第3話 何
『ヘッド』とは、その名の通りこの『プトレマイオス』の頂点に立つ者の事を指す。それはつまり、他に並び立つ者のない、まさに『王』のことである。そして、それを受け継ぐのが、『次期ヘッド』ということである。
「『次期ヘッド』になることがどれだけ大変で、どれだけ重要か、君達も分かっていると思う。そして、たった1つの『頂点』を目指すということは、周りの奴らは全員『敵』になるということだ…」
単語のひとつひとつを噛み締めるように喉から音を出し、生徒達をゆっくりと見渡してから---
「本日より、君達には『学生』を辞めてもらうッ!!今からッ、今この時からッ!お前達は…貪欲に『頂点』だけを追い求める獣となるのだッ!!」
と、強く言い放った。
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「学生を辞める、か…」
先程のフートラの『学生解放宣言』を受け、エルツ達生徒は、それぞれ様々な表情を見せていた。そもそも『ハイドラ』に入学した時点で、こうしてみんなと争うことになることは分かっていた。それでも---
「みんなを蹴落とさなくちゃならないなんてな…」
「おいおい、なんでお前が『次期ヘッド』になる事が決まってんだよ」
「ペブル…」
「お前が優秀なのも分かるが、俺たちも負けちゃぁいねえんだぜ?それに、殺しあえって言われた訳でもねぇ。そう気負う必要もないさ」
「そうだな…ありがとう。なあ、ペブル」
「あ、なんだ?」
「この後、飯でも食べに行かないか?最近、そういうの、無かっただろ」
「悪ぃ、俺、この後用事があるんだ。ぜってぇ外せない、大事な用事が」
「そう、か、それなら、しょうがないな。じゃ、また明日--って、もう学校は無いのか」
「おう、次会うときは、俺が『ヘッド』になった時だぜ!」
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ペブルと別れた後、エルツは1人で帰り道を歩いていた。『次期ヘッド』になること--そのために何をすれば良いのか。今までエルツは、学校に通い、そこで良い成績をとる事で時分は優秀であるという自信を得ていた。だが、その自分を肯定するための『場』となる学校は無い。
「『優秀な君達』、か…」
まずは、学校という『次期ヘッド候補』を監視するための施設が無くなった今、どのようにして『次期ヘッド』を決めるのか、それを調べなくてはならない。
「思い付くのは、慈善活動とかボランティアの参加とかか?…いや、困った人を全員助けているようじゃ、全てを仕切る『ヘッド』とは言えないな」
「--ツ」
「それじゃ、学校と同じように、何か賞でも取るのか?でも、それなら『学生』を辞めさせられた意味がない…」
「-ルツってば」
「いっそ宗教団体でも創るか…?」
「エルツっ!!」
「うおっ!?な、何ィッ?」
「やっと振り向いてくれた…」
「なんだ、ルーナかぁ」
「なんだって何よ…。というか、何か考えてたけど、どうしたの?」
「いや、『ヘッド』になる為には、どうしたらいいのかって」
「ああ、確かに私も気になってたの!1人で考えててもアレだし、そこのカフェでも入らない?」
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ルーナに連れられて入ったカフェは、モダンな雰囲気が出ているおしゃれな店だった。というか、普段からこんな店に入っているのなら、
「割と趣味が古いのかな…?」
「な、何よ、その言い方」
と言いながら、手馴れた手つきで注文を済ませる。早速本題に入りたいエルツだったが、美味しそうにコーヒーを飲むルーナを見ていると、自分も喉が乾いてきた。
「あ、すいません、俺もコーヒー1つ…」
笑顔で答えてくれるが何も言わない寡黙な店主に苦笑しつつ、
「それで、『ヘッド』についてなんだけど」
意外と苦いものが苦手な子供舌を持つエルツは、砂糖をコーヒーに入れつつ、話を切り出した。ちなみに、ナスやピーマンも苦手なのは内緒である。
「私もね、考えてみたの」
「んん?」
「意外と『簡単』な話かもしれないんだ」
と、意味深なことを言う彼女に首を傾けてみせると、ルーナは、
「ほら、ぶっちゃけた話、私たちの学力とかって、あんまり変わらないじゃない。そして、私たちが学習したものの中で、一つだけまだ私たちが使ってないものがあるの」
「それって…」
「そう、『武力』…。ホント、意味わかんないよね。いや、これに決まったわけじゃ無いけど」
一見、そんな訳が、と思われるような考えだが、エルツはそうは思わなかった。なぜなら、『ハイドラ』では『武力』の育成にも力を入れていたからだ。それに、
「『ヘッド』はいつも『一人』だ…。今までは、単に実力が『ヘッド』と拮抗するやつがいないだけだと思っていたけど、『ハイドラ』という場所があるんだ…、そんな訳が無い」
フートラは『学生』を辞めて『獣』になれと言った。それはつまり、『学生』という身分だと、
「『殺人』をしても処刑にはならない、から…」
『プトレマイオス』では殺人イコール自分の死を表す。だが、学生はその限りではない。処罰こそされるが、処刑はされない。そして、『敵』の抹殺をしくじった『罪人』は、例外なく始末されている。だから、『ヘッド』のような能力を持つものは一人しかいないのだ。ならば---
「『プトレマイオス』は、俺たちに殺し合いをさせようっていうのか…ッ、!?」
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1人で、妄想ともとれる考えを持ったエルツはルーナに先に帰ると告げ、とある『知り合い』に会いに行っていた。
「彼なら、何か知っているかもしれない…」
ただただ、淡い希望を抱きながら。