第七話 少しぐらい大きな夢を見ることを恐れないで
「300キロ先に、同盟国のラジール王国がある。そこまで、歩こう」とサラリーマンのトダが言った。
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「嫌なこった」と真っ先に拒否したのは力自慢のアオヤマだ。「城は燃えた。もう財産はない。100兆どころか、ルビーとサファイアならせいぜい100万がいいところだ」
「おれも断る」と続いて拒否したのはナンバーワン・ホストのヤマギシだ。「100万ならおれの1日分の稼ぎより少ない。命をかける意味がない」
アオヤマとヤマギシは坂を下っていく。街へと続く一本道。七色の裏声をもつウラベも、服についた砂ぼこりを払って、2人の後を追う。お別れの言葉もなく。
トダが「ちょ、ちょっと待って。物語が終わるから」と挙動不審になるも、3人の姿はみるみる小さくなっていく。
俺は、横目で姫を見た。燃える城を見つめたまま黙っている。涙でまつ毛を濡らして。
このままここにいると、敵国の追手に見つかるだろう。モノマネだけが取り柄の俺と、軟弱なトダと、泣いてるだけの姫では、太刀打ちができない。
そもそもーーと俺は思う。俺は何がしたくてあの城に集まったのか?
金は欲しい。あるにこしたことはない。でも、それよりも。決まりきったルーチンワークの毎日より、おもしろそうだと思ったからだ。どうせいつか死ぬなら、やりたいことをやりまくって、死にたい。たとえ、バカな一生だったね、と言われたとしても。
「おれは、ラジールまで付き合うよ」
独り身だし、とくに大事な仕事があるわけでもない。旅行だと思えばなんでもない。多少危険なほうが楽しいし、退屈をまぎらわせるにはちょうどいい。嫌になったら止めればいいんだ。
トダが握手を求めてきた。それには応えず、姫に声をかける。「どうする? あいつらもいたほうが、心強いけど。仲間は多いにこしたことはない」
姫は涙をぬぐって、俺をにらんだ。「おまえが、なんとかしろ」
はっ?! と俺は一気に怒りの沸点を超えて、「やっぱ止めるわ」とキレてトダに言う。
トダは(お願いします)と両手を合わせる。そもそも、このトダというサラリーマンは何者なんだ?
詰問しようとしたとき、となりで姫がまた泣き出す。今度は大声で。鼻水までたらして嗚咽する。「あああ、うぐぐ、うわあ、ああっ!」
やばい、やばいって、そんな大声だしたら、追手に見つかるって……。しょうがないな……。
俺は豆粒みたいに小さくなった3人に向かって、力いっぱい叫んだ。あの大臣の声色を真似て。
『死をも、恐れぬ、バカどもよー!』
はるか遠くで、3人が立ち止まるのがわかった。
『王宮の財産は、他にも、ある! 隠し場所は、この奴隷が、知っている! 明日の正午、街外れの門で、待つ!』
叫び終わると同時に、なにかが飛んできた。
足下に突き刺さる。ドンっと重低音。寿司職人が使う鋭い包丁みたいな、矢だった。燃えさかる城の広場から、弓隊が次々に矢を発射している。空が矢で真っ黒に染まる。
「走れっ!」と俺が叫ぶ前に、姫とトダは右手の森のなかに飛び込んでいた。
俺もあわてて飛び込む。刃が左肩をかすった。幸い肉を切っただけで骨まで到達していなかったが、夜になっても血が止まらなかった。