嘘つき探偵は推理しない(3)
「……お主、吾輩が見えるようだな」
目の前で浮遊している少女は僕に向かってそう言った。
……そういえば、さっきの教室の窓から見えた少女に似ている。
「えっと……見えてないです」
「いや、それは流石に嘘だろうて」
少女はナチュラルにツッコミを入れてくる。
……軽く流してしまったが、いくつか疑問点がある。まず、どうして浮いているんだ? 目を凝らしてみて見ても透明な踏み台があるわけでは無さそうだ。
そして、もう1つの気になる所だが、どうしてこんな所にいるんだ?
「よっと」
彼女は、僕の困惑なんてまるで知らない様で、僕の目の前に綺麗に着地出来たことをドヤ顔で誇っていた。
綺麗な水色の髪に、時代に似合わない和服。
中学生くらいの体格と身長で、背中には何故か刀? を紐で背負っている。
これらを総合して考える。
……。
「えっと……やっぱり幽霊? 」
「わ、吾輩をするゆ、幽霊なんかと一緒にするでない! 」
ポカッ
「痛っ」
背中に背負っていた刀で軽く頭を叩かれた。
流石に鞘には収められてたけど。
「いいか、吾輩は断じて幽霊なんかでは無い」
頬を膨らませて怒るその姿は愛らしかった。
「あんな恐ろしい物と……一緒にするなど思ってもおらんかった」
幽霊みたいな感じの存在なのに、幽霊が怖いんだ……。
「……と、ともかくお主、この刀を鞘から抜いてみてはくれぬか」
少女は僕に鞘に収められた刀を僕に渡す。
鞘から抜いてみてって言われても……こんな所で真剣なんか出しても大丈夫なのだろうか。
「ほら、早くするのだ」
……。
僕は刀を彼女から受け取った。そして、右手で柄の部分を握って、力を込めて鞘から引き抜いた。
すると、いとも簡単に刀は鞘から抜けた。
まるで、ブカブカのズボンが勝手に下に下がっていくように、そういう仕様だったかのようにだ。
しかし、引き抜いて見て分かったが、この刀。刃渡りがまるで折れたかのように、数cmの所で止まっている。どうやら、実用性は無さそうだ。
「やはり、吾輩の思った通りだ」
少女はうんうんと頷く。
ドヤ顔したり、笑顔で頷いたりの表情は素直に愛らしかった。
「実はの、この刀は選ばれた者しか鞘から抜くことは出来ないのだ」
「……? 」
「つまりの……ご主人は選ばれたんじゃ! 」
「……選ばれたって? 」
「吾輩のご主人にだ! 」
だ!って言われても……。
色々突拍子過ぎて理解が追いつかない。
現実感がしないって言うのが本音かも知れない。
「とりあえず、これからよろしくの」
「いやいや、そんないきなり順応されても飲み込めて無いっていうか……」
「……なんだ、嫌なのか? 」
少女は目をうるうるとさせて、上目遣いでこちらを見てきた。そんな表情されちゃあどうしようも出来ないじゃないか。
僕は目を逸らしながら、前髪を手で抑えた。
「状況が掴めてないって言うか。えっと……まず君は? 」
「確かに、自己紹介がまだだったの。……吾輩の名前は如月。今ご主人が持っている名刀如月の……化身? である」
「化身? 」
「ご主人にも分かりやすい様に言うと……付喪神というやつかの」
「なるほど」
納得はしてみたものの、ピンと来ない。
いや、付喪神というもの自体は知ってるのだが、創作の中の存在というかなんと言うか。
「それで、ご主人って言うのは……? 」
「ご主人はご主人だ。さっきも言ったであろう? この名刀如月は選ばれた者しか鞘から抜けないのだ」
「そんな事もない気がしたけど」
僕は刀をもう一度鞘に納める。
刃は短いのにカチッと納まった感覚がした。
「それに、吾輩は他の人には見えないし、触ることも出来ないのだぞ」
「うーん……」
「ご主人……疑っておるな? なら吾輩に触れてみるが良い。すり抜けるのだぞ」
僕は手を伸ばしてみる。
すり抜けるってどんな感覚何だろう。
感触とか体温とかはあるのだろうか。
パーにした手を如月とかいう少女の頭頂部にの頭上から振り下ろした。
ペチッ
「痛っ!! 」
あれ?
「ご主人! 何をするか! 」
ドガッ!
「ぐぁっ! 」
鞘にしまったばかりの刀で思いっきり腹を殴られた。まだチョップで良かったじゃないか、場合によっては顔面にグーを飛ばしていたのかも知れないのに。
「――ってて……」
だとしても、言い訳がある。
「……君がすり抜けるって言うから」
「そ、それは吾輩も計算違いだったのだ。ほら、この祠なんかすり抜けておるだろ? 」
確かに祠に触れようとした手が祠に沈み込む様に消えていった。
どうやら、嘘ではないようだ。信じ難い事実に変わりは無いけど。
「ともかく、ご主人は吾輩と相性は良いようだ」
そんな感じで纏められる。
「特別に吾輩の事は如月ちゃんと呼ぶが良い。特別だぞ? 」
「……じゃあ、如月ちゃん。早速なんだけど」
「なんだ? ご主人」
「どうやったらこれ契約解除出来るの? 」
「な、何を言うか! 」
ポカッ
またもや叩かれた。
ご主人と言うならもう少し労わって欲しい。
「ご主人はもう選ばれたのだ。解除などしようにも出来ない」
「そう言われても、魔王倒すとか生き別れた父親を探す旅とかしたくないよ僕は」
「安心せい、これと言ってご主人にやって貰う事などあらん」
それは良かった。
毎日11時に父親は帰ってくるのだから。
「ただ、吾輩のご主人となってくれれば良い」
「うーん……」
「そういう訳でご主人。これからよろしく頼むぞ! 」
如月ちゃんはそう言って笑った。
どうしたものかと、僕は空を見上げた。そして、「こういう展開は、僕好みじゃないんだけどな」……なんて如月ちゃんに聞こえないように、僕はそんな嘘を吐いた。
◆ ◆
「それで、ご主人はどうしてこんな所にいたのだ? 」
「あぁ、ちょっと調査をしてたんだ」
なんて嘘つこうか直前まで迷ったが、正直に言ってしまった。
「調査かや」
「うん、何でも最近学校で怪奇現象が起こるらしくて」
「怪奇現象? 」
「大したものじゃないよ。毎日女子生徒のお菓子が盗まれたりとかそんな話」
「お菓子……」
如月ちゃんは何やら思案顔になり、顎の下に手を置いて考えるポーズをとる。
「それって、もしかしてこの事かの?」
そう言うと、如月ちゃんはおもむろに木造の祠の方に近寄って何かを拾うと持ってきた。
手に持っているのは……消えたと聞いていたお菓子と同じ種類のスナック菓子だ。
「えっと……これは? 」
「教室にな、置いてあったのだ」
「うん、それで? 」
「だからの、持ってきたのだ! 」
「お前が犯人か! 」
本当に怪奇現象が起きていた。
こんな形で犯人を見つけてしまうとは……。
「じゃあ、いつも同じ種類のお菓子が消えるのは? 」
「吾輩の好みだからだ。とは言っても食べれんがの」
「律儀に毎日一つ無くなるのは? 」
「吾輩はお菓子には触れられんからの。この名刀如月の上に乗せてそーっと持っててるのだだ。だけど、一つが限界での……」
「……」
謎は解けたけど、これが真相なんてな……。
しかも食べれないのに毎日盗んでたのか。
「だとすると、毎日盗んだお菓子はどうしてたんだ? 一つしかここには無いようだけど」
「祠のとこに置いておったのだが、花と一緒に置いておったらの、誰かの墓みたいで気味が悪いと、毎日青い服の人間に片付けてしまわれるのだ」
青い服……あぁ、用務員の人か。
まぁ、お花と一緒に置いてあったら何かあったのかと思ってしまうのは分かる気がする。
僕は祠の方をチラッと見ると、確かに白い花が置いてあった。
隣に花壇があるのだが……うん、これ以上考えるのは辞めておこう。
「ん? ご主人、変な顔をしてどうしたのだ?」
「僕はこのお菓子を盗んだのが怪異なんじゃないかと調べていたんだ」
「わ、吾輩は怪異なんかでは無いぞ! 」
「同じ様なものでしょ」
「違う! この麗しき名刀如月の管理者なのだ!」
「だとしてもだよ。それを言って信じて貰えるか? 」
「そ、それは……」
多分引かれるだろう。
いや、九条先輩なら喜んでくれるかもしれないが、これ以上暴走に拍車をかけてしまうのも危険な気がする。
どちらかと言うと本当は、この事件は人間の仕業だったんだよと伝えたかった。
……いや、待てよ。
なら、……そうか!
「ではご主人、どうするのだ? 」
「こうなったら、――嘘の推理で納得させる」
「そんな事できるのかの……? 」
若干、不安そうに見てくる如月ちゃん。
舐めて貰っては困る。
僕はそんな彼女を見て、笑顔で口を開く。
「大丈夫、嘘を吐くのは、得意なんだ」