16 ようこそフロンティアへ10
16 ようこそフロンティアへ10
さて二階層に突入した。一階層ほどに楽勝ではなくなり、ツカサ一行も真剣な顔付きになり様になってきた。
敵も複数匹まとまって出てくるようになる。連勝しながらダンジョンを進むには安定した戦闘ルーチンと『余裕』の安全マージンを確保していかなければならないだろう。
ここで死んでもやり直せるが、他ではそうはいかない。実際、異世界の野外活動では、帰りで行きと同じ敵が出ても全員が重傷を負うこと無く、ある程度余裕を持って帰ってくる準備が必要と思われる。十分な休息、食糧と武具防具、矢弾、怪我や気力のケアも大切である。
依頼達成で全力を出し切ってそのまま帰れず命を落とすのは、依頼者が依頼料を払わずに済んだり、ギルドが報酬を受け取って儲けるだけであり、『タダ働きの大間抜け』などと言われてしまう。
命を賭しての一世一代の偉業に挑むのなら良いかもしれないが、たいていは職業的な依頼であり、後遺症や消耗品、依頼期間や経費などのリスクも考えていかなければ・・・・・・そうすると情報収集、見積もり、想定されるアクシデントとその対策案など諸々の計画を立てられるか否かが冒険者の素養として大部分を占めている。戦闘面で強くてもこれが疎かになってるとつまらない無鉄砲で本当に惨めにあっけなく死んでしまうだろう。
登山で例えるなら、登頂に必用な食糧と水だけ持っていって下山できずに餓死するような物である。帰りの食糧もきちんと用意。更に言えば悪天候でのビバークに備えて余分な食糧と各種装備、医療品、通信機器、ベースキャンプとの日時合わせ、信号弾の示し合わせなども必用だし、誰かが死んだ時に慌てず騒がず予定通り行けるか、または断念して撤退するかの判断が必要となる。重い荷物を置いていく、あるいは捨てる事も時には必要になる。帰りに荷物を回収するために計算して荷物を置いていく事も在るだろう。チームメンバーが死んで取り乱すような振る舞いは自分と生き残ったチームメンバーをも危険に晒す。死体から荷物を取るのは当たり前、なんなら死肉を食うのも十分視野に入る。
登山でコレである。どこそこの秘境に居る魔物を倒して素材持って帰ってくるとか言う依頼のヤバさが分かって頂けたかと思う。つまり、ベテラン冒険者とか言う生き物は宇宙飛行士とマサイ族一番の戦士に万馬券をブレンドした様な頭のイカれた連中なのは間違いない。クソのような性格で人を肉袋としか見てないか、金の有り余った貴族か、全てをそれで解決できる奇跡や魔法、戦闘力を持っているかであろう。
四人とも浮世離れしたファンタジーの世界ながらも、リアルな生の臨場感が後押してか、真剣にダンジョンに取り組んでいる。後は経験だろうな。ここでしっかりレベリングして欲しいね。
そうは言っても彼らでは決して勝てない真正の化け物が跋扈するこの世界では、戦い続けて天寿を全うというのは難しいと思う。
それは連続でポーカーを続け、一度も負けない様な幸運を手繰り寄せなければ、いつかはジョーカーと出会い死ぬと言うことだ。
なら戦わない人生が一番だ。畑を耕したり、町から出ずに商いでもするのがいいだろう。しかしここは世紀末、降りかかる火の粉を払えるだけの力が無ければそれでもダメだ。戦争や災害、悪政や犯罪などの暴力に飲まれればそれでおしまいだ。ぜひぜひ、鼻の利く逃げ足の速い冒険者になって欲しい。
とかそういう感じで私もわりと真剣にかれらの人生について思いを巡らしていた。まぁここはファンタジー。悔いが残らないならば、好きに生きて良いのかもしれない。
怒れるドラゴンを目の前に、「ここは俺に任せて先に行け」とか「別に倒してしまっても構わんのだろう?」などと言いながら振り返らないとしても、後悔しないのならいい人生だったと言えなくもないだろう。
「ツカサ、敵を倒しに行くな、お前の仕事は第一に倒されないこと、第二に嫌がらせだ。チクチク隙なく刺しながら、そして防御しながら魔法詠唱だ」
「リュウゲン、お前はヒットアウェイだ。隙のある奴に切りかかりすぐ離れる。隙の無い奴は距離をとって後回し。攻撃対象にならずに攻撃するだけの状態を目指せ」
「カスミの攻撃目標は第一に致命打持ちの脅威、第二に隙のある敵だ。敵の機先を削ぎつつ殲滅だ」
「エリカは、いいぞそのままサポートだ。ただし自分も攻撃対象になる可能性を忘れるな、自分も大事に、だ」
私は全く戦闘に参加しない癖に偉そうなことを言っていた。ちなみにこちら(私とシエラの方)に敵は近づいても来ない。わりとこの指示で団体戦も形になっていた。あとは上手くやるだろう。静かに見守る。
一階層よりも時間がかかったが、二階層も何とか終わりまで来た。広さは同程度だったが、単純に敵が多いのと、罠があったので手間が増える。罠は勉強の為と言うことで、私が魔法で発動させた。浅い、下に何も仕込んでない落とし穴、枝葉が上からモサモサと落ちてくる罠、水が降ってくる罠、乗ると地面がクルクル回る罠、グラグラ揺れる罠、砂煙が巻き上がる罠、一瞬ピカッと光る罠 などなど、ちびっ子が喜びそうな罠が目白押しだった。大人には普通に迷惑な罠だね。…正直面白いのがいくつかありました。
宝箱は錆びた・壊れたシリーズが増えた感じ(資源ゴミかな?) 剥ぎ取りはズタボロ多め。剥ぎ取りの良し悪しを気にして戦うのは、獲物を前に舌なめずりと一緒。シエラくらいな人外になってからにしましょう。
三階層に降りる前に階段のある部屋で装備チェックです。ツカサの盾、リュウゲンの剣がいい仕事をしていたようで、新調したのにもうガタがきている。鋼装備なんぞそんなものである。
新品と交換するのも、こう、何か心に来るものがあるので何とか修復する方法で考えたい。ここは現代社会みたいに大量生産大量消費の世界では無いからね。
無属性魔法、支援魔法にあるリペア、という魔法だと、車のへこんだ部分を裏から押し返して直すといった具合なので、ツカサの盾の凹みが少し戻る程度である。
時空魔法で直すと、武具の時間を巻き戻す類となる。死人の時間を巻き戻し蘇生するのと同じ原理なので更迭の武具には大掛かりすぎる。
ということで、土魔法、無属性魔法の複合で整形して元に戻す。要は鍛冶屋っぽい作業を魔法で行う。具体的には超絶圧力でギュギュっと元の形に成形し直した。うんまぁ、鍛冶屋とは違うかもね。あとは、カスミの矢を補充する。エリカは消耗なし。安定して戦えた様であった。
各自持って来ていた携帯食料(焼き固めたパンっぽいけど違う…カロリーメイトもどき)と少しの干し肉、コップに生活魔法(水魔法でも、もちろんできる)でチョロチョロと水を満たして飲んで水分補給。私は天界通販でパンを注文し、コップは折角なので借りる。シエラも一緒に食べさせる。ふぅと、落ち着いて一息入れた。
「うわぁ~、せんせいがパン食べてるのかわいいです」
エリカがなんか呟いた。見ると皆私の方を見て癒やされている。えぇ・・・見せもんじゃねーぞ!とはいえモグモグするのに忙しい。やっと食べ終わって飲み物で口をすっきりさせると、
「せんせいもっと食べます?これ甘くてふわふわですよ~」
エリカが甘い香りのパンを取り出した。食べたいけどお腹そんなに減ってないしもさもさ系はちょっとなー
「あぁ^~せんせいが食べたいけど自制しなきゃって葛藤してる~」
ち、違うけど。いや後で食べたいとは思うけど。
「せんせい後で食べましょうね」
ポーチ的な物に包んで渡してきたので受け取りに行ったらそのまま捕獲されてエリカに抱っこされてしまった。
「わたし先生なんだからね!」
「しってますよ~」
が、エリカはシエラの方を向いたらそそっと私を解放した。?見ても、いつものシエラですね。
ダンジョン内で堂々と寛いでいるが、得てして『安地』という場所がある。一応、探査系魔法で周辺を確認しているが階段周辺はここは安全地帯として設定されているのが分かる。普通の魔法だとダンジョンの設定はわからないかもしれない。他にもこういう特殊な空間があるかもなので探査は小まめにしていこう。
身体を休めたのちに三階層に降りる。
二階層との違いは、トレントが出現することである。
デカい、そして丈夫だ。
魔法は使ってこないが、そして動きはゆっくり鈍いが、近距離は丸太アタックよろしくブォーンと大技、中短距離は枝を鞭のようにピシャーンと、そしてたまに遠くにまで実とか枝が飛んでくる。
これはトレントがねらって飛ばしているかは何とも言えない。なんせ攻撃力の割に飛ばした部分は再生しない。
ともかく多彩な物理攻撃があり、近距離から遠距離までを攻撃範囲にしている。
今までで一番強力な相手といえる。やはり大きいってのは強いんだよね。だが想像通り火にはめっぽう弱い。火が付くと大した反撃もできずに後は燃えるのみだ。一度火が付けばもう哀れみすら覚える
いや、このとき近くに居て枝や根で絡みつかれたら結構ヤバいと思う。そういう事例があったかはともかくね。まぁそんな感じで敵の戦列にトレントさんがインした。
「前方からトレント、近接ゴブx2、ウルフ!」
ウルフは「グルル…ヴァン!」と走り出しツカサまっしぐら。
錆びたショートソードゴブはツカサに目標を定める、石メイスゴブはこちらの面子をちらちらしてるばかりで展開が遅い。ゴブリンは「ゲギャッ」「ギャギャッ」とか言動もアホっぽく、位置取りや連携はしない様子。メイスゴブには近づいたら戦闘になるだろう。
トレントは後方からのっそりと歩いてくる。まだ攻撃のそぶりを見せない。
両方が距離を詰めていき開戦。最初にツカサとウルフがインパクト、ツカサは吹っ飛ばされることなく盾を打ち付けて勢いをいなし、更にカウンターでウルフの前脚に刺しが入る。脚と勢いを削がれたウルフはインパクト後にはツカサの鎧装備をワンワンカミカミしてるだけでダメージを通せない。
このあたりでエリカの支援バフがツカサに、次にカスミの火矢がトレントに命中、そして炎上、トレントは何もできずに離れて一匹、ログアウト秒読みになった。
ソードゴブリンがツカサの盾に剣を打ち付ける。ツカサはカウンターをせずに防御と警戒をしている。メイスゴブリンは一番近いリュウゲンへと接近、リュウゲンはウルフの後ろ横からすれ違いに重たい二連撃を胴に放ち、そのまま立ち止まらずに抜ける。ウルフは「ギャンッ、ウゥ~ン」と鳴き、ツカサの脚の装甲を噛む事ができなくなる、グニャリと脱力。
魔物とは言えワンワンが悲鳴を上げ力なく地に伏して、動かなくなり、そして解体されるのは幼女にはつらい。でもしかたないよね。
リュウゲンはメイスゴブと距離を取りつつ、ツカサに気を取られているソードゴブの背中をザックリ二連入れてそのまま抜けていく。ソードゴブはツカサの盾をカンカンするのを止め、汚いゴブ声を最後に絶命。
メイスゴブはずっとリュウゲンを追いかけているが歩幅が小さく重いメイスのゴブでは走り回っているリュウゲンに接敵できない。カスミからメイスゴブにファイアーボールが命中。リュウゲンが反撃を警戒してか、ファイアーしてるからか、手を伸ばして遠心力任せに切り下ろし、ゴブリンは動かなくなった。
戦闘終了。
いい感じに戦闘が進むとこんな感じである。ツカサが数と衝撃で押し込まれたり、…リュウゲンが回避に失敗して一撃もらったり、…後衛の方にワンワンが抜けてきて、カスミが防御して、ワンワンがリュウゲンにザックリやられて事なきを得たりなんかするが、基本は持ち直せている。
この階層の罠は例によって分かりやすく設置されているが、二階層のお遊び系の罠ではない。2メートルくらいの深さで岩が埋めてある落とし穴、矢が飛んでくる罠、丸太がターザンダイブしてくる罠(つまりは破城槌)、石が降ってくる罠、トラバサミ、壁の穴から水蒸気が噴き出す罠などなどである。即死級に凶悪と言う程でもないが致命傷になりかねない罠である。
一個、分かりにくい矢の罠があって、ツカサが踏んで、なんとか盾でガードした。が、隣のリュウゲンに流れて腕に刺さった。勢いが落ちていたのでちょっと刺した程度だったが、4人とも動揺していた。
私も教えようかどうか悩んだが、こういう経験も必要だろうと心を鬼にして見守っていた。エリカあたりは私の顔色から何か察していたかもしれない。
3階層も大体踏破したようだ。ここでやっと青銅の武器防具が宝箱に入り始めていた。ポーション、マナポーション、トランキライザー(つまりおくすり)、毒消し(薬草丸タイプ)、煙玉(味方だけは見えるとかは無い) なんかも発見した。
かさばる荷物はエリカの持っているアイテムボックスに入れている。そんなに容量は無く、容量は大き目の洗濯機くらい。これでも結構値段が張る部類になる。白金貨数枚以上の価値があって、学園からの貸与品である。
一番嵩ばるアイテムはトレントの亡骸である。燃やさずに倒したトレントの幹、枝は丈夫な木材、葉はかなり薄いが回復効果があり、煮詰めて濃縮したり、家畜やペットなどに食べさせたり、はたまた錬金術の材料になる。
あと、魔物には魔核が存在していて、魔法触媒やらに使えるため需要がある。強い魔物の魔核ほど価値が上がっていくし、その魔物の事を知らずとも魔核は取っておくのが基本となる。
ゴブリンやスライムなどのほんとの雑魚の魔核は取り出して持ち帰るほどの売値にならず割に合わない。ゴブリンは簡単に剥げる耳が、スライムは唯一証明になるだろう魔核がそれぞれ討伐証明になる。魔物の討伐証明は自治体から脅威排除の対価として報酬が出ている場合がある。しかしゴブリンもスライムも労力の割に合わないので捨てられる場合が多い。冒険者一人当たり一日30~50匹倒して持ち帰れば何とかやっていけるかなという程度。