僕、妖狐になっちゃいました 《夜襲・前編》 ~特別企画『ボスキャラ大移動』~
いつもの毎日、いつもの朝。
僕はそれが当たり前だと思っていました……でも、今は違う。
『コケコッコー!!』
「ニワトリさん……今って朝ですか? 君って、体内時計で朝鳴く時間を決めてるの?」
「椿、文句を言っている場合ではない!」
「急いで原因を探るぞ!」
僕は妖狐の椿。訳あって男子中学生になっていた所、今慌てて叫んでいるこの2人の妖狐に、女の子の妖狐に戻されました。
その今の僕の容姿は、肩までの狐色のセミロング、たれ目でパッチリした大きな目と小さな口、可愛らしい鼻、男の子の時は嫌いだったけれど、今はこの容姿で良かったと思うよ。
でも胸のサイズは聞かないで……ちょっとは大きくなっていても、他の女性達みたいに巨乳とまではいかないんです。
そしてもう一つ、僕を女の子に戻したその2人の妖狐は、今は僕の旦那さんです。
背中まである白い長髪に、白い毛色の耳と尻尾の白狐さん。耳までの黒い短髪に、黒い毛色の耳と尻尾の黒狐さん。
2人ともイケメンだけど、白狐さんがたれ目で黒狐さんはつり目。もちろん性格も違うから、この2人の内のどっちかを決めようとしていた時、凄く心を乱されました。
結局僕は決められずに、妖怪の世界では当たり前のように、2人と結婚という形になっちゃいました。
それとね、妖怪が普通にいるというこの事態にも、もう慣れちゃいましたよ。
「椿ちゃん! 急いで用意して!」
僕の部屋の前を、ぐねぐねと首を伸ばしながら通り過ぎていく定番妖怪『ろくろ首』さん。首絡まってるってば、息大丈夫?
「椿ちゃん急げ! これは、大妖怪レベルの奴がなにかしたって事だぞ!」
廊下の端と端を擦りながら、ギリギリ通っていく『ぬりかべ』さん。あっ、真ん中に亀裂が……コケたね? 後でセメダイン用意しとくね。
「椿! 急ぎなさいよね!!」
そして僕のお友達の皆、先ずは猫の妖怪『金華猫』の美亜ちゃん。金華猫は茶毛が多いけれど、この子は黒。髪も黒いロングヘアーです。だから、この子は他とは違うんです。
ただ美亜ちゃん、毛がボサボサだよ。いったいどこを通ってきたのかな……。
「姉さん! なにぼうっとしてるんっすか! 急ぐっすよ!」
くノ一志望『化け狸』の楓ちゃん。くノ一の格好をしていて、今でもくノ一になろうと頑張っています。背中までの赤茶色のポニーテールだけど、体型はスラッとしているからなれそうなんだよね。ただ、おつむの方がちょっとね……。
「それそれ~! なんか悪い妖怪が出たらしいっすけれど、姉さんが百撃くらいで倒っすよ!」
楓ちゃん……それって凄いのか凄くないのか良く分からないよ。
「もう、皆慌てちゃって……まだそんなに脅威では……あっ、椿ちゃん。ど、どうしたの?」
「黄昏れてるのよ」
そして最後の方に歩いてやって来たのは、おかっぱ頭が特徴的な、子供用の着物を着た『座敷わらし』のわら子ちゃんと、真っ白な首元までのショートヘアーをした、『雪女の半妖』雪ちゃんです。
更にその最後に……。
「黄昏れてる椿ちゃん……なんか……良い」
「尻尾離して……里子ちゃん」
癖っ毛のない茶色の肩までのセミロングヘアーをした、『狛犬見習い』の里子ちゃん。この子は多分レズなんです。間違いないんです。恍惚な表情で僕の尻尾弄ってるもん!
「里子~椿は放っときなさいよ。どうせこの状態が続くと、白狐と黒狐にずっと犯されると思ってるだけでしょう~」
「それはそれで可愛いの」
あの……僕はどんな淫乱変態っ娘ですか? そんな訳ないですよ。
本当の最後尾にのんびりと歩いてやって来たのは、大妖『九尾の狐』の3体の内の2人、玉藻さんと妲己さんです。
妲己さんは、僕より幼い姿で金髪のツインテール。更には今時の子の格好をしていますよ。最近そんな格好にハマっているみたいです。まるで小学生みたい……。
玉藻さんは、金髪の腰まで伸びてるロングヘアーで、スカートも長めのを履いています。やっぱり玉藻さんの方が大人な雰囲気ですね。実際容姿も大人だし。
もう1人華陽もいたけれど、良からぬ事を考え、僕達の前に立ち塞がったから、成敗して今は封印しています。
「とにかくじゃ椿、いい加減現実を受け止めろ」
現実と言っても、今まで色んな事が起きて、それを目の当たりにした僕でも、これは流石に思考停止するってば。
「そんな事言われても、僕は夜寝てさ……そして起きたの。起きたって事は朝だもんね。朝のはずなんだよね、でもまだ真っ暗。お星様が出てるの。あれ……僕まだ白狐さんと黒狐さんの相手を……」
おかしいな……おっかしいな~あれだけシたんだよ。白狐さん黒狐さんも満足して寝て……あれ? あれは夢だったの?
「えぇい、起きろ! 椿!」
「尻尾引っ張らないで……」
「待て黒狐、そんなのでは駄目だ。椿、昨夜は可愛かったぞ。それが夢だと言うならもう一度……」
「ふわぁぁあ!! 夢じゃない! 夢じゃなかった!! 起きます、起きます~!」
この耳への息の吹きかけ方は覚えてる! された、昨日の夜にされた! ということは、今のこの状況は夢じゃない!
朝が来たのに夜のままだ!
「全く……椿を動かすにはこの2人がいるのかしらね~」
「ふふ……惚気じゃのぉ。羨ましいか? 妲己」
「別に羨ましくはないわよ!」
ただ、そう言いながらも妲己さんは、耳まで顔を赤くしていました。うん、いつも通りだ。
―― ―― ――
「う~むむむ……」
「おじいちゃん、この夜の原因は?」
その後、僕は皆と一緒に鞍馬天狗のおじいちゃんの元に向かい、話を聞こうとしているけれど、おじいちゃんは机の椅子に座ったまま唸ってしまっていて、何も言いません。
何回もおじいちゃんって言ってるけれど、本当のおじいちゃんではないですからね。
とにかく早く何とかしないと、2度目のニワトリさんの鳴き声が「コケッ?」だったからね。絶対悩んでたから、あれ。
雀さんも鳴き始めようとしていたけれど、「チュ……?」で終わってたからね。
「……椿よ、1つ提案なんだが」
「何ですか?」
「このまま夜でも構わんか? その2人に常に抱かれて、沢山子を……」
「おじいちゃんも冗談を言うんですね」
「分かった、その尻尾を戻せ」
僕が尻尾をハンマーにしたら、慌てて制止しました。うん、ちゃんとして下さいね。
「しかしじゃなぁ……こいつはまた厄介での。しっかりとした準備をせねば倒せんのじゃ」
「そうなのですか?」
おじいちゃんが額に手を当てて唸ってる所を見ると、その準備は相当大変そうですね。
「その間ずっと夜では困るのでな……どこかに封じて起きたいのじゃが……」
すると、ブツブツ言ってるおじいちゃんに向かって、白狐さんが口を開きました。
「鞍馬天狗の翁よ。今回のはどんな妖怪の仕業じゃ? 我等でも、こんな事態は早々……」
「そうじゃろうなぁ……何せ、奴が最後に暴れ取ったのは1000年以上も前じゃからの」
1000年前……妖怪達が全盛期で暴れ回っていた頃ですね。最後にってことは、そこから姿を現してないって事?!
「ぬっ……下手したら我等はまだ修行中の身で、山に籠もっていた可能性があるな」
「儂もそいつには会ったことはない。色々と今よりも忙しかったのと、まぁ……当時は気も荒かったのでな。人間が困っても、儂が困らんかったら良いと思っとったわ」
なんだか話を聞く限り、相当古い妖怪さんですね。
そして、おじいちゃんはやっと、その妖怪の名前を口にしました。
「そやつは『世壊シ』と言う」
「ヨコワシ?」
本当に聞いたこともない名前だけど、物騒な感じですね。ヨコワシ……世を壊すって事ですか? ラスボス感があるけど、大丈夫なんでしょうか……。
「世壊シはそいつを封じた奴が名付けおった。本当の名前は『夜壊シ』夜を壊す者じゃ」
「夜を壊す?」
あれ……聞く限り良い妖怪そうなんですけど。
「元々そやつはある神の使いでな。人々が恐がる夜を、少しでも照らせるようにと作った妖怪らしいのじゃ。その姿は、光り輝く小さな毛玉だったようじゃ」
あ~それで夜を照らして明るくするから、夜を壊す夜壊シという名前だったんですね。それがなんで世を、世界を壊すって名前に……?
僕がそれに対して首を傾げていたら、おじいちゃんがそれを見て続けてきました。
「そいつは、夜を照らそうと必死になっていたそうだが、ある日その中の1体が、夜の闇の中に取り込まれてしまったそうじゃ」
「1体って……何体もいたんですか?!」
「うむ、星になったり灯火の火が消えないようにと、色々と総出でやっておったらしい」
何気にその時代の人々の生活を支えていたんですね。
「ただ、その夜の闇に飲み込まれてしまった1体が厄介じゃった。脱出を試みたのかなんなのかは分からんが、そやつは夜を食べたのじゃ。そして取り込んだ。しかし、その闇が深すぎた」
「なるほどな……1000年前の夜となると、今とは比べ物にならないほどの、悪どい気が、負の気が漂っていたわ」
「うむ……白狐の言う通り、夜は負の気の塊として人々に恐れられていた。それを食べたのじゃ……無論、ただじゃ済まなかったようじゃ。そやつは夜を産み出す負の妖怪として生まれ変わり、逆に人々に夜を……恐怖を与える存在となった。夜壊シを全て、食らいつくしてな」
なるほど……そして夜は再び、人々の恐怖の象徴になってしまった。でも、それなら倒せば良いのに。当時なら有名な人がいたはず。
「さらに奴にはとんでもない能力があっての、相手の能力をコピーしてしまうのじゃ」
「コピー?」
「あぁ、それで当時最強の陰陽師だった、阿部晴明の陰陽術をコピーされてしまい、苦戦させられたと書物に書き記されておる」
そう、阿部晴明です。1000年前の有名な陰陽師ですからね、その人がなんとかしたのかと思ったけれど、おじいちゃんの話す表情を見ると、どうもそうじゃなさそうですね。
「それで、最終的には奴を封印するしかなかったと書かれておる。その場所も書かれているが、何故今その封印が解けたのかは分からん」
そんなおじいちゃんの話を聞いて、皆不安がっています。だけど、それは当然です。当時最強の陰陽師でも、封印するしか手がなかっただなんて。僕達だけでどうこうできる相手じゃないかも知れません。
「とにかくじゃ……どんな理由であれ、明けない夜がやって来たということは、奴の封印が解かれたとみて良いじゃろう。椿よ!」
「はひっ?!」
あ~やっぱり僕ですか……多分白狐さん黒狐さん、そして妲己さんや玉藻さんと一緒に、その場所の様子を見て来いって事なんでしょうね。
「……驚いた割には分かっとるような顔じゃな」
「まぁ……ね。今までの流れで分かりますよ」
「ふむ、そうじゃな。それに、最初からお主等に頼むつもりじゃったからな。なにせ封印されとる場所は、伏見稲荷大社だからじゃ」
「伏見稲荷大社?!」
そんな所に封印されていたなんて……でも、ちょっと待って下さい。そいつが神様の監視の下に封印されていたのなら、なんでそれが解けるんだろう? そこで何かが起こらない限り、解けるはずが……。
「察しがついたか? 封印が解けたかは分からんが、どちらにせよ、伏見稲荷大社の神様に何かあったと見て良いじゃろう。だから白狐黒狐と共に、確認して来てくれと言う事じゃ」
そういう事ですか。それなら断る理由はないですね。ちょっと危険だけれど、様子を見に行きましょう。
「ふむ、ついでに天狐様に懐妊の報告を……」
「まだしてません、白狐さん」
僕と一緒に立ち上がったと思ったら、いきなり何を言うんですか? まだですよ、まだ。
「なに? あれだけやったのにか……ふ~む。それなら回数を……」
「これ以上増やしたら僕が死ぬ!」
「ふん、椿~あんたの愛情が足りないんじゃないの~? これなら、私が先に子供が出来そうね~」
白狐さん黒狐さんの事になると、妲己さんも絡んできますね。分かりやすいけれど、だからって譲ったりなんかしないよ。
「妲己さんなんか、ちょくちょく夜飲みに行ってるじゃないですか。その分僕は抱かれてますから、僕の方が可能性ありますよ~だ」
「へぇ、椿のくせに言うじゃない」
「こればっかりは僕も退きませんよ、妲己さん」
そして言い返す僕の方に、妲己さんがにじり寄ってくる……でもその直後。
「あんた達、惚気は良いから早く調査に行きなさい!! 呪うわよ!!」
『は、はい!!』
美亜ちゃんに怒られちゃいました。めちゃくちゃ毛を立ててるんだもん……。
しかもその勢いで、妲己さんまで僕に合わせて返事しちゃったくらいだからね……でも、美亜ちゃんの呪いって病をもたらすものだから、迂闊に逆らったら病気にされちゃうんです。
僕、それで一度酷い目にあいましたよ。最後は美亜ちゃんに泣いて謝りました。だから、もう美亜ちゃんの呪いは勘弁です。
「全く……あの子金華猫のくせに、他の金華猫より強力なのよね……って、何ニヤニヤしてるのかしら~椿は」
「ん~? 何でもありません~」
それでも、美亜ちゃんの昔を少しは知っているからね。これだけ強力な金華猫になって、僕は友達として誇らしいんです。
そして僕は、白狐さん黒狐さん妲己さん玉藻さんと共に、伏見稲荷大社に向かう準備を始めます。
―― ―― ――
その後準備を済ませた僕達は、伏見稲荷大社の入り口にやって来ました。夜に来ると、この大きな鳥居がまた神秘的に見えます。
因みに、来る途中に街の人達の様子を見てみたけれど、皆混乱していましたね。
何回も何回もスマホの時計を確認して、確かに朝なんだと必死に頭に叩き込んでいたけれど、それでも中には「これって、朝だと思ってる俺達の頭の方がおかしいんじゃ……」って呟く人達がいました。早くなんとかしないと……。
「白狐さん黒狐さん、何か反応ないんですか?」
「そう急かすな……」
「なにせ相手は夜を呼び込む妖怪だ、夜の闇事態が妖気で塗れ、中々特定出来ないんだ」
僕の言葉にそう返しながら、白狐さん黒狐さんは妖怪専用のスマートフォンを片手に、辺りを探ってます。
あれは色々と便利な機能が付いていて、妖気を感知するアプリとか、悪い妖怪達の手配書を表示するアプリとか、妖怪専用の機能が付いているんです。
実は妖怪さん達は、あんまり妖気を感知するのが得意じゃないみたいなんです。というか、妖怪の能力にもよるけれど、皆妖気を隠すらしいんです。だから中々妖気を感知出来ないんです。
ただ、僕はかなり強力な感知能力を持っていて、妖気感知アプリじゃ感知出来ない妖気を感知出来ます。だけど……。
「ぬ~」
「今回ばかりは椿も感知出来ないみたいね~」
「うぅ……妖気がばらけてますから……」
境内をくまなく見渡す僕に向かって、妲己さんがそう言ってきます。
でもその通りです。同じ強さの妖気がそこら中に漂ってて、感知出来ないや。というか、天狐様はどうしたの? 天狐様は……。
「あの……そう言えば天狐様は?」
「確かにそうね……こんな事態になってるのに、なんで出て来ないのかしら?」
「ふむ……大方今回の事は、彼奴のミスではないのか?」
僕の疑問に、妲己さんと玉藻さんがそう答えます。そんな時でも、全員で辺りを警戒中しています。なにが起きるか分からないですからね。
「大方、うっかり転んで封印が解けちゃった~とかの」
「玉藻……いくらなんでもあいつがそんなミスするわけないでしょう?」
ちょっと待って下さい。白狐さんと黒狐さんが、境内の稲荷山に向かう千本鳥居の入り口に向かってます。そして誰かと何か話してる。
あっ、あれは天狐様だ……あんな所に居たんですね。でも、なんだか出づらそうな雰囲気なのはなんででしょう?
「いやいや、分からんぞ~くしゃみして吹き飛ばしたとか」
「あ~あいつの神通力凄いからね~くしゃみして境内の物を吹き飛ばして、それが封印を壊しちゃったとかはあり得そうね~」
「それで出づらくなって、千本鳥居の入り口で固まっとるんじゃないかの~?」
「お前達……いい加減にしておけよ……途中で私がいるのに気付いていただろう!」
流石に天狐様が止めてきましたね。妲己さん玉藻さん……舌だしてぶりっ子ぶってもダメですよ。
相変わらず濃い茶色の毛をした尻尾と耳を逆立てて、荒々しい髪型も逆立っていて、更に荒々しくなっちゃってますから、これ怒らせちゃったんじゃないんですか?
「天狐様、今回ばかりは……」
「分かっている、分かっているわ! 白狐! くしゃみしたら神通力が発動して、神剣が吹き飛んで、封印されていた世壊シの封を壊してしまったのは、確かに私だ!」
妲己さんと玉藻さんの言ってた通りの事をしちゃってました……逆に妲己さんと玉藻さんが恐くなっちゃったよ。
とにかく天狐様のミスでこうなったにしても、天狐様なら何か対策出来たはずなんじゃ……。
「天狐様、それでその世壊シは今どこですか?」
「そうじゃな、天狐様ほどの実力ならば、再び封じるのも可能では……?」
辺りを見渡しながら天狐様にそう聞いた僕の後に、白狐さんも続けて言ってきます。僕が思っていた事と同じ事をね。
「そうしたかったが、奴には相手の能力をコピーする力がある。私が相手に術を放ち、奴にコピーされるわけにはいかん」
あっ、そう言えばそんな能力があるって、おじいちゃん言ってましたね。
とにかく、その危険な妖怪の封印が解けているのなら、早く対処しないといけません。戻っておじいちゃんに報告して、再度封印する方法を……いや、天狐様も知っていそうです。
「あの、天狐様。例えコピーされたとしても、封印方法を知っていれば、対処出来ると思うんだけど……」
「ふっ、そう思うか? それなら、あれを見てもそう思えるか?」
そう言うと、天狐様は空を見上げます。嫌な予感がするんだけど……。
「天狐……あんた嵌めたわね」
「これは……私達でも対処は難しいの」
「許せ……こいつをなんとかするには、人数が必要なのだ」
「そうは言っても天狐様……」
『上空にいるなら、教えろ!!』
「ギギャギャギャ!!」
そして、僕を含めた皆が文句を言った瞬間、星が広がる上空から、大きな黒い塊が変な叫び声を上げながら落ちてきました。
咄嗟に避けたけれど、黒い塊が落ちた瞬間地面が抉れましたよ。どんな高い所から落ちてきたんですか! 潰されてたら終わってた……。
「ちっ……調査のはずが接触するとは」
「落ち着け黒狐、戦力的にはこちらは文句無しじゃろう。相手の能力にさえ気を付ければ、負けることはない」
確かに、こっちには妲己さんと玉藻さんもいるし、妖狐のトップ天狐様もいる。白狐さん黒狐さんだって、稲荷の中でも上位です。
例え阿部晴明が苦戦した相手でも、このメンバーならなんとかなるかも。でも、そう油断したらダメなんですよ。だから僕は、相手との距離を測りながら、その姿を確認します。
「ギッ……ギギィ」
楕円形で、全身黒い毛で覆われた毛むくじゃらな姿。手足はないけれど、虫みたいな節のある足が数本体から伸びて、それで歩行をしていますね。まるで蜘蛛みたい。
でも蜘蛛と違うのは、体の後方が尻尾みたいに細くなってるところかな。人魂みたいな感じですね。
そして、前方に付いている大きな口を開け、1つだけの大きな目玉がこっちを見てきます。
「これが……世壊シ」
僕はそう呟きながら、世壊シを睨み返します。
こいつ動きが素早そうだから、攻撃を避けられたらコピーされて反撃されちゃうかも知れない。そう考えると、確かに動けないですね。
「椿よ……睨み返すのは良いが、我の背後から出た方が効果あるのでは?」
「警戒ですよ、白狐さん。それに、良い妻は一歩下がって夫の後ろを付いていくんですよ」
「椿、それは精神論のことだぞ……戦闘の事ではないぞ」
あれ? そうでしたっけ? いや、何でも良いです。だって、僕の能力もコピーされたら厄介ですよ。
「ギィ……ギギギ」
そして天狐様の方は、既に自らの周りに結界を張っていて、安全確保していました。卑怯ですよそれ。
「ちょっと天狐様! 攻撃とか、そっちに引き寄せるとかして下さい!」
「白狐の背後に隠れて何を言う! それが出来ればやっているわ! 逃げろ! いや、逃げられないんだ!」
「ギギギギギィ!!」
すると、世壊シが大きな口を天に向け、凄い叫び声を空に放ちます。その瞬間どういうわけか、僕達の体がそいつの元に引き寄せられていきます。
「何これ何これ!」
「そいつは自分の体から生み出した夜を、自在に操ってくるのだ! つまり、もうこの世界の空間は奴の思うがままだ!」
「それってチート過ぎませんか?!」
天狐様の言葉に、思わずそう叫んじゃいました。だってそんなの、相手の攻撃を避けるどころか、こっちの攻撃なんか一切当てられないって事じゃないですか!
「ギギ、良い能力持ってる奴がいるな」
しかも喋ったよ! しまった、僕の方を見てる!
「くそっ……こうなってしまっては、逃げようとしても相手の思うがままになってしまう! 黒狐よ!」
「分かった! 妖異顕現、黒雷槍!」
すると、白狐さんの合図の後に黒狐さんが妖術を放ち、黒い雷を相手に飛ばします。その後白狐さんが飛びかかっているんだけど……。
「なっ!」
「ぬぉっ?! バカな! すり抜けたじゃと!」
黒狐さんの黒い雷の槍も、白狐さんの鋭い爪の攻撃も、相手の体には当たらずにすり抜けた?!
「ちょっと! どうなってるんですか!」
「あ~あいつ、自分の体の性質を夜闇と同調させたわね」
「ふむ……あぁなっては奴は夜そのもの、空を切ってるようなものじゃ」
「いや、2人とも……のんびりと突っ立ってないで、手伝って下さい!」
しかも2人は世壊シに引きずられずに、その場でずっと立ち続けています。それなら攻撃くらいしてくれても……。
「ふふ……余裕そうに見えるの? 椿」
「残念だが、私達は引きずられないように、影の妖術で地面に引っ付くだけで精一杯じゃ」
「と言うわけで、頑張って~椿~」
「その場から動けなくても、腕は動かせるよね?!」
せめて妖術で援護してくれても良いでしょう!
「ギギ……貴様、中々良さそうな能力を持っているな。よし、お前の能力をコピーさせて貰おう」
「マズい! 椿、赤くなった奴の目の視界に入るな!」
「えっ? えっ?!」
「赤くなった目で睨みつけたら、そいつの能力をコピー出来るのだ!」
早く言って下さい! 相手はもう目を赤くしてますよ!
とにかく、急いでその場から離れようとするけれど、奴の能力で夜の闇に引っ張れていたんだった。動こうにも動けない!
「くっ、黒焔狐火!」
「うっ……! 炎を出してくるとは……」
あれ? 避けた? どうせすり抜けると思って半ばヤケで放ったんだけど、なんで避けたのかな?
そして、世壊シは上空にフワフワと浮き上がり、目をしばたかせています。
「…………もしかして……玩具生成!」
あいつの体がすり抜けるのは、何かをしている時だけ……いや、していない時だけかも。とにかく試してみないと!
「それ!!」
そして僕は、その手に出現させた竹とんぼの羽を相手に向けて、両手でクルクルと回してそこから突風を生み出します。
僕のこの妖術は、普通のおもちゃを生み出すんじゃなくて、強力な武器として使えるおもちゃを生み出すんです。
この竹とんぼは、もの凄い突風を生み出します。今の僕では、この方法でしか風を生み出せない。そして僕の考えが当たっていれば、これで……。
「ぬっ……くそ。なんだこの風は!」
よし、僕の生み出した突風で、相手は長時間目を開けていられない。乾くからね。
「白狐さん! 今の内に攻撃してみて下さい!」
「ぬっ? 分かった!」
そして、僕の言葉に白狐さんが反応し、上空にいる世壊シに向かって飛び上がると、鋭く伸ばした爪を相手に向けます。
「白狐爪!!」
「グギャッ!! 貴様!!」
「当たった!」
思い切り振り下ろした白狐さんの爪が、相手の体を引っ掻き、世壊シはその痛みに悲鳴を上げました。
すり抜けなかった……と言うことは、やっぱり間違いない!
「皆! こいつの体がすり抜けるのは、瞬きせずに目を開けっ放しにしている時だけだ!」
「なるほどな。それなら勝算はありそうじゃの」
「決定的な弱点があるとはな」
「ふ~ん、それじゃあもう勝ったも同然ね~」
「なんなら、その子はペットとして飼おうかの。昼間でも、そいつの能力で夜にして貰えば、色々と楽しめそうじゃのう」
皆もう勝った気でいるし……玉藻さんは物騒な事を言うし……正直、僕はまだ勝ったと思ってません。だって、相手はまだ余裕そうなんです。
「ギッギッ、俺の能力の1つを破ったところで、もう勝った気でいるとはな」
「やっぱり……まだ隠し球がありますか。阿部晴明からコピーした、陰陽術ですね」
「ギギ。残念だが、あれは封印される時に没収されちまった。それに、コピーしたものを使わずにいたら、数年で消えてしまうんだ。だがな、俺のコピー能力の良いところは、能力を蓄積出来ること……そして! そのコピーの早さよ! 玩具生成!!」
「えっ?! しまった!!」
一瞬見られたあの瞬間で、僕の能力をコピーしていたのですか?!
そして、世壊シは僕の妖術でラジコンカーを作り出すと、それを地面に置いて僕の方に向けてきます。しかも大きい……僕の身長と同じくらい?
しかも、何だか車体にスパイクみたいなものがいっぱい付いていて、側面から切れ味の良さそうな刃も出ています。見た目も凶悪な感じで、如何にも悪い人が考えたようなものです。
「ギギ、使い方によっては使えるじゃねぇか。そら、今度はこれだ!」
そして、世壊シの目がまた赤く光った瞬間、今度は空からプラモデルの戦闘機と、地面からロボットアニメのプラモデルが出て来ました。
どれも凶悪な形に改良されていて、戦闘機の翼が刃になっていたり、プラモデルのロボットの腕にも刃が付いていたりしています。僕を切り刻みたくてしょうがないのかな?
「ギギ……後は体をすり抜けるようにして、更にもう一つ俺のとっておきの能力、『夜闇ノ転移』で夜と夜を移動して、瞬間移動みたいにして動き回ってやるさ……さぁ、捕まえてみろ」
世壊シがそう言うと、そいつの体は闇の中に消えていきます。夜と夜を移動する。つまり、夜になっている場所ならば好きなように瞬間移動出来るって事ですか?!
「くっ……強すぎる……」
そして僕の周りには、敵が出した玩具の数々が迫ってくる。
「おのれ、椿になんて事を!」
「えぇい! 椿の柔肌に傷を付けようとするなんて、あいつは許さんぞ!」
まぁ、玩具は白狐さん黒狐さんが体術と妖術で壊してくれたけれど、怒るポイントが違う気がします。
「ありがとう、白狐さん黒狐さん。でも……」
また地面から次々と新たなプラモデルが出て来ました。これ、本体を倒さないと駄目ですね。
すると次の瞬間……。
「ギギギィ!! め、目がぁああ!!」
僕の後ろから眩い光が発せられたと思ったら、その先で世壊シが地面に転がりのたうち回っていました。何が起きたの?
「ふん、なるほどね~こいつ、同時に発動出来る能力は3つまでらしわね」
「しかも、さっき私達の能力をコピーしようとしたらしいが、出来とらんようじゃった。つまり、コピー出来るのも1つのみじゃな」
「ギィ……くそっ」
あっ、妲己さんと玉藻さんがなんとかしてくれたんですね。妲己さんが世壊シを足蹴にしている所を見ると、閃光を放ったのは玉藻さん? どんな妖術なんでしょう……。
それにしても、同時に発動出来る能力は3つまでなんて、だいぶ制限がありますね。
とにかく、それで夜を自在に操る能力が消えて、妲己さんと玉藻さんが戦えるようになったんですね。夜を自在に操る能力と、夜の中を瞬間移動する能力は別ですか……。
だけど、こんなのに阿部晴明は苦戦したの? なんで天狐様は慌てていたの?
「駄目だ、妲己、玉藻! 早く捕獲の巻物で封印を……いや、それもすり抜けるから、専用の堂で閉じ込めねば!」
すると、天狐様が自身の結界を解き、慌ててこっちに走ってきます。しかも顔が真っ青になってるんだけど……まさか、まだこいつは能力を隠しているの?!
「ギッギッギッ……遅い。もう繋いだ」
「クソ! 妲己、急いで気絶させろ!」
「いや、その前にすり抜けたわ……玉藻」
「ふむ……いかんの……これは、ミスったかの?」
天狐様が慌てて駆け寄った時には、世壊シはすり抜ける能力で妲己さんから逃れ、また上空へと上がっていっていました。
それを見て、また玉藻さんが閃光を放とうとするけれど、その瞬間世壊シの姿が完全に闇の中に消え、どこに行ったか分からなくなりました。
このままだと、相手に閃光を当てられない。いや、相手は玉藻さんの閃光を1度受けているから、警戒して姿を消したんだ。
「最悪だ……」
だけど、天狐様はその状況を見て、その場でくずおれました。天狐様がそんなにショックを受けるなんて、いったい……。
「天狐様……もしかして、あの世壊シってまだ能力を持って――」
「ギギギ! その通りだ! 俺様の夜と夜を移動する能力は、何も夜の中を瞬間移動する為のものじゃない! 次元すらをも超越し、同じく夜になっている別世界に飛べるのさ!」
僕が言い終わる前に叫ばないでくれますか? 夜空から声が降り注いできたみたいで、耳が痛くなりましたよ。
「――っ、そんなのさせるわけには……って、どこにいるか分からない……妖気が分散してて……白狐さん、黒狐さん!」
「駄目じゃ、とっくに分かってるだろう? 妖気検知アプリを使っても感知出来んのは」
「これでは……奴がどこにいるのか分からん。追えない」
そんな……こいつを別世界に逃がしたら、いったいどうなってしまうの?
「ギッギッギッ! 待ってろよ貴様等! 別世界にいる強者の能力を一人ずつコピーしていって、最強の妖怪となって戻って来てやるよ! この世界に、永遠の夜を与えにな!」
「くっ……黒焔狐火!!」
どこでも良い、見えなくてもその動きさえ分かれば……避ける時の驚く声、空気の揺れ……何でも良いから反応して!
だけど、僕の放った何発かの妖術は、そのまま夜空に消えていきました。
「ギッギッギッ……甘い甘い……待ってろよ貴様等……直ぐだ、直ぐに貴様等に、明けない夜を与えてやる……ギギギギィ……!!」
そして、そのまま奴の笑い声は小さくなっていき、夜の闇の中に消えました。
その直後、まるで覆い被さるようにしていた夜が、一気に剥がれるようにして明けて、明るい太陽が僕達を照らしました。いきなりの事で眩しくって、思わず目を細めちゃったよ。
だけどもしかしたら、この太陽さんを2度と拝めなくなってしまうかもしれない。そう思うと、自然と焦りが出て来ますね。
だけど、こんな時こそ落ち着かないと……。
「くっ……お、終わった。大量に厄介な能力をコピーされ、我々の世界は……」
「まだですよ、天狐様。封じたら良いんでしょう? 阿部晴明さんがやったように」
僕のその言葉に、天狐様が驚いて目を見開いています。でも、白狐さん黒狐さんも、そして妲己さんも玉藻さんも、僕と同じように絶望なんかしていません。
「しかし、準備が……」
「むしろ、その準備の時間が出来たと思ったら良いでしょう? さっ、教えて下さい。天狐様」
「……だが、それまでにどれだけの世界が犠牲になるか」
なんだかまだ渋ってるなと思ったら、そんな事を考えていたんですね。でも、それは何となく大丈夫な気がします。
「大丈夫ですよ、天狐様。他の世界だって、あんな奴の好きにはさせないと思うよ。世界はそんなに脆くないです。僕はそう信じてます」
そして、そう言いながら僕は、夜の明けた綺麗な青空を見上げます。
とにかく、僕達は僕達のやれる事をやっておくだけです。再びあいつが戻ってきた時の為にね。
このボスキャラの逃げた先のURLを、ここに順番に貼り付けます。
先ずは2番手の師走様が投稿されました。こちらです。↓
http://ncode.syosetu.com/n8537eg/
作者『師走皐月』 平凡男子高校生のSUPER HERO LIFE~外伝~【ボスキャラ大移動リレー小説】第二部
続きまして3番手木野様です↓
http://ncode.syosetu.com/n9029eg/
作者『木野二九』 超ブラック企業の社畜の僕(5歳児)がトラックにひかれて異世界に転生した件ですが、なにか?
続きまして4番手蠍座ノ白鴉様です↓
http://ncode.syosetu.com/n9419eg/
作者『蠍座ノ白鴉』 全ての神妖怪が集まる御子神神社は問題だらけ。神社とは須らく壊れるもの?【ボスキャラ大移動】
続きまして5番手望月 幸様です↓
https://ncode.syosetu.com/n1459eh/
作者『望月 幸』 怪物、怪盗モンブランと出会う
続きまして6番手Lune bleue様です↓
https://ncode.syosetu.com/n9365eg/14/
作者『Lune bleue』 最強超激突!! 人気アイドルグループのセンター VS 世界最高峰の大泥棒 VS 世界一の怪力JK警察官!! 第四話「未知なる脅威、顕現す!」~https://ncode.syosetu.com/n9365eg/17/
第四話「奏VS世壊シ」
続きまして7番手藤沢正文様↓
https://ncode.syosetu.com/n4976eh/
作者『藤沢正文』幕間劇の侵入者 『脳筋乙女の異世界花道:番外編』
続きまして8番手暁月夜 詩音様↓
https://ncode.syosetu.com/n9059eh/
作者『暁月夜 詩音』 私と精霊の非日常【ボスキャラ大移動】
続きまして9番手レー・NULL様↓
https://ncode.syosetu.com/n0283ei/
作者『レー・NULL』 零の映写機希構 企画【ボスキャラ大移動】