表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

始まりの日

三話に分けてまとめます。

 ―――おとなりのおくにに、とつがれた、あねうえさまが、かえってきました。


 カラーン、カラーンと悲しい響きを伴って、弔いの鐘が街中に流れる。


 今日は今年の春、隣国に嫁がれた、この国の第一王女である ミランシャの葬儀……第二王女である妹のアリシアはまだ幼く、その事がよく分かっていない。


 ……あのひつぎの中に、あねうえさまがいるって言うけどほんとかしら?


 ―――その日は、アリシアを取り巻く世界がくるりと変わる、そう、始まりだった。


 先ず、覚めて最初に出会ったのが王妃である母であることが何時もと違う。

 

「お早う、アリシア」


 青ざめた顔色の母がにこりと笑う。しかし何処か触れれば斬れそうな、張りつめた空気を身に纏っていたが。


「お早うございます、ははうえ、リンジーは?」


 目をパチパチさせながら、アリシアは彼女の御付きの女官の名前を出した。


 幼い故、目の前の母を取り巻く何処か異様な様子に気がつくことは無い。純粋に、何時も小国の王妃として、公務で忙しい母が来てくれた、ただ、嬉しかった。


「リンジーは、別のお仕事してますからね。今朝は私が来ましたよ」



 ……ふーん、でもうれしい、ずっとリンジー忙しかったらいいのにな



 母の手で黒いドレスに着替え、ふわりと巻いた栗色の髪を結ぶリボンも黒、そして最後に黒いレースのベールを頭から被せられ、身支度は終わった。


 何時もと違う装いに、母に何故?と聞きたがったが、彼女の手を引き部屋から出る母は、毅然と前を向き唇を固く結んでいたため、アリシアは諦める。


 そしてその後は全てが違っていた。何時もなら、食堂での朝食も母の居室で食し、その間御付きの者は母側近のラルフ婦人ただひとりのみ、


 その彼女も忙しいのか、始終母と一言、二言、言葉をかわすと部屋から出たり入ったりを繰り返し、とどまる事はない。


 食事が終わると、再びベールを被り、母に手を引かれながら、大広間へと向かう。



 ……あら?今日はだれもいないの?



 アリシアと同じ黒い装いの母に手を引かれ、コツコツと足音を響かせ歩きながら、流石にアリシアも気が付く。


 そう、何時もなら慌ただしく勤めている女官達の姿を、1人も目にしないことに、しかし幼い彼女は先程の母の言葉を思いだす。

 


 ……リンジーも他のおしごとだから、みなもそうなのね



 ―――大広間への扉を衛兵が開く、幼いアリシアに対して、何時もにこやかに接してくれる彼も、今朝は無言で厳しい表情をしていた。


「さぁ、アリシア、姉上様にお別れをしなさい」


 アリシアの祖母である王太母が、涙で目を赤くしながら、アリシアに白い花を手渡し背なに手をかける。


 大広間の中央には美しい布を被せらえた柩が安置されていた。しかし、最後のお別れなのだが、柩の蓋は既に固く閉じられている。


 ……本来なら他国に嫁いだら最後、生国には戻れない、しかしミランシャ王女は戻ってこられた、但し「柩」の中に納められて……


 柩の周りには、王の一族が家族と共に集まっていた。中には、年の頃なら、まだ少年の兄と幼い弟の兄弟、アリシアの従兄弟も居合わせている。


 そして、その場の大人達は、皆悲痛な表情を浮かべている。


「おばあ様、あねうえさまはどこ?」


 姉上様が帰ってこられた。それだけのみ知らされていた彼女は、小首をかしげ王太母を見上げながら問う。


 そのあどけない言葉に、その場に嗚咽が流れた。たまらず王妃が、彼女の小さな身体を抱き締める。


「ああ、アリシア、貴方の姉上は目の前ですよ……争いを避けるため、国を守る為にその身を捧げてくれたというのに……」


 ……隣国が敵対する国に寝返ったのだ。婚姻による同盟を結んでいた為、ミランシャ王女は弑され、宣戦布告の先行として使われた。残酷だった。彼女が嫁いでからわずか半年しか、時は過ぎていなかった。




 ―――葬儀が終わり、森の中にある「王家の霊廟」へと皆と共に馬車で移動する。目の前の父も、皇太子の兄も母も、誰も一言も話さない。やがて馬車が目的地に着く。


 一族の皆が馬車から降り、王の目前に集まる。全ての者達を見渡しながら、王は最後の言葉を述べた。


「皆も承知の通り、隣国が寝返った。戦いは最早避けられん。しかし我が国は戦うにはあまりにも非力、懇意にしていた国々も既に敵の手に堕ちている、先日の作戦通りに、城に仕えていた女官、力を持たぬ街の民は既に国境を越えたと知らせが入った。後はどれだけ彼等を護る為に時間が稼げるか……」



 悲痛な王の決意がとつとつと森の中に流れる。「勝てぬ戦い」に立ち向かう王……


 皆は静かにその最後の言葉に耳を傾ける。


 ―――王は「名君」と称されていた。その治世は篤実で、穏やかで堅実な王は皆に愛され、尊敬を得ていた。


 我が娘が変わり果てた姿で戻った時、最早戦いは避けられない運命と察した王は側近と熟慮を重ねてた。そして民を守る唯一の手立てを見いだした。


 ……元同盟国であった手前、葬儀が終わる迄手は出して来ない、ならばそれを利用する事。と踏んだ王は行動に移した。時間が欲しい。


 先ずは、王宮に仕える者達を集め、最早籠城しかない事を伝えた。そして、囮となり民を逃がす、出来るだけ遠くに、その時間稼ぎの為に命を掛けると、その為に命を張るも達の志願を求めた。


 ……むずかしいお話、良くわからないけど、あねうえさまは、殺されてしまったの?


 ―――幼いアリシアは思いだしていた。白い衣装を身に纏い、花を飾った姉はとても美しかった。その姿は白い花の化身のようだった。



………もう一度会いたかった。あねうえさま。



 悲壮感漂う夕暮れに包まれて行く森の中、アリシアはもう二度と会うことが出来ない姉、ミランシャと、最後に言葉を交わした、



 あの時、あの日、真白な花の様な姿を思いだし、涙をポロポロとこぼしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ