目が覚めると・4
「えっ、えっと……?」
「あなたは、テゼログ様は、キュアヌ様の事をずっと愛しているのだ……とばかり! 思っていたのに! 何がわたくしを愛している、ですか! だったらもっと早く言ってくれればいいじゃないですか!」
「いやだって、マリンには愛する人が」
「居ませんわ! い、今は、テゼログ様を家族として、想っている、くらい、ですわよ!」
泣きながら怒って、涙がボロボロ溢れていて化粧が凄い事になっているのに、凄く可愛くて、なんだか私は嬉しくなってしまう。いや、それよりも。
「えっ、愛する人は居ないのか?」
「な、何故そんな誤解、を」
泣きじゃくって言葉が途切れ途切れなのも可愛すぎないか? 私の妻可愛い。
「いや、あの、結婚前にマリンが王城で文官として働いている時に」
「文官として? あの頃、好きな方など居ませんでしたけど?」
泣いた顔で私を見上げて来る妻が可愛すぎて辛い。
いや、此処はちょっと理性に働いてもらって話をしよう。うん。
そうだ、彼女は学生会をきちんと務めあげて卒業後は王弟殿下のご子息の推薦を受けて文官になり、働いていた。私は男爵家の跡取りとして父上と共に王城へ出向いた折、偶々マリンを見かけて……
「優しい微笑みを浮かべて男性と一緒だったから、てっきり恋人か、と」
「それ、いつ頃の事です?」
あれは確か……
私が日にちは覚えていないものの、時期を話せば「ああ……」と何かに思い当たったらしい。
「それは、テゼログ様の勘違いですわ」
「勘違い?」
「ちょうど今の時期ですもの」
そう。あの優しい微笑みを浮かべた相手と見かけたのは、ちょうど12年前のこの時期だ。あの微笑みを見て、私は嫉妬に駆られて無理やりマリンと婚約して妻に迎えたのだから。
「何を勘違いしている、と?」
「それは明後日にわたくしの実家に行きましょう? そうすれば判りますわ」
「明後日? 君の実家?」
男爵家の当主を継いで、それだけでは家を維持出来ないため、私もおそまきながら王城で文官勤めをしている。彼女と結婚してから、のことだけど。彼女と休みを合わせる事は可能だが、明後日は出勤だったが。
「あなたが怪我をして眠りについたのが一昨日。その時点で勤務先には連絡をしてあります。一応1週間のお休みをもらっていますから、明後日はお休みですわよ」
そうなのか。
「分かった。君がそう言うのなら」
「わたくし、ずっと思ってましたの。テゼログ様はキュアヌ様を今でも愛していらっしゃる。だからわたくしの実家への支援は知人のわたくしの窮状を知って優しさからだ、と。だから、その。わたくしに素っ気ないのも仕方ない、と」
「ああ……そういう誤解をさせていたのか。確かに、私は君と愛する人を引き裂いたと思って罪悪感から君を遠ざけていたから。けれど、私はあなたを女性として、妻として愛している。誤解させて済まない。それともう一つ、君は勘違いしているよ」
「まぁ、わたくしが?」
「私は別にキュアヌを1人の女性として愛していたわけじゃない。幼馴染みだったし婚約者だったから大切にしていたけれど、浮気者だったから、呆れて婚約解消に同意したんだ」
「浮気者⁉︎」
マリンは、初耳、とばかりに声を上げるが、まあ醜聞なので周りには話していない。
「私が成人の祝いで領地に帰っていた間に恋に落ちた、とか言っていたが。嘘だよ。本当は学院に入学して半年くらいの頃から隠れて交際していたのさ」
そう。夢で見た中庭で1人、本を読んでいたキュアヌの姿。あれは続きがある。あの日は直ぐに私は帰ったが、やはり友人と喧嘩した事を落ち込んでいる(と思っていた)キュアヌが心配になり、別の日にキュアヌと話し合うべく学院で探していた時に、結婚まで漕ぎ着けた相手と密会していたのを見てしまったのだ。
呆れて直ぐに婚約解消をしようと思ったのだが、私の父とキュアヌの父が、キュアヌが不貞をするわけがない! と言い張って婚約解消の話し合いは進まず。面倒になって放置していたら、私が居ない上に成人して社交場……つまりお茶会や夜会に頻繁に出るようになったキュアヌが、人目につかないように……とコソコソお相手と密会していたのが、バレたのだ。つまりまぁ、コソコソしていたつもりで結構有名になっていたわけで。
結局、きちんと契約書を交わしていなかった事もあって、キュアヌとの婚約は解消した。それも噂になった途端にキュアヌの父が掌を返したようにアッサリと。娘の醜聞を最小限にしておきたかったのだろう。お陰で噂になる前には、キュアヌと私との婚約は解消されていた、という事になった。まぁ別にキュアヌに恋してもいないし、当然愛してもいなかったから、どうでもよかったが。
という話をマリンにすれば、マリンはポカンとした表情で私を見上げて来る。いや、ほんとに私の妻が可愛いんだが。
もう気持ちも伝えたし、我慢しなくてもいいよな。うん。
そんなわけで、ポカンとしたマリンの顔にニコリと笑った私は、マリンの目に、鼻に、頬に、唇に私の唇を落としていった。すると、何をされたか理解したマリンは顔を真っ赤にさせて、私の胸をポカリと殴って来たが……それもやっぱり可愛い。
お読み頂きまして、ありがとうございました。