第三話「七番目のアリス」
「アリスのやつ、当分機嫌は直らないだろうな……まぁ無理もないか」
ローゼンヴァルト社の保有する二体のAESに、今回の事態を説明し終えたユーリは、一人蒸し暑い夜風に吹かれながら、右眼に出来た青痣を擦っていた。
監督の判断だったとはいえ、姉妹機を売り払われたばかりか使い潰されたのも耐え難かっただろうに、あまつさえそれが不良品とのトレードだったと知れば、アリスでなくても怒るのは当然だろう。
残る一体のAES、メリルも態度にこそ出してはいなかったが、思う所があったのは同様だった。もっとも、だからといってメリルは、ユーリに物を投げつけてきたりはしなかったが。
「いてて……アリス、お姉ちゃん子だったもんな」
ユーリは感慨深げに呟きながら、自らに青痣を作った物を見下ろす……それはアリスシリーズ七号機・ユーリ達からはズィーベンと呼ばれていた鉄の少女を模した人形の残骸だった。
ズィーベンがスカイネット社に引き抜かれるのが決まった際、アリスが壁に投げつけ壊れた筈の人形が、まだアリスの部屋に残っていた事からも、アリスの姉への想いが窺える。
そもそも今日の試合にしても、ネット観戦では“より詳細な敵情視察”が出来ないと、わざわざユーリの分のチケットを買ってまで観戦に行きたいと言い出したのはアリスだ。
もっともあんな結果になると知っていたら、ブリュッケに懇願してまでAES外出許可申請を貰わなければよかったのかもしれないが。
――そんな人形もう見たくもないわ! 捨てておいて!!
人形を投げつけてきた際のアリスの叫び声が、ユーリの耳の奥でグルグルと反芻される。バラバラになった人形は、否が応でも今日の試合で大破したズィーベンを思い起こしてしまうのだから、アリスが手放したくなるのも頷けるが……、
「でもそれじゃあ、あんまりにも寂しいよな。どうせ今日はもう仕事ないし……よしっ」
部屋で一人泣いているであろうアリスを想像し、思い立ったユーリは人形を上着に仕舞いこむと、アトール島内を巡る路面列車の駅へ向って行った。