第四話「棄てられたモノ」
『次の駅は、Ⅳ番ターミナル、終点でございます。繰り返します。次の駅は――』
一人っきりの路面列車内で、降車ボタンを押すユーリ。世界的な観光名所であり、眠らない島とも呼ばれるアトール島内で、付近に人の気配が全くないのは、路面列車が全自動である事を差し引いてもかなり珍しい状況なのだが、目的がここⅣ番ターミナルとなると話は別だ。
人気のない終着駅でピタリと止まった路面列車は、ユーリを降ろすとまた一人でに線路を引き返していった。
「ただいま……なんて言ったら、親父にぶっ飛ばされそうだな」
ユーリは一人自嘲すると、薄気味悪いゲートをくぐり、島内でも数少ない明かりの乏しい施設へと入っていく。
「ん? ……ジャンク屋がいないな。もう決勝戦のゴミを回収したのか?」
いつもなら昼夜問わず、薄汚い格好の回収業者が、ゴミに群がる虫の如く散らばっているのだが、どうした事か今夜はユーリ以外、本当に誰もいないようだ……そう。Ⅳ番ターミナルとは、島中のゴミを纏めて廃棄する為の場所なのだ。
観光客は勿論の事、各種AESスポーツの運営陣や企業の人間も、ここには滅多に近寄らない。そもそも世界中の人間のほとんどは、夢の島アトール島にこんな不衛生な区画がある事自体知りもしないだろう。
こんな場所にいる人間といれば、ジャンクパーツを売り捌く廃品業者、あるいは……ユーリのように、なんらかの事情でここに捨てられていった者くらいだ。
かつて、ターミナリストという言葉がにわかに流行った時期があるらしい。
AESスポーツのメッカとして知られるここアトール島は、良くも悪くも多種多様の人間が集う。そして多種多様な理由で捨てられていった子供が大抵駅に置いていかれる事から、島内で捨て子を表す隠喩としてターミナリストという言葉が生まれた。
今では平和維持軍指導の元、人類のほぼ全員にネットワークに接続する為のナノマシンが注入され、管理がより容易になったので、昔程捨て子は頻発しなくはなったらしいが、それでもユーリがそうであったように、未だゼロには至っていない。
幸いユーリはアーベインに養子として迎え入れられ、教育を受け仕事も貰い、なに不自由なく生活出来ているし、今ではターミナリストという言葉を使う者などほとんどいないが、それでもやはり、自分には血の繋がった家族がいないのだという疎外感は時たま感じてしまう。
もしかしたら、ユーリがついつい古い物に愛着を感じてしまうのも、この廃品達が揺りかご代わりだったからかもしれない……単に養父の影響という可能性も否めないが。
「そうさ、俺の故郷はもうここじゃなくてアイゼンブルームなんだ。家族が泣いてるのに、放っておける訳がない」
そう言うとユーリは先程よりも朗らかに微笑み、大事にしまっておいたズィーベンの人形を取り出すと、破損したパーツの代わりになりそうなゴミを探し始めた。
たまに変人扱いされる事もあるが、物心ついた時には既にアイゼンブルームのドッグにいたユーリにとって、AESだって最早立派な家族の一員だ。そんな家族の一機が泣いている所など、出来れば見たくないに決まっている。
「でもアリスは相当捻くれ者だからなぁ……直してもまた壊されるかもしれないけど、まぁその時はその時か」
出来ればこんなゴミを代替品等にせずに、市販のパーツで修理したいという思いはある。そもそもこの人形はローゼンヴァルト社の商品なのだから、探せば在庫が残っているかもしれないし、仮になかったとしても自チームのAESフィギュアを主商品に据えているローゼンヴァルト社の倉庫になら、同系統のパーツはいくらでも眠っているだろう。
それでも敢えてユーリがここでゴミを漁っているのは、ユーリが根っからの骨董品好きだからか、はたまたユーリが社員割すら惜しむ程薄給だからか……それともやはり、ユーリがターミナリストだからなのか。
常にしかめっ面の養父を反面教師として、極力笑顔でいる事を心掛けてはいるのだが、やはりここに来るとどうしてもかげってしまう笑顔を貼りつけ、人形のパーツを探し回ること数十分後、どうにか望み通りのパーツを手に入れるユーリ。
「う~ん。ちょっと色合いがチグハグになっちゃいそうだけど、まぁこれなら大体元のイメージ通りに直せそうだな」
入手したパーツを人形と見比べ、ユーリは満足気に頷くと、それらを上着に仕舞いこむ。
「組み立てくらいなら家の道具で出来るとして……パーツの洗浄は会社の設備使わないときついなぁ。また親父の名前を借りるしかないか」
本来この手の手続きは、体内のナノマシンを介しネットワーク上でやり取りするので、他人を装う事など絶対に出来ない筈なのだが、生後まもなく捨てられたユーリは未だナノマシンを注入していない上に、養父のアーベインが社内外に影響力を持つ人物の為、そのおこぼれを頂戴する形で、少々の不正なら黙認されているのである。
湿った笑顔から一転、ユーリは悪戯を企む少年のように微笑むと、再度上着を膨らませるパーツ群の存在を確認し、Ⅳ番ターミナルを後にしようと駅へ向かった……その時、
――ズドンと、ユーリの眼前を冷たく重い風が振り下ろされた。薄暗い廃棄所ではそうとしか認識出来ず、それが風ではなく質量を伴った何かだと気付くまでに、ユーリは少々時間がかかってしまう。
「なんっ……これ、もしかしてブレードか? でもなんで……」
まるで最初からそこに生えていた苗木の如く、ユーリの足元に突き刺さっていたのは、夜のような黒い刀身に、月光を思わせる白い刃を研ぎ澄まさせた、一本の折れた刀だった。
「まだ状態がいいな。こんなパーツがあったら、すぐジャンク屋が群がりそうなもんだけど……」
何の気なしに抜いてみた刀身は、恐らく本来の半分未満の長さになってしまっているであろうに、未だにズシリと重厚な密度を保っていた。
「これ、何か斬った直後だな……やっぱり決勝戦で使ってた武器なのか? この手のブレード使いっていうとエアだけど、こんなぽっきり折られたっけか? 後ブレード使いっていうと……そういえば、ズィーベンもだったっけか」
フォルテの剛腕に殴り飛ばされ、会場に鉄片の雨を降らせ散ったアリスの姉。彼女の悲惨な最期を思い返したユーリは、よくよく考えてみればそもそもこの刀は、今まさに彼女同様降ってきたのではなかったかと思い出す。
「なんで上から……ゴミ処理機がまだ動いてんの――はぁっ!?」
ユーリが薄暗い夜空を見上げたのと……空から大量のパーツが降ってきたのはまさに同時だった。大小様々なパーツが降り注ぐ中、動かなければ潰されるという恐怖と、下手に動くと却って危険なのではという恐怖がせめぎ合い、結果棒立ちになってしまったユーリにそれでも奇跡的に鋼の雨は一つも直撃せず、ユーリの周りにザクザクと鉄片の苗木を刺し込んでいく。
「あっぶな……一体どっから降ってきたんだ? っていうかこのパーツ、今日の試合に出てたAESの装備じゃないぞ? どこの企業のだ?」
今まさに九死に一生を得たばかりだというのに、自分を殺しかけたパーツ群が気になってしまうのは技術屋の性故か。
しかし実際問題、アトール島にはAES以外にも用途に応じ様々なアンドロイドやロボットがいるが、バラバラに落ちてきたパーツ群から連想される機体の全容は、ユーリがこれまで見たことないどころか、どんな使用目的かさえ想像がつかない程、歪で禍々しいものだった。
強いていうならば虫に近いフォルムだが、虫にしては刺々しく攻撃的なデザインのこのマシンは、一体どういった思想の元作られ、またどういった経緯でこうしてここで大破したのか。
「このブレードもこいつの武装なのか? 社まで持って帰ったら、親父やライオットさんは喜んでバラしそうだけど……」
ここに来た目的も一旦棚上げし、未知のパーツ群に頭を悩ませるユーリ。せめてもう少しパーツが固まってくれていれば、運ぶのもそう苦労しないだろうに、一体どうしてこうもバラバラに刻まれているのかと悩んでいると……丁度これらのパーツを組み上げたような形状をした機械の虫が飛来し、ユーリはその赤いカメラアイと眼が合った。
「あ~、やっぱり昆虫型だったか! この薄く透き通った反重翅に鎧のような装甲! くぅ~、いい仕事してるなぁ! でも君、改めて見れば見る程どこの企業製がよく分からないね。大抵こういうのって、各企業の特色が出るもんなんだけど。ん~、翅は八洲重工っぽいっちゃぽいんだけど、触角のデザインはSD社みたいだしなぁ。こういう時、ライオットさんな――」
『対象、検知、不可』
子犬サイズはあろうかという機械仕掛けの昆虫が、血のように赤い複眼でユーリをじっと見つめ、不思議そうに首を傾げる。ユーリもまた相手の意図が掴めず、同じように首を傾げると、
『対象、認識、敵』
「えっ?! ちょっと待って、俺人間だぞ! なんの試合中か知らないけど、そもそもここは戦闘区域じゃ――」
『対象、殲滅、開始』
有無を言わさぬスピーカー音に、尚も抗議しようとするユーリの横顔を、機械虫の臀部から射出されたニードルが掠めていった。
「あ、もしかして君蜂型……ってそうじゃなくて!」
慌てて逃げ出したユーリが今の今まで居た場所に、極太の電磁ニードルが突き刺さり、バチバチと弾ける火花が地面ごと周囲のゴミを焼き払う。
「くそ! まさかこんな所で、暴走した機械に出くわすなんて!」
人に明確な殺意を持って攻撃を加える機械など、これがもしAESだったら見つかったその場で持ち主の企業は即日倒産、最悪責任者は文字通りクビになる程の重罪だ。
少なくともユーリはそんな場面一度も見た事ないし、機械による平和以来そんな事件片手で数えられる程しか起きていない。
争いとは機械同士に限り発生する行為であり、本物の暴力というものを向けられた事がないユーリにとって、今こうして実際暴走した機械に襲われているにもかかわらず、それがどうしても現実の事だなどと、一体どうして受け入れられようか。
「こんな時、こんな時はえーっと……そうだ、保安ロボに連絡! 誰かー! 誰かいませんかー……いる訳ないか。せめて駅まで逃げないと!」
本来違法業者以外誰も近寄らないこの場所に、警備のロボットが配置されている筈もなく、人っ子一人いないごみ溜めで助けを求めても無駄だと理解したユーリは、急いでⅣ番ターミナルから逃げようとするものの、反重翅を羽ばたかせ音もなく飛翔する鉄の蜂は、容易くユーリの退路を塞ぎ、二度の試射により計測を終えた電脳は、寸分の狂いもなくユーリの頭部に狙いを定め、凶悪な電磁ニードルを射出しようと身構えた。
――あ、これだめだ。俺死ぬのか、こんな所で……こんな所だからこそか。ごめん親父……ごめんアリス、また泣かせちゃ――
死を目前に緩々と間延びしていく思考。しかしどれだけ死への刹那が延長されようと、鉄の蜂がユーリを殺すという現実は変わらない……筈だったが、鉄の蜂が電磁ニードルを撃とうとしたまさにその瞬間、突如黒い旋風が巻き起こり、ユーリを狙っていた蜂は鈍い火花を散らして爆散した。
「なっ――」
一瞬でバラバラに斬り刻まれ、先程の残骸同様鉄の雨へと変貌する蜂型兵器。よくよく目を凝らしてみれば、暗い空に他にも何か飛んでいる事に気付いたユーリは、咄嗟にゴーグルデバイスを装着し、暗視モードを起動してみたところ、なんとそこには撃墜されたのとは別にもう一体の蜂と、それら二体とは微妙にフォルムが異なり、一回り大きくなった鉄の蜂が、空中でなにかと戦っていた。
「速い……一体――あっ!」
ユーリの見ている前で、更に一体の蜂が撃墜される。ユーリのゴーグルには動体検知機能も搭載されているが、それでもブースターを吹かす黒い影はつむじ風程度にしか視認出来ず、黒い疾風はそのまま最後の一体を仕留めんと急接近を仕掛ける。
逃げ出す事も忘れ、黒い風が鉄の蜂を斬り裂く瞬間に目を奪われるユーリ……しかし、親玉らしき最後の蜂が、斬られる直前に青い火花を散らしたかと思いきや、突如スイッチを切ったかの如く画面は真っ暗になってしまい、潰れたモニターの向こうで何かが爆発した音だけが決着を告げた。
「ちょっ、こんな大事なところで嘘だろ?!」
叫んだユーリはかなぐり捨てるようにゴーグルを外すと、いつもは暗いⅣ番ターミナルの夜空は、蜂が生み出した赤と青の爆発で花火のように彩られていた。
「どこの企業だか知らないけど……ん?」
ユーリは夜空に広がる爆煙が、地上目掛け一筋垂れている事に気付き、もしかしたら蜂の残骸でも残っているのではないかと追いかけてみたところ、そこにあったのは砕けた鉄片でなければ蜂の骸でさえなく……焼け焦げた鉄の少女だった。
手にする先の折れた刀同様、その短髪は宵闇の如く黒く暗く、見ているだけでまるでブラックホールのように吸い込まれそうな気がしてくる。爆発の影響か、焦げた布を包帯の如く僅かに巻いたボディは、人工皮膚すら纏わず逆に突き放すように真っ白で、その視覚的慣性を前に、ユーリはまるで脳を揺らされたような衝撃を覚えた。
「君、一体……」
状況から察するに、恐らく先程の黒い風の正体はこの少女だったのだろう。だとするなら彼女はユーリの命を救ってくれたのだし、このまま放置しておく訳にもいかないかと、ユーリは横たわる黒い少女を目覚めさせようと試みる。
「メンテナンスハッチは……あぁこれか、よし、基本構造は大体一緒みたいだ……君もさっきの蜂君と一緒で、どこの企業製かさっぱりだな」
AESなら人並み以上に触ってきたが、この少女は調べれば調べる程分からなくなってくる。
「君みたいなタイプ、今まで見た事ないぞ……」
昔アーベインに第五世代AESの基礎設計を見せて貰った事があったので、かろうじて黒い少女の内部を弄れているものの、これ以上下手に触っては、かえって少女の傷を抉りかねない。
ユーリとて若造ながらも、アーベインの元それなりに場数は踏んできたつもりだったが、そんなユーリでも思わず躊躇してしまう程、黒い少女の内部構造は独特なものだったのだ。
しかし、だからといってここで黙って引き下がってしまっては、アーベインにどつかれるくらいじゃ済まないし、なによりユーリの気が収まらないというものだ。
「持って帰って詳しく調べてみるか。持ち主だって、どうせなら直してから返して貰った方が嬉しいに決まってるよな?」
誰に言うでもなく言い訳を吐きつつ、一旦ターミナルに戻ったユーリはローゼンヴァルト社に連絡すると、当直の職員に運搬用軽トラックの手配を頼み、トラックが着くまでの間、再び黒い少女の内部構造を楽しそうに観察し続けるのだった。