目が覚めると・2
医者と話した時から聞こえて来る自分のもう一つの声。それは、僕に彼女が金で買われたから素っ気ないのだ、と教えて来る。確かに結果的には彼女を金で買ったようなものだけど。しかし、学生会であんな風に話した事が有るわけだし、10年も僕に素っ気ない態度を取るようなそんな女性だろうか……?
僕の疑問に答えるように、ふっと周囲が暗くなった気がして、慌てて見回す。もう医者は居ないしモッグも居ないから1人きりだが、そういえば侍女は見ないな。
ーー彼女と子ども達の側に居る。
そうか、彼女と子ども達の側に居るのか。ゆっくりとベッドから身体を起こして更にベッドから出てみる。どのくらい眠っていたのか知らないが、体力は大丈夫そうだ。頭痛も無い。立ち上がって窓に近づくと子ども達の笑い声が庭から聞こえて来た。そちらへ自然に目を向ければ、そこにはマリン嬢も居て、あの頃のような満面の笑みでは無いものの、柔らかな成熟した大人の女性の笑顔で子ども達を見ている。
僕は、あの笑顔を以前にも見た。
結婚しているから?
ーーいいや違う。思い出したくないだけだろう? 彼女に好いた男が居たことを。
彼女に、マリン嬢に好きな男……?
その言葉が裡から湧き上がって来て、僕はその場にドサリと尻餅をついてしまう。
「あ、あ、あ……あ、そうだ! 思い……出した」
私は、テゼログ。男爵家当主で32歳だ。マリンは私の妻。但し。私が愛する人と彼女の仲を裂いてしまった……。私は、愛する人が居ると知っていたのに、彼女を妻にしたくて無理やり金を子爵家に支払って彼女を妻に迎えたーー。
「旦那様⁉︎ テゼログ様⁉︎」
モッグの驚いた声に私は震える声で告げる。
「お、思い出した! 私はなんと最低な事を! 私は……私は、彼女に愛する人が居ると知っていたのに、彼女を無理やり妻に迎えた。そんな彼女に嫌われても当然だ!」
「……は?」
モッグが間抜けな顔を晒すが、先程まで記憶が16歳まで戻っていた私が急に思い出した、と言ったからついて来られないのだろう。だが、そんなモッグに構っていられない。無理やり妻にしたのだから嫌われていて当然だが、それでも離婚など出来ない。
「私は……私は、マリンを愛しているんだ……」
頭を抱えてしまう。17歳以降の16年間が一気に蘇って来て、記憶の奔流に戸惑うが、1番辛いのはやはりマリンを無理やり妻にしたこと。その罪悪感に押し潰されて、私が彼女を避けていたのだ。彼女を抱くのも子どもを作らなくてはならない、という義務だと嘯いて。
ーー本当は嬉しくて愛しくて幸せだというのに。
彼女を愛する人から奪った罪悪感で、その気持ちを押し込めて。
「今からでも離婚すれば彼女は幸せになれるだろうか。いや、しかし……」
「だんな、さま? やはり、わたくしと離婚されたい……の、でしょうか?」
私が記憶の奔流に戸惑いつつ口走れば、マリンが開いたドア付近に、やっぱり無表情で立っていた。
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