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嘘つき探偵は推理しない(1)

「嘘つきは泥棒の始まり」


 子供の頃からこの言葉に疑問を抱いていた。

 だってこの言葉そそが、両親だったり教師だったりが、子供に嘘を吐くことが悪であると教え込ませる為の嘘である。


 僕は嘘を吐くことを悪だなんて思っていない。むしろ、人間関係を円滑に進める上では素晴らしいものだと思う。

 ただ、そんな事を君の信頼する友人や家族に言ってみるといい。

 するとどうだろう、君は捻くれ者という称号を授与されるに違いない。


 ところで、僕は今とある嘘を吐くかどうかで悩んでいる。


 実は今日、僕は寝坊をしたのだ。


 理由はまぁ置いておいたとして、何と嘘を吐くのが、一番怒られずに済むだろうか。

 こういう嘘を考える時、普段活動をサボっている脳味噌達が、こういう時に限って活発になるのを感じる。


 よし、ここはやはり定番で一番角の立たない嘘で行こう。




「……んで、色羽いろは。それ嘘だよな?」


 座席の背もたれに肘を乗せて、こちらを向く西園寺叶多さいおんじかなたはそう言った。

 どうしてこうも簡単にバレてしまうのか。

 些か疑問でならない。


「電車は遅れてなかった。いいか? 色羽が遅刻した理由は寝坊だ」


 叶多は問い詰める様に僕に言った。彼の推理を正解か不正解で嘘を吐くと不正解になる。面白みの無い推理パートに、思わず欠伸が出そうになった。

 そこの君、勘違いしてはいけない。これは決して寝坊して寝惚けているからでは無いのだ。


「いかにも名探偵の様な推理だ。ただし、証拠があればだけどな」

「それは犯人の台詞だな」

「子供の茶番に付き合ってる暇は生憎無いのでな。また新しい推理が思い付いたら呼んでくれ」

「それも犯人の台詞だ」


 叶多は「色羽らしいや」なんて言って笑っていた。僕の嘘を暴いてそんなに楽しいか。そして僕はそんなに犯人らしいのか。



「正直に言えば良いのに」

「……素直に生きるには生きにくい世の中だよ」

「それは同感だ」


 同意は得られたが、「だからって嘘を着くのは良くないよ」なんて幼稚園の先生みたいな常套句を付け加えられる。彼が僕の信条に理解を示してくれる日はどうも来そうに無い。


 叶多は、一瞬後ろ、座席の座り方で言うと正常な向きに身体を合わせる。そして、彼の机の上にある荷物をバックにしまうと、こんな質問をしてきた。


「そういえば色羽。あれ知ってる? 」

「知ってる」

「息を吐くように嘘つくな」


 仕方ないじゃないか。そんな言い方されたら知ってると答えたくなる。

 そして、息を吐くなら同じ様に嘘も吐き続けなくちゃいけない。



「それが、最近よく聞く噂なんだけどさ」

「噂? 」

「そう、最近怪奇現象が起こるらしいんだ」


 叶多はまるで、親に隠れて深夜ゲームをする子供の様に言った。僕からしたら、そもそも幽霊なんて虚構という嘘の塊だと思うのだけど。


「学校の階段というか七不思議みたいな感じで少し話題になってるんだよ」

「怪奇現象ってどんなのが起きてるの? 」

「物が無くなるとかそれくらいだ」


 思ったよりも被害は小さい様だ。

 まぁ、大事になってても困るのだけど。

 しかし、叶多がそこまで怪奇現象なんかに興味を示す人間だとは知らなかった。


「それでさ、色羽」

「何? 」


 叶多は椅子の背もたれがこちらに倒れるくらい身を乗り出す。

 グラグラと、椅子の揺れ方が彼の興奮度を表していた。


「一緒に怪奇現象研究会に行かないか!? 」


 彼の椅子が僕の机にぶつかり、その振動が僕の腕を伝わって脳までやって来た。

 それによって脳が覚醒……した訳で無いが、魂胆は分かっている。


「……どうせ目的は九条先輩でしょ」


 これで、推理したと呼べるくらいの優越感が得られる僕は、どう頑張っても名探偵にはなれないだろう。


「流石、色羽だな。もしかしてお前名探偵か」


 彼はそんな事を言って僕を持ち上げてくる。

 勘弁して欲しい。僕が探偵業というものに曇り顔をするのは知っている筈であるだろうに。


 ともかく、彼が会いたがっている人物は、九条涼香くじょうすずか。うちの学校の2年生で、男子生徒からかなりの人気がある美少女だ。

 しかし、そんな彼女には一つ謎があって、それは九条先輩は怪奇現象研究会という部活を一人で所属しているという事だ。

 そうは言っても先輩は人気なので、入部したいという生徒も少なくないのだが、毎回理由を付けて断っているらしい。

 彼女の父親が学校側にかなりの融資をしてる事もあり、教師陣も特に何も言えないのが現状だ。


 ともかく、叶多はこれを利用して仮入部という体で先輩に会いに行きたいという事が伺える。


「よし、じゃあ早速行こうか、色羽」

「僕は行きたくないんだけど」

「じゃあ、遅刻の理由を先生にバラしてやる」


 酷い脅迫行為だ。

 僕が何をしたって言うんだ。


 しかし叶多は、にこやかな笑顔で僕が折れるのを待ってる。その笑顔には優しさなど微塵も無い。


「……分かった。君が机の上を片付けた時から何となく察してたよ」


 僕のその言葉に、叶多は嬉しそうな笑顔を浮かべる。色々文句を言う方が長くなると分かっている僕は、机の上の荷物をバックにしまう。バックを手に持って、席から立ち上がった時、窓の外の景色が一瞬目に入った。


「……女の子? 」


 窓から見える校庭の隅の方に、制服姿じゃない女の子が見えた。学校で制服やジャージ姿じゃない人間を見ると違和感がある。周りにも何人か人がいたが、気にしてる様子は一切無かった。


「色羽? 」


 叶多が早く行こうよと言わんばかりに声を掛けてくる。


「何か見えたのか?」

「……いや、何も」


 なぜだか、咄嗟に嘘を吐いた。


「ほら、行くぞ色羽」

「うん」


 という訳で、結局僕は叶多と一緒に怪奇現象研究会の部室へと向かった。


「……早く帰りたいなぁ」


 ――これは嘘じゃなかった。


 ◆ ◆


 いくつかの教室の横を抜けて、旧校舎まで辿り着いた。ここは、色んな文化部の部室として使われている。

 旧校舎のおかげで各部活がプライベート空間を持てているのは有難いと思うけど、かなり古いのも事実だし改装して欲しいのが本音だ。


 旧校舎を3階まで登って、一番奥の部屋に着いた。


「ここが怪奇現象研究会の部室だ」


 叶多はドアを数回ノックする。

 しかし、何も返答は帰ってこない。ドアの向こうの電気は付いてる所から、人がいるのは確かだろう。


「あのーすみませんー」


 叶多は再度ドアをノックするが、またしても返答は無い。


「色羽、開けてみるぞ」

「……何が起きても責任取らないからね」


 叶多そう言ってドアノブに手をかけ、扉を開けた。


 そこには予想通り人がいた訳だ。

 だが、ここで一つハプニングが起きた。

 要点だけ説明しよう。ドアを開け、開いた先には予想通り僕達の思い描いていた人物がいた。しかし、そこに問題があったのだ。

 別に、影武者だったとかクローンだったとかでは無く、本人である。いや、この場合本人である事の方が問題なのだが。

 ともかく、そこにいた九条先輩は部屋の中で、――魔女のコスプレをしていたのだ。



「あっ」

「えっと……こんにちは? 」

「……こんにちは」

「先輩……その格好は……」


 先輩は僕達と自分自身を何度も交互に確認する。すると、九条先輩の顔がどんどん赤く染まっていった。交互に確認する様子とその紅の頬はもう赤べこと大差ないのではというくらいで……





 旧校舎の奥から女子生徒の叫び声が聞こえたと、うちの学校の七不思議に一つ付け加えられたのは、――また後の話である。

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