3 何を勘違いしているのか 政略的婚約ではないと言っているだろう
ミーナの言葉にラディエルもシェスカリーナも、こいつは何を言っているんだという視線を向けた。それからお互いを見てから、シェスカリーナが口を開いた。
「ミーナ、わたくしたちに不満がないわけではないのよ。大体ね、わたくしたちの婚約は政略的なものは何もないのだから」
シェスカリーナが言った言葉を一瞬、理解できないとミーナとマイクは思った。が、よーく言葉を吟味するとおかしなことを言っていると気がついた。
「えっと、シェスカリーナ様、確認させていただいていいですか」
「ええ、よろしくてよ」
「お二人の婚約は政略的に結ばれたものなのですよね」
「違うわよ」
マイクは目を大きく見開いた。王宮に勤める者の間での常識としては、『次期国王であるラディエル王太子と、国の中で一番有力な公爵家の令嬢であるシェスカリーナの婚約は、両家の結びつきを強め国の結束の礎となるものだ』となっていたからだ。
ミーナも信じられないとばかりに大きく目を見開いて、シェスカリーナを見つめている。彼女の中での常識、学園で他の家の侍女たちとの交流でも、王家と公爵家の結びつきのことや、何よりシェスカリーナの素晴らしさに、彼女を於いて他に王太子妃はいないだろうと、他家の令嬢方も思っていると言っていたからだ。
それが根底から覆される発言に、眩暈まで覚えてきたマイクとミーナ。
「そうか、お前たちは知らないのか」
ラディエルが納得したのか、頷きながら言った。シェスカリーナもラディエルに頷くと催促するように話しかけた。
「そのようですわね。この場合説明した方がよろしいのではなくって」
「そうだな。お前たちだけでなく、誰が聞いても分かるように説明してやろう」
ラディエルは不敵に笑うと話し出した。
「私たちの婚約は王妃とシェスの母との、友誼によるものだ。決して、国内に争いごとが起きない立場の家だから選ばれたわけではないのだ」
「「はっ? はあ~?」」
マイクとミーナは目を丸くして、侍従、侍女としてはあり得ない大声をあげた。
「本当にどちらの親にも困ったものですわ。そんなに婚姻を結びたければ、王女様方とお兄様方の誰かでもよかったと思いますのに、『王家に嫁がせたい』の一点で、殿下と私の婚約を決めたのですもの」
シェスカリーナが続けて言った言葉に、マイクとミーナは何となくわかるものがあった。王家側はラディエル王子の上に三人の王女がいる。公爵家側も同じに、シェスカリーナの上には三人の兄がいた。王妃と夫人の仲が良くて子供同士を結婚させたいと言うのであれば、王女と公子の誰か……一番いいのは嫡子長男と、第一王女の婚姻だろう。そうして次期公爵の妻に王女がなるのは、ラディエルの治世を安泰させるのに持ってこいだった。
それが『公爵家から王家に嫁ぐ』というのであれば、これはラディエルとシェスカリーナしかありえないことだ。いや、王家にはラディエルの下にもう一人王子がいる。少しシェスカリーナと年が離れるが、この二人でも婚姻はあり得るだろう。……いや、実際はあり得ないだろうが。
「それにな、もともとは父王とシェスカリーナの母が婚約者同士だったのを、それぞれ別の相手を好きになり周りを説き伏せて婚約を解消したのだぞ。それを私たちが同じように行おうとするのは、おかしいことではないだろう」
「はい?」
ラディエルがシェスカリーナの言葉を補うように続けた。ミーナが首を傾げながら言われた言葉をかみ砕いて飲み込もうとしている。
「そういうことですので、私たちの婚約は王家と公爵家というよりも、母同士の友誼により結ばれたのですのよ。でもね、他の兄弟には自由恋愛を許していますの。おかしいとおもいません? わたくしたちにも、相手を選ぶ権利が欲しいものですわ」
シェスカリーナはそう言ってカップを持ち上げた。だけど、話の間に一口、また一口と飲んでいたので、カップの中身はなくなっていた。それに気がついたミーナは、急いでポットに茶葉を入れ新しい紅茶をラディエルとシェスカリーナのカップへと注いだ。
「ありがとう、ミーナ」
ニコリと微笑んでシェスカリーナは紅茶を飲んだ。シェスカリーナがカップをソーサーに戻したところで、マイクが口を開いた。
「殿下とシェスカリーナ様のお気持ちはわかりますが、婚約を破棄することは難しいのではありませんか」
「まあ、どうしてかしら」
コテンと軽く首を倒して、マイクのことを見上げるように見つめるシェスカリーナ。とても可愛らしく見えるそれが、計算されたものだと知っているマイクは、ヒクッと頬を引きつらせそうになった。
「私の記憶違いでなければ、我が国を含め隣国では、他国との婚姻による関係強化をする必要がない状態です。どの国とも友好的でいい関係が続いております。数十年前の痛手から各国は立ち直り、自国の強化に努めていたはずです。それと、他国にラディエル殿下と見合うお歳の姫君がいらっしゃらないことも、シェスカリーナ様が選ばれた理由だと思います。政略であろうとなかろうと、今現在においてシェスカリーナ様以上にふさわしい方はいらっしゃいません!」