嘘つき探偵は推理しない(2)
「……それで、我が部活の活動を見学しに来たということですね? 」
「ええ」
「まぁ……」
さっきまでの魔女のコスプレを脱いだ先輩は、何事も無かった様に椅子に座っていた。
僕的にはあのままでも良かったんだけど。
関係無いが、椅子の座り方というか姿勢がめちゃくちゃ綺麗だ。流石、お嬢様と言った所だろう。
「私は九条涼香。二年生でこの怪奇現象研究会の部長をしています」
その落ち着いた表情と声からでは、例え嘘でもさっきの話は皆信じてくれそうにない。
「えっと俺は西園寺叶多。んで、こっちが常陸色羽」
叶多は自分と僕を九条先輩に紹介する。
「よろしくお願いします」
先輩は礼儀正しく挨拶をする。
「先輩、さっきの……い、いえ! な、何でもないです!」
一瞬で叶多が謝った。
まぁ、僕も気持ちは理解出来る。それはあの先輩の凄い形相なら反射的に謝っても仕方ないと言うのと、僕もあのコスプレには言及したかったというダブルミーニングである。
「……まさか、見られるなんて」
「先輩? 」
「い、いえ。何でもありません! 」
先輩は何だか慌てていた。
しかし、すぐ後に「話を戻しますね」と綺麗に仕切られてしまう。
「しかし、来てくださったのは嬉しいのですが、見学に来てくださっても特にする事は無いんです」
九条先輩は困った顔をする。
そう言われればそうだ。部活動の見学というか、仮入部を許可している部活としてない部活がある。
許可している部活は各自で仮入部のプランを作る運びになっているが、なってない部活は特に決めていないだろう。
「叶多が言っていたあの怪奇現象とかは? 」
僕は叶多にそう投げかける。
すると、九条先輩がいきなり目の前の机を乗り出しできた。そして、僕の両手を九条先輩の両手で掴まれる。それも力いっぱい。
「色羽君! あ、あの怪奇現象について、な、何か知ってるの!?」
九条先輩は人が変わった様に目を輝かせていた。どうやら興奮している様だ。先輩がこういうタイプの人なんて初めて知った。後、手が凄く痛い。
「い、いや。叶多から聞いただけで詳しい事は特に何も……」
「そ、そうですか……」
僕の手を掴む力が弱まる。
「九条先輩は何か知ってるんですか? 」
叶多は先輩に質問する。
「私は……教室でクラスメイトが話をしてるのを盗み聞いたくらいです。女の子達はお菓子を買ってきて、昼休みに皆で食べたりしているのですが、毎日同じお菓子が律儀に一つだけ無くなるとか……」
「可愛い悪戯みたいな怪奇現象ですね」
「ええ、……でも、そこで! 私は思ったんです! 」
九条先輩の声が力強くなる。
こんな先輩が声を大きくした所初めて見た。もっとお淑やかなお嬢様みたいなイメージがあった。最もそのせいで、あまりクラスでは打ち解けて無いと聞いたこともある。
さっきの話もクラスメイトから聞いたのでは無く、クラスメイトから盗み聞いたという所で察するものがある。
「現時点ではありますが、科学的な証拠は見つかっていません。そして、先程色羽君の言った通り、可愛い悪戯の様な現象……つまり、動機が無いんです。確かにお菓子が欲しかったと言えばそれまでですが、高校生にもなってお菓子如きで盗みを働くとも考えにくいです」
九条先輩は、まるで名探偵の如く持論を繰り広げていく。
内容はともかく、こんな先輩を初めて見た僕達は呆気に取られたからなのか、「なるほど……」と全く心の篭っていない空返事をしていた。
「つまりですよ、この事件は――」
先輩はまるでCMを跨ぐかの如く貯めて、最後に言った。
「――怪異のせいなんです! 」
僕と叶多の目が点になる。先輩のその飛び抜けた推理に、返す言葉が見つからず呆然としていた。
先輩の中ではビシッと、何かが決まった様子で、満足そうな笑顔である。
「……叶多」
「いいじゃないか色羽。楽しくなりそうだし」
「叶多は九条先輩がいるからだろ」
「否定はしない」
叶多はそう言って笑う。全く、調子の良い奴だ。付き合わされる身にもなって欲しい。
「九条先輩、よかったら俺にその謎を証明する手伝いをさせて頂けませんか? 」
「……いいの、叶多君? 」
「勿論ですとも! そして、この横にいる色羽も……まぁ、役に立つと思いますよ」
まぁってなんだ。僕もそれなりには役に立つと思うぞ。肩もみとかお茶を入れるのとかめっちゃ得意なんだ。
「じゃあ……お願いしようかしら? あ、でも一つだけ」
「何でしょうか? 」
「入部だけは、手伝ってくれたからと言って認められないわ」
「……分かりました」
「ありがとう。では、早速調査開始よ! 」
そんな訳で、半ば強制的に僕は学校の怪奇現象の謎を解く事になった。僕は主人公タイプじゃないから、何かが起きる予感なんて感じ取れないけど、帰るのがまた遅くなるなという事は察知できた。
◆ ◆
「……本当にやるんですか? 」
「ええ、その為のあなた達でしょう? 」
「早速出発よ!」と言われて先輩の後を着いてきた僕達は校舎外へと出ていた。
周りから聞こえるのは、陸上部だろうか。運動部の掛け声が聞こえてくる。
「……しかし、九条先輩。インタビュー調査って言うのはハードル高すぎませんかね」
「だからって、私が出来る訳ないでしょ 」
先輩から頼まれたのは、生徒にインタビューして直接調査しろとのことだった。
しかし、僕も叶多も対人性能が高い訳じゃない。そもそもコミュニケーション能力があったら、もうとっくに他の部活に仮入部に行って所属している筈だ。
叶多は美人相手だと、急に頑張る所もあるのだけど。
「……ご……ん」
?
「叶多、今何か聞こえなかった? 」
「い、いや何も聞こえてないと思うけど、どうかした? 」
今何か声がした気がする。
それも、僕を呼んでいる様なものだった。
「……叶多」
「何? 」
「ちょっと任せた」
「色羽、俺を置いてくって言うのか!? 」
「九条先輩と二人きりにしてあげてるんだ」
「嘘だ! 逃げたいだけの癖に! 」
「じゃあ、叶多頑張って」
「裏切り者! 」
そう言うと僕は、少し小走りでその場を後にした。そして、旧校舎裏の人気のない道を歩いていく。
自分でも何が目的かは分からない。
吸い寄せられるという表現の方が近いかも知れない。だけど、僕にそんなアドベンチャー精神がある訳でも無い。とりあえず万が一にでも幽霊が現れた場合、「うちでは飼えません」と言い切る心構えと保健所の電話番号だけはメモしてきた。
そんなわけで導かれるように進んだ僕は、学校の校舎裏へと辿り着いた。
そこで、……僕は見つけてしまったのだ。
奇妙な祠と、浮遊したまま寝転ぶ――少女の姿を。