報復は大罪の名の元に
初日は授業という授業はなかった。
カエサルによる学園の詳細な説明と支給品の贈呈、そしてそれは日が暮れる前に終わりとなった。
どうやら本格的な授業は明日からのようだ。
というわけで、ユリスはこれから一つのイベントをこなさなければならない。
王女であるエミリアに言われた一言————話があるから時間が欲しい、と。
アナスタシアからは「絶対に行きなさいよ!? 流石に失礼だからね!?」と言われてしまったので、ユリスは渋々向かうことになった。
だから現在ユリスは呼び出しの元、木々が生い茂る学園敷地の校舎裏へと足を運んでいた————
「おいっ! 聞いているのかユリス・アンダーブルク!」
……まぁ、相手はエミリアではなく別人なのだが。
「聞いていますよ~」
ユリスは肩を竦めて気だるげに答える。
目の前にはユリスを取り囲むようにバーンとその取り巻きの二人が苛立ちを隠そうとせず血相を変えて詰め寄って来ていた。
「貴様! 子爵家の分際でその口の利き方はなんだ!?」
「いや、ただ聞いてるって返事しただけで」
「口答えするなッ!」
学園の中にも関わらず選民思想の高いバーン達にユリスの話は通じない。
(うーん……めんどくさい。いっそのこと強欲使って黙らせるか?)
うんざりしたユリスはいきなり物騒な事を考える。
にもかかわらず、バーンは苛立ちを隠そうともせずに怒鳴り続けた。
「貴様の所為で俺は恥をかいたんだ! 素直に貴様がアナスタシアと聖女を渡していれば俺は恥をかかなくて済んだんだ!」
「そうだそうだ! 無能の分際でッ!」
「子爵は大人しく言う通りにしとけばいいんだよ!」
事実、バーンのあまりな物言いはエミリアに聞こえていたわけで、ユリスがどうこうしていても、結局はエミリアに叱責されていただろう。
それでも、今のバーン達には理解できないし、怒りが収まるわけでもない。
ミラベルに文句を言いに行こうとすれば、またしても和平を結んだエルフになんてことを————だから、バーン達はユリスに目をつけ、こうして怒りの矛を向けているのだ。
「あー……どうして俺がお前らの言う事を聞かなきゃならんのだ? 傲慢も、ここまでくれば哀れだぞ?」
「貴様……ッ!」
バーン達の額に青筋が浮かぶ。
ユリスの言っていることはごもっともなのだが、それが分かるバーン達ではない。
「……どうやら、一度お前には貴族がなんたるかを教育しなければならないようだな」
バーンが一歩後ろに下がる。それに続いてバーンの取り巻き達も後ろに下がった。
そして、詠唱を紡ぐための構えを一斉に取り始める。
「今なら這い蹲って謝れば許してやる!」
不遜にも、バーンはユリスに向かって謝罪を要求する。
どうやら、謝らないと実力行使を3人で行うらしい。
(こいつは俺に負けた事を忘れているんだろうか……?)
だとしたら何と愚かなのだろうか? ユリスは憐れみを隠し切れない。
「……どうして俺がお前達に首を垂れなければならない? 逆にお前達の方が俺に首を垂れて謝罪すべきだろう?」
「無能の分際で……ッ!」
「調子に乗るなよ!」
ユリスの傲慢な態度に取り巻きが激昂する。
そのセリフは傍から見れば三下の型に嵌まったものであるのは明らか。
「貴様は絶対に許さん! 公爵家の人間に逆らった事を後悔させてやるッ!」
そして、バーン達は一斉に詠唱を始めた。
「我、烈火の炎の如し、その炎は万物を燃やし尽くす————炎風!」
「風は刃となり、万物を切り裂く為に顕現する————風刃!」
「ありとあらゆる物に変わる清き水は、全てを貫く矢となる————水矢!」
バーン達の全力、容赦のない初級魔法と中級魔法がユリスに向かって襲い掛かる。
普通の人間であれば、魔法と言う武器をまともに喰らってしまえばただでは済まない。それこそ死に至る可能性もある。
それでも、バーン達は気にせず放った。
「死ねぇ、無能ッ!」
同じ学生に向かって吐く言葉とは思えないが、それでも勝ち誇った顔で魔法が使えない無能に向かって叫ぶ。
だが————
「怠惰」
激しい衝撃音と共に砂塵がユリスを中心に舞う。
ユリスは避けることもなく、その魔法を真正面から受けてしまった。
それを見て、バーン達はにひるな笑みを浮かべる。
しかし————
「こんなものか? 殺すと言った割に随分お粗末な魔法だな?」
「なッ!?」
砂塵が晴れると、そこに現れたのは魔法を正面から受けたユリスであった。
まともに喰らって無事なわけがない————だからこそ、バーンを含め取り巻きは驚きを隠しきれない。
「俺の怠惰は避けると言う努力をしたくないから故に編み出した魔術————万物を己の身に通さない絶対的な防御。だから、例えお粗末な魔法であっても超級であっても、俺の身を穢すことはできねぇよ」
ユリスの怠惰はその名の通り、怠惰の名を冠した魔術だ。
戦闘においての『避ける』という行動を怠ける為に、避けずにその攻撃を凌ぐ事を目的に編み出された。
それは例え剣であろうが、槍であろうが、魔法であろうが、ユリスの体を貫くことはできない。
大罪の魔術唯一の絶対的防御————それが怠惰だ。
「一度敗北したのにも関わらず、俺を無能と罵り勝てると奢ったその態度————傲慢……実に傲慢だ! 故に————」
未だ驚きを止められないバーン達に向かって、ユリスは不遜に嘲笑う。
「我が傲慢————その身をもって味わうといい」
ユリスが視界から消えた瞬間、激しい打撃音と共にバーン達の意識は途切れた。
♦♦♦
「はぁ……何もできねぇなら、かかって来るんじゃねぇよ」
意識を失ったバーン達が積み重なり、人間の山ができたその上で呆れたため息を吐きながらユリスが座る。
ユリスの服には、一切の汚れなどなかった。
今回、ユリスがバーン達の呼び出しに応じたのは一重に先ほどの報復の為だ。
友達を馬鹿にし、大切な人を無理に連れて行こうとした憤怒の解消故————憤怒は、出来るだけ抱かないようにしなくてはいけないから。
「我ながら、難儀な大罪を物にしてしまったものだ……」
まぁ、それでもこれでバーン達が襲ってくることもないだろう。
実力差を再度見せつけ、こうして地に堕としたのだから突っかかってくることはしないはず。
そして————
「いえ……そんなことはないと思いますよ」
ユリスが愚痴を零す中、不意に一人の少女の声がした。
視線を動かすと、物陰からひょこりと姿を現す銀髪の少女がいた。
「盗み見なんて、王女としていかがなものですか?」
「あら? ユリス様が私のお誘いの前に其方を優先してしまったからですよ?」
若干の鋭いユリスの目つきに臆することなく、王女は言葉を続けた。
「……それで、お話とはなんでしょうかエミリア第3王女様?」
人の山に腰を下ろしたまま、ユリスは傲慢の罪の元エミリアを見下しながら訪ねる。
「単刀直入に言います————」
そして、一拍の間を置いてエミリアはユリスを見上げながら口を開いた。
「ユリス・アンダーブルク————私の護衛をしていただけないでしょうか?」




