5 学園の意味
微妙な沈黙が流れているサロンの個室。マイクは危険を感じる話から話題を他のほうに向けることにした。
「そういえばラディエル殿下。先ほどから婚約を解消したいと言っていらっしゃるということは、想う方がいらっしゃるのですか」
この言葉にラディエルは一瞬動きを止めた。そして微かに頬を赤くして、ゴホンと咳ばらいをした。
「だから、そう言っているだろう」
「それはどなたですか」
ラディエルの返答に、そんな令嬢はいただろうかと思いながら、マイクは聞いた。そうしたら、呆れた視線を向けられた。意味がわからずに首を捻るマイク。
「えーと、もしかしなくても、シェスカリーナ様にも、想う方がいらっしゃるのですか」
「……ミーナ、それを本気で言っていますの。学園ではいつもついているあなたが」
ミーナもマイクに乗っかって、話題逸らしのために聞いてみた。それがこの返事をもらってしまい、ミーナも困惑をした表情を浮かべた。ラディエルとシェスカリーナは二人のことを交互に見てから互いのことを見つめ、その瞳に同じ考えが浮かんでいることを見てけてため息を吐き出した。
「私がそばにいて……守りたいと思うのはアシェンダ嬢……だぞ」
「わたくしは……ロイ様……ロイカバード様ですわ」
少し言い淀みながらも、それぞれが想いを寄せる相手の名前を告げた、ラディエルとシェスカリーナ。それを驚愕の表情で見つめるマイクとミーナ。
「ええっと、アシェンダ様は隣国から留学してこられている、伯爵家のご令嬢ですよね」
「ロイカバード様は殿下の護衛の方でしたね。えっ? どこに甘やかな雰囲気がありました」
信じられないと呟くようにいうマイクとミーナを、射殺しそうな目で見るラディエルとシェスカリーナ。
「お前、どれだけ節穴なんだ。それとも、目的のためにも気がつかない振りをしていたのか? 一応私の婚約者はシェスだろう。そんなあからさまに……親しくできるわけがない。とはいえ、よく四人でいただろうが!」
「そうですわ。わたくしの立場は、王太子殿下の婚約者。他の方がいるところで、察せられるような態度を出すわけにはいかないじゃない。だからこのようなサロンで、四人でいる時にこっそり見つめるくらいしかできなかったというのに。いつもわたくしについて一緒にいたのに、なんで気がつかないのよ。私の侍女失格だわ!」
あまりな言い分に、マイクとミーナは憮然とした顔で顔を見合わせた。ラディエルとシェスカリーナはぶつぶつと「ありえない」だの「信じられない」だの「よくこんなのを寄越したな」とか「もう少しわかっているのだと思ったのに、期待外れだわ」とか、呟いていた。意味不明な言葉たちにツッコんだら負けな気分ながらも、マイクとミーナは再度確認のために口を開くことにした。
「えーと殿下、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「殿下がアシェンダ様をお好きなのはわかりましたが、お二人の間には国と身分とが釣り合わないと思うのですが。たしか、アシェンダ様は伯爵令嬢となっていますけど、元は男爵令嬢でしたよね」
「……ああ、公式的にはな」
「そうですよね。ですから……はっ?」
「えっ?」
マイクは瞬きを繰り返して、ラディエルのことを見つめた。ミーナも二人の会話が終わったら、すぐにでもシェスカリーナに意見しようと身構えていたが、ラディエルの言葉に引っ掛かりを感じて、疑問が口から洩れた。
その様子に、再度深々とため息を吐き出すラディエルとシェスカリーナ。
「もしかしてですけれど、この二人は学園のことを知らないのかしら」
「ああ。その可能性が高いな。……なんでこんな危惧が当たるんだよ」
頭を抱えたそうな様子のラディエルにシェスカリーナが疲れを滲ませた声で言った。
「仕方がありませんわ。これ以上バカにならないためにも、きっちり教えて差し上げましょう」
それから、キッとした視線を先にミーナに、次いでマイクへと向けたシェスカリーナ。
「いい、よくお聞きなさい、あなたたち。わが国の学園に、只今三カ国の王子が留学していることはご存じよね」
赤の国と、青の国と、紫の国の王子が留学してきていることは有名だし、なんといってもこの国の王太子とその婚約者の二人付きの侍従と侍女をしているマイクとミーナだ。もちろん王子たちと面識はあった。なので、二人とも頷いた。
「彼らが自国の学園ではなくて、我が国の学園に留学しているのには、理由があるのです。あなた方は今から五十年ほど前まで、この世界が荒れていたことはご存じかしら」
「もちろんです、シェスカリーナ様」
「それもその荒廃とした時代が五百年に渡ったことも知っていて」
「はい、あの時代は暗黒に包まれていたと聞いています」
「では、各国の王家が存続の危機に陥ったこともご存じよね」
「「はい」」
マイクとミーナは声を揃えるようにして返事をした。その様子を頷いてみていたシェスカリーナは、「では」と言葉を続けた。
「王家を存続させるために、一番守りの厚い我が国の学園に、その当時の王家の子供たちを集めようにしたことから、その後も慣例として留学させるということが続いているということも、認識しているのね」