第4話 質問と鏡と本当の姿
「ゆうくん! わからないところあるからちょっと教えて?」
授業終わり、真宵が国語の教科書とノートを持ってきて近づいてきた。
1カ月近く休んでいたからさすがの真宵でもわからないところがあったのだろう。
「いいよ。どこがわからないの?」
いままで真宵に追いつくために必死だったから、学力は学年トップクラス、のはず。
ついに才女の真宵に頼られる日が来たのかと思うと、思わず涙が出てくる。
「ゆうくんの女の子の好きなタイプについてなんだけど……」
「えぇ?」
思ってた質問と違った。
ノートはともかくその教科書はいったいなんだ。国語の教科書で俺の心がわかると思っているのか。
「えっと、どうして急にそんな質問を?」
「あのさ、これは友達の友達の話なんだけど、聞いてくれる?」
「え? まあいいよ」
質問を質問で返されてしまった。
というかこれ絶対に真宵の話だ。友達の友達は他人といっても差し支えないだろう。
さっきの会話の流れを考えると恋愛関係の話。他人の恋愛事情に口をはさむほど真宵も子供じゃないはず。
「その子は、好きな男の子がいるらしいんだけど、自分に自信がないらしいの」
「ほうほう」
真宵の好きな人か……僕だったらいいのに。それだったら両想いでハッピーエンドだ。
「自分なんかのことを好きになってくれるかな、みたいなことを考えちゃうの」
「真宵もそんなこと考えるんだなぁ」
「そうそう……って私の話じゃないよ!? あくまで友達の友達の話だから!」
普段の完璧才女の姿とは一変してボロが出ている。
真宵の好きな人の話を聞いて少し胸が傷つく音がしたが、気にしている場合じゃない。
幼馴染として彼女を応援してあげなければ。
「それで、なんで俺の好みのタイプを聞いてきたんだ?」
「それは……」
真宵は顔を赤くして黙ってしまった。
そんなに恥ずかしい理由なのだろうか。
もしも、俺のことが好きだったら……なんて考えてしまうが、俺と彼女では釣り合っていない。
「今は秘密! また今度機会があれば教えてあげる!」
「いつになっても教えてくれなさそうだけどな」
「そんなことないよ!」
真宵は俺の額をツンっとつついて俺の席と対角線上にある自分の席に戻っていった。
真宵の好きな人はきっと幸せ者だろう。
もしも真宵の恋が成就したら、俺はちゃんと祝福しなければ。
嫉妬なんて感情を持っていいほど俺は偉くない。
いつか彼女に見合うほどの人間になったら、その時は自分から気持ちを伝えよう。
――たとえ、気持ちが実らなかったとしても。
「かがみよかがみ。本当の私はどこにいるの?」
「何やってんだ?」
階段を降りようとしたら、踊り場にある鏡に向かって話しかけている真宵がいた。
「私って鏡に姿が映らないからさ。だから鏡さんに本当の私はどこにいるのかなって聞いてたの」
吸血鬼は魂とのつながりが薄いから鏡に映らない。
ネットで調べて見つけた話だけど、本当に映らないとは。
階段を下りると、確かに鏡には俺しか映っていなかった。
鏡に話しかけるとか、真宵は時折変わったことを言う。いわゆる不思議ちゃんだ。
それが真宵のいいところであり、人気になっている要因のひとつでもある。
俺は真宵のそばまで近寄り肩を触る。
「どこにいるもなにも、真宵はここにいるだろ。俺はこうやって真宵に触れるし、真宵の姿が見えてる」
「確かにそうだけど……」
真宵はどこか腑に落ちないような表情をしており、正面にある鏡を見つめていた。
同じように鏡を見つめて、映っている景色を見る。
「俺はむしろ鏡になんて映らない方がいいと思ってるけどね」
「なんで?」
「偽物なんていない方がいいだろ? 鏡に映った自分はどうしても偽物に見えちゃうんだ。鏡に映らなければ、本物しかいないから、幸せってわけだ」
自分で屁理屈を言っているのはわかっていたが、俺はどうしても真宵を助けたかった。
真宵の紅い瞳は、助けを求めて彷徨っているような気がした。
「ふふ、それもそうかもしれないね」
真宵は先ほどまでの寂しそうな表情とは一変して、優しい笑顔になっていた。
「なんで急に笑ってるのさ」
「ゆうくんがいつもより優しいなって思って」
「なんだよそれ」
返事をする口が自然と緩む。
真宵は階段を駆け上がって振り向いた。
「そろそろお昼食べようよ! お腹すいてきちゃった!」
その笑顔にはさっきまでの曇りは一切なかった。