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後編

   

 いや、香りだけではない。

 赤や白やピンク、数は少ないが青や紫も見える。とにかく色とりどりの花で、レジの近くは、いっぱいになっていた。

 飾られているわけではない。どれも売り物だ。

 つまり、いつもは店の片隅に押しやられている花売り場が、なぜか今日は、レジのすぐそばまで侵食してきているのだった。

 需要があるから、売り場を広げたのだろう。実際に今も、アメリカ人の青年が一人、真っ赤なバラの花束を手に取っていた。

 ここで、俺は気づく。

「そうか、バレンタインデーだな……」


 バレンタインデー。

 日本ならば、女の子が男の子にチョコレートをプレゼントする日。

 だが、ここアメリカでは違う。

 まず、プレゼントの攻守が逆。男性が贈る側であって、女性は貰う側なのだ。

 それに、プレゼントの中身も違う。チョコレートではなく、メインは花。圧倒的に、花をプレゼントする者が多いそうだ。

 ただし完全に花と決まっているわけではなく、お菓子やぬいぐるみを贈る男もいるらしい。その辺りは、個人の自由に任されているのかもしれない。自由の国アメリカ、と言われるだけに。

 まあ『お菓子』の中にはチョコレートも含まれているはずだし、もし今チョコレート売り場に行けば、バレンタイン向けの特別なチョコレートが売られているのを目にするかもしれない。だが、その『チョコレート売り場』をわざわざ広げることはなく、こうして花売り場を大々的にアピールしていることこそ、「バレンタインのプレゼントの主流は花である」という証ではないだろうか。

 また、日本でいうところの義理チョコとか友チョコとかに相当する習慣はない。そもそも「この機会に、好きな人に告白する」というより「すでに恋人や妻のいる男が、改めてパートナーに愛を伝える」というイベントなのだという。

 だから。

 独り身の俺にとっては、全く縁のない一日だった。


 妙な寂しさを感じながら、夕飯の入ったカゴを持って、レジに並ぶ。

 ふと見ると、隣のレジでは、ちょうど金髪の白人男性が、爽やかな笑顔を浮かべて、ピンクの花束を買っているところだった。

「うらやましいな……」

 無意識のうちに、小さな呟きが俺の口から漏れる。

 そういえば、俺が小さい頃には日本でも、まだ義理チョコや友チョコは盛んではなかった気がする。だから小学生の頃、俺はチョコレートを貰えなかったし、貰える男子が羨ましかった。

 でも。

 当時は、自分が貰えないことを寂しく思うだけだった。「チョコレートを渡す相手がいない」女の子の気持ちを考えたことなど、一度もなかった。

 そんな俺が、今になって。

「ああ、そうか。プレゼントを贈る相手もいなくて、みんなが買っている日に買えないと、こんな気持ちになるのか……」

 しみじみと、女性側の立場を実感するのだった。




(「スーパーが花屋に化けた」完)

   

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