嘘つきな私の
彩花には虚言癖があった。
自宅は豪邸で、血統書付きの犬を飼っている。友達が多いから、年末年始の挨拶や冠婚葬祭が大変。あるアイドルの古参ファンで、コンサート中に名指しで手を振ってもらった……いずれも完全な作り話ではないが、かなりの誇張表現が入っている。
自宅は広いだけの辺鄙な土地にあるし、犬はそれらしい見た目をしたただの雑種犬だ。そして友達は本人が勝手にそう呼んでいるだけで、実際に「彩花の友人」だという人間はほとんどいない。アイドルに至ってはたまたま、彩花のいる客席に目を向けたのを大袈裟にはしゃいでいるだけだ。だが彩花は一度、口を開くと頑なにそれを信じ込みそう言い張った。彼女はそうやって、自慢話をするのが何より好きだったのだ。幼馴染みである私はよくそれを聞かされ、うんざりしたものである。
私と彩花は幼稚園の時に知り合い、そこからずっと縁が切れずに仲が続いていた。
正確には私が放っておいても、なんだかんだと彩花が絡み続けてきたのだ。新しい文房具を買ってもらった。東京で素敵な洋服を買ってきた。好きな男子が、こちらにも思わせぶりな態度を見せている。執拗に繰り返される自己アピールは対面に留まらず、電話やメール、手紙、SNSなど手段を変えながらずっと続いてきた。
そうやって何かと大袈裟に自慢してくる彩花だったが、なんだかんだ彼女は私の話も聞いてくれた。
新しい学校でイジメを受けている。不登校になったが親はそれを認めず、毎日喧嘩が絶えない。高校も大学も親が一方的に押しつける……考えてみればそれは「話す人間だけが楽しく、聞いている方は何も面白くない」という点で彩花の戯れ言とさして変わらなかったかもしれない。
それでも彩花は自分の自慢話と交換をするように、私のつまらない愚痴に耳を傾けてくれた。そうやってお互い、げんなりするような話題ばかり話しているわりに私と彩花の関係は細々と続いていたのだった。彩花が自分では「友人が多い人気者」と嘯きながらその実、虚言癖で周囲から孤立していたこと。私が転校したことによって彩花と同じ環境や立場にいなかったことで、程良い距離が保てたこと。理由は様々だろうが友情と呼ぶほど殊勝なものでもないそれは、成長してもずっと途切れることなく私の側にあるものだった。
そんな彩花からの連絡が減ったのは、いつからだっただろう。コロナ禍で対面を自粛するように呼びかけられたから。お互い日頃の生活の雑務に追われ、忙しくなったから。それでもたまに寄越される彩花からのメッセージは相変わらず、自分に酔いしれ華美に着飾った虚構の言葉ばかりだった。
「医者の彼と毎日のように会っているが、草食系だからかなかなか口説いてくれずに困っている」
「私も真由みたいに一生懸命、就活とか婚活とかしてみたかったな~」
自分の毎日は何もかもが順調で、全てが満ち足りた幸せな暮らしをしている。言外に私を見下しながら、マウンティングばかりしていた彩花。私はそれに、いつも適当な相づちを打ってきたのだが。
「……嘘つき」
零れ落ちた私の言葉に、彩花は何も言い返さない。たくさんの菊に囲まれた彼女はもう無意味な虚言を吐くことも、得意げに鼻を鳴らすこともないのだ。その閉じた瞼を前に私は、この日のために急遽レンタルした喪服の裾をぎゅっ、と握りしめる。
男性医師と頻繁に会っていること。就活も婚活もしてこなかったこと。彩花が末期癌に蝕まれていたことを除けば、それらは全て彩花らしく誇張された真実だった。自らの体を病に冒されながら、それでも自慢話を聞かせた私は彼女にとって一体何だったのだろう。いくらでもマウントを取れる都合のいい相手か、退屈な話をぐだぐだと駄弁りあう仲間同士か。それを確かめる術はもうない。ひょっとしたらその関係も、彩花の虚構に飾り付けられた細く拙いものだったのかもしれない。
だけど、それでも私は。
「……さようなら。私の『大事な親友』」
最後の最後に大嘘をついた私はそっと彩花の側を離れ、弔問客の中に紛れるのだった。