第八話 こんなに強烈な毒で2日で起き上がれるわけがない
「だいぶ息が荒いみたいだけど、大丈夫ですか?」
サラリーマンのトダに心配される。姫も不安そうに俺を見ている。
敵の攻撃から逃れるため、俺たちは森を進んだ。
道なんてないから、背丈ほどの草をわけて、木にしがみついて滑らないようにしている。
「大丈夫。ただ、血が止まらない」
止血のためにトダが巻いてくれたハンカチ。
傷を負ってから1時間になるが、まだ血がにじみ出ている。腕をつたって、手のひらまで濡れてきた。ぽたぽたと指先からたれる。
「見せてみろ」と姫が言って、俺の腕をつかんだ。
「痛っ!」
腕の全体が真っ赤に腫れていた。
「毒だな。血が止まらないわけだ」
姫の声が低くなった。頭巾で覆っているから、表情まではわからない。
トダが俺のおでこに手を当てた。
神妙な顔で「高いですね」と言った。「はやく、どこかで横になって、治療しないと。清潔な水で患部を洗浄して、薬を飲まないと、危険です」
「大丈夫だ。大したことない。こんな森の中で」と答えたところまでは覚えているが、その後の記憶がなかった。
*
意識が戻ったとき、ベッドに横たわっていた。部屋の中が暗い。どうやら夜のようだ。
頭が痛む。身体がだるくて起き上がる気にもなれない。
横を向くと、姫が床に座っていた。ベッドに頭を乗せている。頭巾が少しはだけて、きれいな顔が見えていた。
「王宮もこれでおしまいだな」
知らない老人の声だ。奥の部屋から聞こえてくる。トダの声も。
「500年も独立を守ったんですけどね」
「敵国にとっては、一日もあれば、たやすく潰せる小国。緩衝国としての存在意義がなくなったのだろう」
「利用価値がなくなったってことですか」
「あえて潰したとなると、いよいよラジールとの決戦も近いな」
俺はゆっくりと腕を伸ばして、姫の髪に触れた。急に触りたくなった。
姫は顔を上げて「気がついたか?」と小声で言った。目が少し潤んでいるようにみえる。
俺は「ああ」と答えたつもりだったけれど、声にならなかった。
喉も痛くて、咳き込んでしまう。
姫が叫んだ。「トダ! 水をもってきてくれ!」
トダが部屋に入ってきて、コップの水を飲ませてくれた。冷たくてかすかに甘い味がする。井戸の水だろうか。
「まだ横になっててください」とトダが静かに言った。「ジェイコブ氏に解毒剤を処方してもらったけれど、完全に解毒するには、あと3日はかかります」
「どれぐらい、寝ていた?」俺はかろうじて発声する。
「2日と少々」
「2日って……それじゃあ、アオヤマとかヤマギシとか、待ち合わせは」
そこまで言って、また豪快に咳き込んでしまう。
姫が背中をさすってくれる。「無理するな。普通の人間なら、1周間は昏倒するぐらいの強烈な毒だ」
トダが申し訳なさそうに言った。「昨日の正午に、私だけ、街外れの門に行ったんですよ」