お嬢とメイドになった私
さっきまで自宅で眠っていたはずなのに、目を覚ますと見慣れない部屋に立っていた。
漫画やアニメに出てきそうな西洋風の家具が並んでおり、木製のおもちゃが乱雑に捨てられている。子供部屋だろうか?
何やら足元がすーす―すると思い、視線を降ろせば可愛らしいメイド服が目に入った。何故に?
部屋に鏡が合ったので急いでのぞき込んでみると、そこに映っていたのは光沢のある赤いくせ毛を持つ無表情な美女。本来の顔とはまるで似つかず、内心とても驚いているのだが、この鉄面皮は微動だにしない。
その時、ドアが蹴破られる勢い開いた。
入って来たのは見るからにお嬢様と言った風貌の少女。
こちらを見るや、露骨に不機嫌そうな顔になり、舌打ちする。
「お父様ったら、また新しいゴーレムを用意したのね。いくら変えたところでゴーレムなんて皆同じなのに!」
お嬢はヒステリック気味に近くに落ちていたおもちゃを蹴り飛ばす。
おもちゃは壁に当たり、壊れてしまった。
――っていうかゴーレム?
私ゴーレムになっちゃったの⁉
どう見ても人間にしか見えないのに――ほんとだ腕をつねっても痛くない。
「何ぼーっとしてるのよ、さっさと部屋を片付けなさい! このポンコツ‼」
今のはさすがにかっちーんときた。
初対面だが、子供の戯言と流せるほど私も大人ではない。
声を張り上げようとするが口が開かないので仕方ない、武力行使だ。
「な、なによ――っ‼」
ゆっくりと歩み寄り、こちらを睨みつけて来たお嬢の頬を思いっきり叩く。
お嬢は目を見開き、呆然と頬を抑えていた。
かわいそうな気もするが、さすがに今のは言い過ぎだ。
「――う、うう……うわああああああああん‼」
やばい、お嬢が泣いた。
なんとか慰めようとあたふたしている内に、部屋に入って来た大量のメイドによって床に押さえ付けられてしまった。
誰もが俺と同じ姿をしており、不気味としか言いようがない。
「何事だ⁉」
慌てた様子で初老の男性も入って来る。
男性は怒りの形相で私を見下ろすと、頭を踏みつけてきた。
痛みはないが衝撃で頭がぐらつく。もうわけがわからない。
「ちっ! 道具の癖に手間取らせおって――姫様、何があったのですかな?」
先ほどまでとは打って変わり、男性は猫なで声でお嬢に話しかける。
するとお嬢はすぐさま泣き止み――
「大丈夫ですわ大臣、ちょっと転んだだけです。そのゴーレムが悪いわけじゃないから解放して頂戴」
「――承知しました」
メイドたちから解放され、ゆっくりと立ち上がる。
大臣と呼ばれた男性は眉間にしわを寄せながらも、一礼してメイドたちと共に部屋を後にした。
私とお嬢だけが残され、部屋が沈黙に包まれる。
お嬢はなんで私を庇ったんだ?
自身に危害を加えたのだ、先ほどのお嬢を見るに処分しろと怒鳴っても不思議ではないのに――。
「ねえ」
お嬢の声で思考の渦から我に返る。
振り向くとお嬢が鬼のような笑顔で立っていた。
「さっきはよくも叩いてくれたわね。あんたみたいなゴーレムは初めてよ」
こちらに迫るお嬢に恐怖を感じて後ずさるが背には壁。万事休す。
向き合う形になり、内心覚悟を決める。
「――気に入ったわ。しばらく傍に置いてあげる」
その後二人で部屋を掃除した。
◇
「あんたの名前はメイよ。今決めたから」
お嬢によって私の名前が急きょ決まった。
前世の記憶はほとんど薄れており、自分の名前は思い出すことはできないし、喋れないので呼び名ができるのはありがたい。
肯定の意味で頷くと満足そうに笑っていた。
この後お嬢の名前も聞いたのだが、長すぎるためこのまま内心でお嬢と呼ばせてもらおう。
それからしばらくお嬢と過ごして分かったことは、ここは魔法が存在するゲームのような異世界で、この国は土からゴーレムを使役して成り立っているということだ。
今の私も先ほどのメイドたちも国王が生み出したもので、その親族であるお嬢も命令権を得ているそうだ。
しかし私はこの命令を無視できるらしく、お嬢はそれを気にいったようだ。何でも言うことを聞いてくれるより、意志を持った相手の方がいいとのこと。
お嬢は一国の姫として生まれたのだが孤独だった。
世話は全てゴーレムによって行われたのだが、魔王によって生み出されたゴーレムはただ従うのみ。命令さえすれば何でもするがただそれだけで話し相手にさえならない。
お嬢は孤独を埋めたいがためにわがままになった。
癇癪を起こし、迷惑をかけて両親の気を引こうとしていた。
だけどお嬢がいくらもがいても、新たなゴーレムが送られてくるだけだった。
お嬢にとっては命令に従わなかった私の存在が新鮮に思えたのだろう。
最初はただの我儘娘だと思っていたが、本当は甘えたがりの心優しい子なのだ。
私に構ってほしいがためにたくさん話かけてくるし、常に傍を離れないようにしている。
色々と苦労させられたが、お嬢との日々は間違いなく楽しかった。
◇
炎で体を焼かれ、煙で視界が奪われるが、熱さを感じないゴーレムの体を利用して道を作り出す。
後ろからはお嬢を背負った大臣が必死について来ていた。
美しかった王城は見る影もなく、灼熱と瓦礫に埋め尽くされた地獄と化していた。
私がこの世界に転生してからしばらくして、王国がゴーレムの技術を狙う隣国に襲われたのだ。
ゴーレムたちが敵を迎撃するが敵の数は多く、次々と命が失われていった。
お嬢の部屋も吹き飛び、瓦礫の中に沈んだ。あと少し逃げるのが遅れれば命はなかっただろう。
逃げ出した私たちは大臣と合流し、何とか城を脱出したのだが、すでに多くの敵に取り囲まれていた。
「貴様が王国の姫だな? ゴーレム練成魔法を我々に教えると言うのなら、命だけは助けてやろう」
敵国の対象らしき鎧を身に付けた人物がお嬢を見すえて言い放つ。
大臣は背負ったお嬢を降ろし、魔法を発動しようとしたが、それよりも早く右肩を弓矢で射抜かれた。
「邪魔だ。そこの男とメイドは殺してしまえ‼」
「メイ!」
お嬢を守るべく迫る軍勢をなぎ倒していく。
戦ったことなんてなかったのに、守ろうとしたら自然と体が動いていた。
しかし基より多勢に無勢、次第に追い込まれていく。
「面倒だ。これで仕留めよう」
超巨大な火球が上空に生み出される。
あんなのが落とされたら、ひとたまりもない。
使えるのはこの体ぐらいか――
「メイッ! ダメ! 行かないで‼」
ごめんお嬢、命令を無視してばかりで――さよなら。
そこで私の意識は途切れた。
◇
「あ、あ……」
言葉が出てこなかった。
唯一心を許せた存在が、私を庇って消えてしまった。
メイはその身を犠牲に火球を跳ね返し、敵軍に大打撃を与えた。
炎の海で奴らがもがき苦しんでいるが、メイは二度と戻ってこない……。
――許せない。
許せない許せないゆるせないユルセナイユルセナイッ‼
心の中がどす黒い何かに満たされていくように感じるが、もう何も考えられない。
彼女を奪った全てに復讐してやる‼
「姫様⁉」
そういえば、ちょうどいいのがいた。
肩を抑え、怯える大臣に歩み寄る。
ゴーレムの練成方法は土を使ったものだけじゃない――生きた人間の血肉を混ぜたほうがより強力なものが生み出せる。
「ありがとう大臣、生きていてくれて。おかげで練成魔法は完成します」
「や、やめろ! 死にたくな――」
大臣だったものが目の前で破裂し、血肉が地面に撒き散る。
そこに魔法陣が浮かび上がり、地面を引き裂きながら何かが這い上がって来た。
――メイだ。
身体が血で赤く染まっているが間違いなくメイだ。
私は嬉しさの余りメイに抱き着いた。
体中が血まみれになるがそんなの気にならない。メイと再会できた喜びの方が大きいのだ。
「ば、化け物……」
都合よく、まだ生きている奴らがいた。
今のメイは食事ができるので丁度いい。
「ほらメイ。今まで食べれなかった分、お腹いっぱい食べておいで」
メイは咆哮を上げながら敵に襲い掛かり、全て食らい尽くしていく。
一人、また一人と潰され、噛み砕かれ、飲み込まれた。
気づけば炎は消え、辺り一面踏み場がないほど赤く染まっていた。
「お疲れ様メイ。これからもっと忙しくなるけど、ついて来てくれるかしら?」
以前と違ってメイは頷くことなく雄たけびを上げた。
◇
それから間もなくして、二つの国が地図から消えることになる。
両国の命を喰らい尽くし、世界を恐怖に陥れた二人を人々は魔王と呼んだ。
主人公とお嬢が仲良く過ごす話の予定だったのにどうしてこうなった