何よりも大切な宝物です。すべてあなたのお陰です。本当に有り難うございます」
「お役に立てて良かったです。僕も楽しかった。また、デートしましょう」
「彩斗さん、冗談きつい」
「本気ですよ。嫌ですか?」
「嫌な訳ないでしょう。でも、今度は親子か祖母と孫に思われますよ」
「不愉快?」と聞くので、
「いいえ。格好良いイケメンの息子か孫でしょうと自慢します」
「それは嬉しいな」彩斗さんは微笑んでそう言う。限りなく優しい人だ。
彼を愛している私を誉めたいと思う。
砂時計の美しい砂は着実に無情にも落ち続けている。
残り少なくなると、落下速度は増すようだ。
あと15分。
私たちは立ち上がる。私の部屋へのエレベーター前で止まる。
最後に彩斗さんは、私の細い肩に手を置くと抱き寄せる。私は柔らかい雲の上にいるようで、目を閉じて彼の胸に身を預ける。私の心臓の鼓動が砂時計の落ちて行く砂の音に重なる。彩斗さんはそっと身体を離すと、私のおでこにチュッとしてくれる。
思いがけないサプライズプレゼントに
"もう、死んでも良い,,心からそう思った。
エレベーターのボタンを押す。
今、午後11時54分。
ゆっくりエレベーターは降りて来る。扉が開き私は乗り込む。"アガル,,のボタンを押し続けている彼に「彩斗さん、有り難う。愛しています」と言った。
彩斗さんはにっこり微笑むと「僕も愛しています」と返してくれた。扉は音もなくスローモーションのように閉まって行く。小さく右手を上げる彩斗さんの姿が月みたいに欠けて行く。
エレベーターの扉が再び開いたとき、ジャスト午前0時。
シンデレラの魔法が解けたように、私は本当の姿の65才に戻っていた……。




