2 お互いに婚約者に不満はないが、そのほかのことに不満があった
ラディエルは自身の侍従のマイクとシェスカリーナの侍女のミーナが、落ち着くのを待ってから口を開いた。
「シェスカリーナも同じことを考えていたとは嬉しいな。やはり私達は気が合うね」
「ええ、本当に。ラディエル殿下とは良好な関係を築いていただけに、わたくしの我が儘を申すことは気が引けましたのよ」
たおやかに扇を口元に当てて笑うシェスカリーナに、ラディエルはため息を吐いてから言った。
「シェス、そろそろ令嬢ぶりっ子をやめないか? 今更腹の探り合いもないだろう。さっさと方針を決めて対策を練った方が、建設的じゃないかい」
ラディエルの言葉に、シェスカリーナは表情を消してから、ニヤッと悪く見える笑みを浮かべた。
「そうね。今更取り繕うこともないわね。ラディ、望む未来のために力を合わせましょう」
シェスカリーナが差し出した手を、ラディエルもガシッと掴んで握りこんだ。それは手をクロスさせるようにして、まるでスポコンの熱いライバル同士がするような握り方だった。そこに水を差すようにミーナが声をかけてきた。
「あの~、ちょっと待ってください、シェスカリーナ様」
「何かしら、ミーナ」
眼光鋭く振り返ったシェスカリーナに、ミーナは頬を引きつらせた。
「えーと、私が言うのもなんなのですけど、シェスカリーナ様は王太子殿下との婚約に、ご不満があったのですか」
「いいえ」
きっぱりと答えたシェスカリーナに、ミーナは首を傾げながら聞いた。
「えっ、と、では、このまま婚約を続けられたらいかがでしょうか」
「あら、それは駄目よ。わたくしもラディも幸せにはなれないわ」
「はっ?」
ミーナは目を丸くして動きを止めた。もう一度シェスカリーナの言葉を脳内で反復してみる。その間にマイクがラディエルへと問いかけた。
「ラディエル殿下、シェスカリーナ様との婚約を無かったことにしたいということは、殿下のほうにご不満があるのですか」
「お前は何を聞いていたのだ。いつ、私が、シェスに不満があると言った」
「ええ~と、言ってはいないですね。それどころか、側から見ていても非常に相性が良いように思われますけど」
ラディエルは振り返ってマイクを見ていたが、顔を顰めてマイクへと言った。
「こうして話すのはなかなか面倒だな。マイク、それからミーナと言ったか。いちいち振り返るのでは話が進まん。横に移動して私たちの視界に入るようにしろ」
言われた二人はお互いの顔を見てからそれぞれ主の左側の位置へと移動をした。それを満足そうに眺めてから、ラディエルは続きを話しだした。
「マイク、私とシェスはそれほど仲が良いように見えたか」
「はい。いつもお二人で仲良くお話をなさっており、私はそれを微笑ましく見ておりました」
真面目な顔で答えたマイクに、ラディエルは少し考える素振りを見せてから聞いた。
「その仲良く話すというのは、どのように見えたのだ」
「えー、どのようにとは?」
「仲睦まじい恋人同士のように見えていたのか」
「ええっと、はい」
マイクは主の問いに戸惑った顔をしながらも、返事をした。
「本当か? 本当に恋人同士の語らいに見えていたのか?」
「えーと、どうなのでしょう、か?」
自信なさげに答えたマイクは視線をミーナへと向けた。それに気づいたラディエルは、ミーナのことをヒタッと見据えた。
「そなたにはどう見えたのだ、ミーナ」
「ええっ! 私ですか? えーと、えーと、私も殿下とお嬢様の仲がよろしいなと、見ておりました」
目を白黒させてミーナは答えた。今までシェスカリーナについて、何度もラディエルと顔を合わせることはあった。だが、今日のように直に話すというのは初めてのことである。普段シェスカリーナと主従の関係を超えた友人として接することがあるミーナでも、一国の王太子と直接話すなどということは、そうそうないことであった。
「愛情を持った交流に見えていたと?」
再度の問いにミーナは考えた。
「えーと、愛情はあると思います。それは恋愛的というより、親愛……友愛……家族愛に近い感じに見えました」
「ほう~」
ミーナの答えにラディエルは感心したように声を出した。そしてマイクへと目を向けて、皮肉気な笑みを浮かべた。
「さすがシェスが信頼を寄せる侍女だな。主のことをよく見ている。私の侍従が本質を見極められないボンクラだとは思わなかった」
「殿下~」
揶揄するように言われたマイクは情けない声をあげた。
「まあまあラディ、わたしたちの気持ちを認識してもらったことだし、話を進めましょう」
「そうだな。余計なことを話している場合ではないしな。何より時間が勿体ない」
頷き合うラディエルとシェスカリーナに、もう一度ミーナが声を挟んできた。
「待ってくださいってば、シェスカリーナ様! お互いに不満がないのであれば、ご結婚されてもよろしいのではないですか。ここまで王妃教育を頑張ってこられたことですし。大体政略結婚に最初から愛情を期待する方がおかしいのです。友愛が恋愛感情に変わることだってあります。信頼があれば幸せな結婚が出来ると思います」