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夢の時間

 天使のエルちゃんのお陰で、私は25才の、愛する彩斗さんに見合う22才に戻れることになる。大学生だった頃の写真を実家から持参したアルバムから探す。

 肩までのセミロングヘア、今より少し細くて、ウエストは58センチ、小柄なのが最大のコンプレックスだったが、出るべき所はちゃんと出ていたし、スタイルは申し分なかった。顔も自分で言うのもなんだが、きれかわと言われていたし、若い頃は結構良くもてた。

 彩斗さんが連休の日を選びエルちゃんが私の実家にやって来た。今居るホスピスには2日間、実家に帰る許可を頂いた。

 その日の朝、エルちゃんが呪文のようなものを歌うように唱える。目を閉じていた私に「いいわよ。ゆっくり、目を開けて」言われる通り、目を開けると私は大声を上げて泣いた。大きな姿見に映るのは紛れもなく、22才の、若くて、美しくて、可愛い私だった。泣き止むと鏡の中の私に「お久しぶり。若い私。会いたかった。今日はよろしくね」と挨拶した。

「ミカさん。とっても素敵。すごくお綺麗よ」エルちゃんも目に一杯涙を溜めている。

「ありがとう。エルちゃん。本当に夢みたい。夢じゃないのよね」

「夢じゃない。本当のことだよ」

 早速、薄くメイクする。しわも目の下のいやなたるみも法令線も頬のたるみもしみもない。艶と張りのある顔にまた、涙が滲んでくる。若さとはなんて有難いものかと痛感する。若い時はこれが当たり前と思っていたし、いつかはおばあさんになるとは分かっていても、遠い遠いことだし、実感など全くないし、自分だけは年を取らない、永遠にこの若さと、美しさが続くような気がしていた。それはそれで、若さの特権だし傲りでもあるから良いと思うけど、悲しいかな、ひとはやっぱり年をとり、老いるものだ。当たり前のことを感じながらメイク完了。

 次はファッションだが、今時の女の子がどんなものを着るのか、それより、彩斗さんが何を好むのか分からない。

スマホを検索して、エルちゃんと一緒に近くのデパートへ洋服を買いに行く。ラフなスタイルが良いだろうと、ブランド物の、白のパーカーと、淡いグリーン地にサーモンピンクの小花模様の膝丈のセミタイトスカート、長い間はいたことのなかった、同じく白いスニーカー。長い髪も後ろでひとつにまとめた。

 これで準備完了。

彩斗さんがジムに行くのを待ち伏せするしかない。

「でも、彩斗さんが私を気にいらなかったらどうするの?」とエルちゃんに尋ねると「それは大丈夫。天使のお友だちの愛のキューピッドのリリちゃんに、彩斗さんがミカさんを好きになるようにしてもらったから」

 正午になるのを待って私は彩斗さんの通る道にスタンバイした。

 自転車に乗っている私が彩斗さんの目の前で転び、彼に助けられるという設定。救命士だから100%手を差し伸べると思う。もくろみ通り彼は優しく、私を起こすと「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」と心配そうだ。足首を少しひねったと大芝居する。足首を見て「大したことはないけど、大事をとって少し休んで様子を見ましょうか」すぐ側の喫茶店に入る。自転車は彼が押して店の駐輪場に置く。彩斗さんはジムに行く時間を遅らせると言う。私に優しいのは何より嬉しいが、他の女性にも優しいなら、かなり心配だ。

 テーブルに着くとレモンティーとコーヒーをオーダーする。「お砂糖は要りませんね」と言ってから、しまったと思った。初めて会うのに変だと思われる。

 でも、彩斗さんはそんなことより、私の足首を気にしている。なんの気兼ねもなく、大威張りで彼の顔が見られるなんて、嬉しくてまた、泣きそうだ。彼の奥二重の大きな、可愛い瞳が、さりげなく私を見ている。私ははっきりした、二重瞼は昔から好きではなく目元涼しい奥二重の人が好きなのだ。小さい顔に目、鼻、口がバランス良く詰まっていて、顎の細い男性が好みなので、彩斗さんは正に理想のお顔。今風の頭が小さく足が長く、背が高くこちらも理想どおり。65年生きたが、初めてというか、やっと出逢えた男性だ。

 だからこそ、自分の年齢を嘆かざるを得ない。もっと若ければ、彩斗さんと一緒に居られる年齢であればどれほど良いか。彩斗さんに申し訳ないし、第一、嫌がられて当然だから、会いたいなんて言える訳はない。じっと我慢してこの1年を過ごした。たまに来る返信メールだけを生きる支えにして。

 だから、今日だけはなんの悩みも持たず、素直にこの夢の時間を楽しみたい。二度と経験できない夢の時間を。

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