第四話「Rejected by the world」
ランチタイムからも微妙にずれたメインストリートは、まるで台風の目の如く混雑と混雑の狭間の閑寂に包まれていたので、アリス達の乗る車はすんなりと目的のパーツショップへ辿り着く事が出来た。
自業自得とはいえ、車内の空気に居た堪れなかったアリスは、駐車場に着くなり逃げるように全自動車から降りる。
「イチ、大丈夫かい?」
「問題ない」
後から続く声に、忌々しげにアリスが振り向くと、丁度ユーリの手を借りて、そろそろと降車するイチが目についてしまった。
目を伏せ車から降りたイチは、奔放な普段と違いどこかよそよそしい所為か、不思議と可憐な印象を与え、それが自分の選んだ服のおかげでもある事が、より一層アリスの気分を掻き乱してくる。
――なによ、かわいこぶっちゃって。
「あら、イチちゃんったらまるでお人形さんみたいね」
「ちょっと、なにぐずぐずしてんのよ! あたし達だって暇じゃないのよ?」
「手間取らせるつもりは、ない。ただ……この服は、少々動き難い」
「ふんっ。そんなにあたしの選んだ服が嫌なら、いっそ破り捨てちゃえばいいじゃない。あんたの買い物に付き合ってやってんだから、さっさとしなさいよね」
――何言ってるんだろうあたし……別に急ぎの用事なんてないのに。
悔恨と気まずさから逃げ出すように、我先とパーツショップへ向かうアリス。
しかしそんなアリスを引き戻すかの如く、聞こえてきたのはビリビリと布が裂ける音だった。
「お、おいイチ! なにやってんだ!」
「イチちゃん……ダメじゃない、折角アリスちゃんが選んでくれたのに」
「……? なんで、分からない。十三番が、こうしろと、言った」
振り返らない方がいい、振り返ったらきっと取り返しがつかなくなる。
電脳が掻き鳴らす本能のアラートを無視し、アリスが振り返った先にあったのは、平然と間接部位の布を破り捨てるイチの姿だった。
「……なによ、本当に破かなくたっていいじゃない」
「何故怒るの? 助言に従い、機動性を確保しただけ。他意はない」
「もういいわよ! やっぱりこんな仕事、引き受けるんじゃなかったわ!!」
ズィーベンを連想する赤い布が破られたのは、なんだか姉の血が撒き散らされているかのようで、勿論AESに血液など流れていないのだが、それでもアリスは弾かれるように、この場から駆け出さずにはいられなかった。
ユーリ達の居場所を示すガイドビーコンから逃げるように、当てもなく滅茶苦茶に路地を駆け廻るアリス。
走っている内に、ネットワークに繋がっている間は少なくともユーリとメリルには自分の位置が筒抜けだと気が付き、半ば反射的にネットを切断すると、アリスは崩れるようにその場に座り込んでしまった。
「……はぁ、ほんとあたし、なにやってんだろ。ばっかみたい」
どうしようもない自己嫌悪に陥るも、だからといって今更すごすごと頭を下げに戻れる筈などなく、さりとて他に行くところもなし。
ここアトール島はAESスポーツのメッカ、それは裏を返せば人間の為の娯楽場という意味であり、ネットから切り離されたAESが行く場所などどこにもない。
登録のないAESが一歩でも店に入ろうとすれば、たちまち警報がなりすぐに平和維持軍が飛んでくる。そしてより一層惨めな想いで、持ち主の元へ送り届けられるという訳だ。
「それこそⅣ番ターミナルにでも行こうかしら。そうしたら、あのポンコツみたいにユーリに拾って貰えるかも……なんてね、はぁ」
益体のない事ばかり考えても、不毛な堂々巡りに陥るだけだ。甚だ癪ではあるものの、そもそもAIが未発達なイチと張り合う方がどうかしているというものだ。
「仕方ない。ムカつくけど帰ろう……っていうか、ここどこかしら。あれ?」
メインストリートに戻る為、ネットワークに再接続しようとするものの、いつでもどこでも繋がれる筈の世界は、どういう訳か頑なにアリスを拒絶してくる。
「ちょ、なんでよ。まさか故障?」
慌ててシステムチェックをしてみるが、何度調べても身体のどこにも不調はない。つまり考えにくい事だが、原因はアリスではなくネットワーク側にあるという事になる。
しかしもし仮にネットワークが断絶したとなれば、たちまち大パニックが起こる筈だ。突如全ての乗り物が動かなくなり、あらゆる都市機能が麻痺した上で、全ての連絡手段が途絶えるのだから、それは最早地獄絵図といっても差し支えない程だろう。
だが幸いと言ってはなんだがそんな気配がしないとなると、やはり到底考えられない事象ではあるが、このネットワークエラーは極々局所的なものなのだろう。
「……そう言えば前に、ユーリも最近急にネットが途切れるって言ってたわね。てっきりゴーグルが壊れただけと思ってたけど、もしかしてサーバーメンテナンスでもしてるのかしら?」
折しも今は年に一度のチャンピオンズリーグの真っ最中、しかも最も盛り上がるタイトルマッチを目前に控えているとなると、告知なしの緊急メンテナンスをしていてもおかしくない。
ひとまずネットワークに繋がらない理由には納得がいったが、依然アリスが迷子であるという事実は変わらない。
とにもかくにも大きな通りを目指していけば、その内知っている道に出るか、そうでなくてもひょっこりネットに再接続出来るだろうと、どこか楽観的に歩き始めたアリスの前を、複数の人影が立ち塞がるのだった。




