第2話 未練と牙と鮮血
学校から帰り、俺たちは同じ部屋で話し合っていた。
真宵の部屋はもう解約してしまったから、中には入れないらしい。
しばらく一緒に暮らすことになりそうだ。ちょっとドキドキする。
「調べたんだけど、吸血鬼って未練があるとなるらしいの。やっぱりこれってゆうくんのせいなんじゃないかなぁ」
「でも未練があるやつが吸血鬼になるんだろ? つまり真宵は俺に未練があるということに……」
真宵は顔を真っ赤にして俺の口を塞ぐ。
核心をついてしまったみたいだ。
「この話はおしまい! そんなことより、ひとつお願いがあるんだけど、ゆうくん聞いてくれる?」
「なんだよ」
首を傾けて聞いてほしさを強調している。
真宵からなにか頼み事なんて珍しい。
彼女はいつも何かあったら自分で片付けていたから、俺のことを頼るなんて、よっぽどの事なんだろう。
「私、吸血鬼になっちゃったからさ。誰かの血を吸わないといけないの」
そう言って白くて鋭い牙を見せてくる。
言葉を聞いて何となく察してしまった。
要するに俺の血を吸わせろ、ということだろう。でも、なんだか嫌な気分はしなかった。
むしろ他の奴の血を吸ってる姿を想像したら、なんだか嫌な気分になる。独占欲ってやつかもしれない。
「いいけど、なんか変なことになったりしないよな? 例えば物語でよくある、吸われたやつも吸血鬼やら眷属やらになるとか」
真宵はにやっと笑った。
「そんなの私が知ってるわけないじゃんか~」
「それもそうだな」
よく考えたらそうだ。真宵は吸血鬼になったばかりだし、まだ前例を知らない。他に吸血鬼がいるかも分からないのに、そんなこと言われても困るだけだ。
「そうだな。まあ血を吸うのは別にいいよ。死なない程度ならな。それよりも学校とかはどうするんだ? 羽は隠せたとしても、そんな赤い目と青髪にしてたら、間違いなく変な目で見られるだろ」
「それはほら、あれだよ……そう! イメチェンだよ。イメチェン。久しぶりに学校に行くんだから、イメージも切り替えていかないと!」
真宵は死んでから1ヶ月くらいたっている。何故か知らないが、死んでいるのにもかかわらず休学という扱いになっていた。もしかしたら何か裏で仕組まれているのかもしれない。
派手にイメチェンしたら、不良になったと思われそうだけどな。なんて思ってしまったが、これは本人に伝えない方が良さそうだ。
「イメチェンかぁ。まぁいいと思うぞ。多分真宵ならごまかしきれると思う。なんとなくだけど」
真宵くらいの人気者なら、案外気にも留められなさそう、というのがひとつ。
もうひとつ、俺の中で引っかかっていることがあった。真宵が死んでもなお、学校の名簿に名前が載ったままだったこと。もしかしたら真宵が吸血鬼になったこと、もしくは事故で死んだことには、なにか学校が関係しているのではないか、という気持ちがある。
だから見た目が変わっても、教師陣にも特に何も言われないんじゃないか、なんて思っている。
まあそもそもうちの学校は校則が緩いから、髪色をレインボーにするくらいじゃないと注意とかされないと思うけど。
「そうだ! やっぱりイメチェンといえば、口調も変えないとだよね。私、吸血鬼になっちゃっただに!」
「慣れないことはするもんじゃないぞ。そりゃあキャラ付けは出来るだろうけどさ、髪と目の色変わってて、口調まで変わってたら変人だと思われるかもしれないぜ?」
もし学校に久しぶりに来た子が、見た目変わって口調も変わってたら反応に困る。
きっとクラスの陽キャたちは、うまいこと言葉を返すんだろうけど、さすがにやめたほうがいい気がする。
「そっかぁ。それじゃあ仕方ないか。語尾は普通のままでいいや」
若干しょんぼりしてしまった。
心なしかさっきよりも元気がない気がする。
「なんだか力が抜けてきちゃった」
そういって真宵はその場に倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
心配して近づいてみると、彼女の手は若干ではあるが、再開した時よりも冷たくなっていた。
「もしかしたら、血が足りないのかも。ゆうくんちょっと腕貸してくれる?」
「ああ、わかった」
言われるがままに腕を貸すと、真宵は小さな口を俺の腕にくっつけてきた。
「痛っ!」
噛まれると思ったより痛くて、思わず声をあげてしまった。
「ご、ごめん……」
真宵は腕から口を離して謝ってきた。
「いいよ、気にしなくて。次は大丈夫だから、もう一回噛んでみてよ」
「わかった……」
噛まれて若干の痛みこそあったが、我慢できないほどではなかった。
真宵の口に力が入り、血を吸われていくと、腕の痺れるような感覚と、快楽が混ざって押し寄せてきた。
意外と気持ちよくて、癖になってしまいそうだ。
「このくらいで大丈夫かも。ありがとね、痛かったでしょ?」
「意外と平気だったよ。このくらいなら全然大丈夫だ」
気持ちよかったことは内緒にしておこう。万が一変態だと思われても困る。
この調子なら、明日からも吸われても大丈夫そうだ。でも食べ物には気を使っていかないといけなさそうだ。血が足りなくなって共倒れでもしたら本末転倒だし。
「ゆうくん、ちょっとうれしいって思ってるでしょ」
「え……それはどうして?」
「だってゆうくん、いままで口に出してはなかったけど、私に頼られたいと思ってたでしょ。それにゆうくん顔に出やすいもん。血を吸ってる時、ゆうくん超にこにこしてたよ」
そんなに顔に出ていただろうか。自分としてはポーカーフェイスは得意な方だと思っていたのに、ちょっと恥ずかしい。
「まあそうだな、うれしいよ。こうやって真宵が帰ってきてくれたし、俺を必要としてくれてるって気がしてさ。それに、今まで誰にも頼られてこなかったから、案外頼られるって嬉しいことなんだなって。やっぱり真宵には感謝してもしきれないや」
いつもひとりだったから、誰かを頼ることも、頼られることもなかった。真宵が側に来てくれても、真宵は全部自分の力で何とかしちゃうし。俺がいても意味が無いような気がしていた。
「なんかちょっと照れちゃうなぁ。あとゆうくんって結構ツンデレだよねぇ」
「ツンデレじゃねぇよ!」
「はいはい、ツンツンしないの」
ちょっとからかわれてしまったが、それでも嬉しかった。
真宵と、また一緒に日常を送れると思うと、笑みがこぼれてしまう。
こんな日々が、いつまでも送れたらいいのに、そう思えて仕方がなかった。